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調律
38.元社畜と中華風コーンスープ・2
しおりを挟むそんなこんなで、クラリッサにたどり着く。ギルドタグがあるから、するっと門も通り抜けられちゃう。
門番の一人にエリックさんがいたけれども、今回はヒースさんと取っ組み合いながらわちゃわちゃしていて、手を振るのがせいぜいで話す暇はなかった。エリックさん仕事大丈夫なのかな。だけと、気の置けない感じがして、仲良しでいいなあ。
「こんにちはー」
「こんにちは。お久しぶりです、カナメさん」
冒険者ギルドに入ると、ゼルさんがお出迎えしてくれた。
「予定より早めにお越しですね? どうかされましたか?」
「こっちで昼を食べるかと思って、早めに森を出てきたんですが、カナメがね」
「ええ。差し入れを持ってきたので、よければと」
「差し入れ……というと、もしかして前にヒース君が話していた、カナメさんの手料理ですか? わあ、楽しみです」
ゼルさんの目が輝く。うお、期待値が高まっちゃうと、ちょっと恐縮しちゃうなあ。
グランツさんのも打ち合わせも終わっている頃だろうとのことで、会議室に案内してもらう。
室内にはグランツさんと、女性の二人が座っていた。
その女性は、尖った耳という特徴的を有していた。
(わ、エルフだ……)
獣人はちらほらと町にいたけれども、エルフはこちらにきて初めてお目にかかる。年齢不詳な感じの中性的な美人さんで、スマートな肢体にかっちりした服が凄く綺麗だ。
彼女は目を瞬かせた後、にこっと笑って立ち上がった。
「もしかして、貴女がカナメさん? 初めまして。北方の商業ギルドを統括しているフラガリアです」
「あっ、初めまして。いつもお世話になっています。カナメ・イチノミヤです」
「いえいえ、こちらの方こそお世話になっています。カナメさんの技術供与のおかげで、ウハウ……こほん、多くの仕事と利益を産み出すことができましたわ。感謝申し上げます」
まさかの商業ギルドの北側トップだ。魔石絡みを購入してくれている超お得意様である。
でも、美貌の笑顔の裏には、商人らしさがきっちり隠れているようだ。森の賢者どこいった。守銭奴っぽい雰囲気が、ひしひしするぞ。
挨拶として差し出した手は、フラガリアさんにがっちりと掴まれた。離しませんっていう意思表示でしょうか。目が爛々と輝いて、ちょっと食い気味で、私は苦笑するほかない。
「てか、カナメ。今日は昼過ぎからだっただろう? 何かあったのか?」
「ギルマス、カナメさんってば、わざわざ差し入れにお昼を持参してくださったそうですよ。ほら、前にヒース君に自慢されて、食べてみたいって騒いだじゃないですか」
「なに?」
グランツさんが、目を丸くした後、嬉しげそうににかっと笑った。
「そりゃあ、ありがてぇ。これからフラガリアと、どこか食いに行くか?って話をしていたんだ」
「あら、私もご相伴に預かってもいいのかしら」
「大丈夫です。ちょっと多めに作ってきましたから。そんなたいそうなものじゃないですよ? ヒースさんが大げさなだけです」
「いやいや、本当に旨いから」
私はヒースさんからバスケットを受け取ると、机の上に広げていく。
スライスしたソーダブレッド2切れとスープボトルは、各人の前にそれぞれ並べる。
おかずは陶器の保存容器に分けて入れてあるので、取り分け用の小皿とカトラリーを配っていく。好きに取っていってください形式だ。
誰が来るのかわからなかったから、多めに作っておいてよかった~。
「遠慮なく召し上がってくださいね」
「もし余っても、俺が食べるので」
「待て待て、いつもお前は食ってんだから、俺によこせっつー」
「嫌ですよ」
ヒースさんとグランツさんの間で、早速残り物戦争が勃発している。食べてからやってください食べてから。
「カナメさん、これは何かしら?」
「あ、そこにはスープが入っているので、蓋を開けて召し上がってください」
「ほうほう。……まあ、いい匂い。それに、温かいままなのね? 面白い形状だわ」
「はい。内側に伝熱の魔法を付与して、保温してあります。食べる前に、スープにはこちらの別添えの小ねぎをかけてくださいね」
黄色一色だったコーンスープに、緑の色どりが添えられる。薬味があると、風味が増すので好きだ。
祈りを捧げると(日本でいうところのいただきますだ)、みな各々食器やパンを手にして食べ始める。
「うめぇな!」
「色々混ざっているパン、モチモチで食べ応えありますねえ。いつも食べているパンと風味が違いますが、これはこれで……」
「レーズンや干し林檎みたいなドライフルーツを入れても、おいしそうよね」
「おかずの肉類は、わかってるって感じのラインナップだな。てか、肉串の屋台のに味付けが似ているが……カナメのは少し甘辛いが」
「あ、それ調味料に、同じもの使っているからだと思います。大銀1の虎の子ですよ」
「おいおい、奮発したなあ」
野菜の肉巻きは照り焼きにしているし、唐揚げは下味としてしょうが醤油に漬け込んで作っている。
ふふん、美味しかろう美味しかろう。みんな醤油の虜になるといい。にやりと私は笑った。
「うわあ、贅沢ですねえ……。でも本当、どれも美味しいですよ。このスープなんて、とろっとしていて、コーンの甘みとスープの塩っけがマッチして、優しく不思議な味わいですね。シチューともまた違って、美味しい」
「ええ。それに、コーンが濃厚なのに、さっぱりしていて飲みやすいわ。卵との相性もいいし、スープの味にコクと深みがあるのよね。一体何を使っているのかしら?」
「いつものコーンポタージュと違うな?」
「せっかくですし、たまには違った手合いのものもいいかと思いまして。それ、ベースはホロホロドリの骨から取ったスープなんですよ」
「骨のスープだ!?」
「……そういえば、もったいない!って言いながら、カナメが定期的にもらっていたな」
「ええ。美味しい出汁が出るんですよ~。実は他のスープにも、コンソメと混ぜたりして結構使っているんですよ」
「そうなのか。いつもスープの風味が異なるなと思ったら……」
『マリステラ』のスープは、野菜と肉と塩をごった煮して作っているものがほとんどだ。私が転移してきて、初めて口にしたヒースさんのスープだね。
煮込み時間や具材の量が少々甘いので、私からするとちょっと出汁が足りないなーという感想になってしまう。
あと、案外牛乳ぶちこんでミルクスープとかシチューにしちゃうんで、そもそもスープのバリエーションが少ないんだよね。味に間違いないし、そもそもユノ子爵領は、牛乳がめちゃ美味しいけど。
鶏ガラスープは煮出すのにそこそこ時間がかかるので、最近はちょーっとだけズルして、鍋に時魔法を付与ってたりするんだけど。
まさか王族専用とかいわれる時魔法が、鶏ガラスープをさくっと作るために利用されているとは誰も思うまい……。
「カナメ、クラリッサで店を構えるつもりはないか? そこそこいい立地に空き店舗があるぜ」
「ええええ、やりませんって」
「こんなにうまい店があったら通うんだが」
「だから、無理ですって」
「これ以上、カナメを働かせないでください……」
「あー……」
諸々あったのを知っているグランツさんとゼルさんが、遠い目をした。保護者然としているヒースさん、自分の発言は棚上げしてるぞ。
いや、本当出店とか話が大きすぎてお断りするけど、バイトで散々に培った飲食の知識を活かして、社畜根性発揮させていただろうなというのは、火を見るよりも明らかである。
絶対に、凝る。凝りまくる。何故なら、なんだかんだ、料理するの楽しいから。
それで、時間を忘れて働いて、倒れるのが目に見える。またリオナさんに怒られちゃうのが、火を見るよりも明らかだ。
なので、そういうのは夢を見るくらいでちょうどいいんだよ。
実際、お知り合いの方々が美味しいって言ってくれる今くらいで、私も満足しているしね。
まあ、家を借りるだの、店を出すだの、話が大きくなるのばかりは勘弁してほしいが。みんな目がマジで恐いんですよ……。
でもまあ、こうやってクラリッサを訪れる時に、差し入れしにくるのに異論はないので、差し入れとレシピ提供で納得してもらった。単純だけど、喜んでもらえて、私も嬉しいしね~。
が、フラガリアさんは、そこから一歩踏み込んできた。
「出店は無理だとしても、このカップよ」
「……スープボトルですか?」
「そう。スープボトルというのね。売り物にできるわ」
「だけど、持ち歩くには結構重いですよ? 素人考えで作ったものなので」
「ふむふむ。とはいってもね、温かいスープが飲めるって、冒険者とか軍には結構重要事項なのよ。士気にかかわってくるというか」
スープボトルの持ち運びに関しては、私の場合ヒースさんという収納鞄持ちがいる前提で作ったからなあ。
かくいうヒースさんは、フラガリアさんの言に、うんうんと力強く頷いている。
「スープに関しては、フリーズドライも少しずつ普及し始めているのだけれど、量が少ない上に割高という問題点がまだクリアできなくて、一部の冒険者や軍関係者の購入だけにとどまっているのよ。すっごく便利なんだけどねえ」
「フリーズドライあるんだ……」
そっちのほうがびっくりですよ。さすが転生者が数々いるらしい世界。無法してる。
「でもこれなら、野営の朝にまとめて作ったスープを昼にも食べられるから、手間も減るし、案外重宝すると思うのよね。具もたくさん入れられるから、好まれそう。少し平たい形状にすれば、蓋をお皿代わりにできそうだし。冬場に絶対ありがたがられるのが確定よ」
「なるほど……。蓋に≪伝熱≫の魔石を仕込めば、コストもさほどかかりませんしねえ。腐敗があるので、朝作って夜まで持たせるのは、さすがに無理ですけど」
スープボトルに他の機能も持たせることで、付加価値を上げるってことかー。さすが商人、目の付け所が良い。
正直、付け焼刃で作ったスープボトルに、ここまで着目してもらえるとは思わなかったのでびっくりである。
「というわけで、腹ごなしも済んだことですし、この後は商談といきましょうか?」
「……はい」
にんまりと目を細めたフラガリアさんは、獲物を定めた肉食獣みたいだった。
ヒースさんには、「またカナメがやらかしている……」と言われてしまったけれども、最初から午後は顔合わせだったり、収支報告や魔石に付与する魔法相談の場の予定だったので、オールオッケーなのである。多分。
余談ではあるが、商業ギルドの全面バックアップで軽量化を施されたスープボトルは、冒険者に売れたし、私が監修した野営向けの簡単スープレシピなんてものは、それ以上に売れに売れた。
資金力があるって強いなあ。
ウハウハ~って、フラガリアさんが顔をホクホクさせていた。
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次回更新は通常通り木曜日です。
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