37 / 126
調律
37.元社畜と中華風コーンスープ・1
しおりを挟む今日は、魔石の納品ついでに久しぶりにクラリッサの街へと訪れる予定だ。
出不精していたら、「せめて月1回くらいは顔を出せ、ヒース使え」と、グランツさんからお小言をもらってしまったのだ。
おかげさまで、私が提供した魔石周りの技術知識は、冒険者ギルドから商業ギルドへも渡り、様々に貢献を果たしているらしい。
あ。あの後、ちゃんとリオナさんからも、技術を広める許可をもらったよ。リオナさん的には、自分が使えない机上の空論めいていた手法を、使いこなせる人物が丁度手元にやってきたから教えた程度の認識だったらしい……。あ、あまりにもおおらかすぎやしないか……長く魔女として生きているからだろうか?
何にせよ、付与魔石の売り上げや、充電ならぬ充魔サービスも好調。北だけでなく、アイオン王国全土に少しずつ普及している模様。
数多くもない付与魔法師は、あちこちにひっぱりだこ。
魔石に魔法を付与して活用する方法も、魔法塔を中心に広まりつつあるのだとか。
だが、案の定「また『界渡人』か」とか「え、じゃあヒースの連れていた子か?」とか「いや、さすがにシュヴァリエじゃないのか?」とか「魔石だしオルクスなんじゃ?」とか噂になっているらしい。だから、シュヴァリエは何者なんだ。
高価だった魔石も、人工魔石の登場で選択肢が広がった。コストが下げられると、魔道具師が小躍りしているらしい。よかったよかった。
人工魔石は付与魔法師の能力で質がかなり左右されるので、やはり天然の属性魔石の魔力純度には敵わない部分がある。天然魔石そのものの価値を落としたかったわけじゃないから、差別化ができるのは良いことだ。
それはともかくとして、まだ移動手段が確立できていないので、申し訳ないけどヒースさんにお迎えに来てもらっている。
なんか、制作をお願いした工房が、はりきっちゃって時間かかっているみたいよ……。
もちろん、素人な私の素描や曖昧な言葉から、図面を書き起こすのも一苦労だっただろうしね、感謝感謝。
いつもより早起きして、私は差し入れの準備を始めた。グランツさんやゼルさんに、食べてみたいって言ってもらったので気合いが入る。
私は、腕まくりをした。
「よーし、作るぞ」
小麦粉、砂糖、塩、食用重曹をふるい、ボウルに混ぜ合わせておく。
ヨーグルトと牛乳を合わせて加え、切るように粉をざっくり混ぜた後、チーズと割ったくるみを入れて、打ち粉をした台の上でひとまとめにする。
醗酵の手間が必要ないパンーーソーダブレッドは、生地に十字に切れ込みを入れたらオーブンへ。30分ほど焼いたら出来上がり。簡単簡単。
ソーダブレッドを焼いている間に、冷凍箱から取り出したるは、たくさんのとうもろこしから作ったコーンクリーム。
以前ヒースさんが来た時に、風の魔法ですり潰してもらい、裏ごしして皮を取り除いて冷凍しておいたのだ。冷凍箱、最高!付与魔法の耐熱強化で、普通の食器も保存容器に早変わりするから便利!冷凍保存できるって素晴らしい。
ヒースさんにフープロ代わりをしてもらったら、リオナさんに指さされて笑われたんだよね。
こういうとき、生活魔法以外の魔法を自分で使えないの不便。
コーンクリームに水と鶏ガラスープ、潰していないコーンを合わせて煮立たたせる。コーンはいっぱい入っているほうが、食べ応えがあって好き!
ちょうどね、季節で言うと今は夏なので、茹でたとうもろこしをたくさん冷凍してあるのだ。
夏といっても、日本のように湿度はないので蒸さないし、ユノ子爵領は寒冷地だから気温もさほど上がらず、快適に過ごしやすいのだけどね。
水溶き片栗粉でとろみをつけて、塩コショウで味を調える。
なお、片栗粉はこっちだと片栗粉って名前じゃなかったので、探すのに苦労したよー。自動翻訳くんは、たまにポンコツだ。
ミクラジョーゾーのリュウさんと何度かやりとりをして、とうにかこうにか見つけられた。これでやっと、じゃがいもから自力で作るなんて真似しなくて済んだよ……。
最後に溶き卵をぐるりと流し入れて、卵がふんわりするまでひと沸かししたら、中華風コーンスープの出来上がりだ。
牛乳を加えてコーンポタージュにしても良かったんだけど、中華風ってこっちにはないだろうし、物珍しいかなと思って選択してみた。
そもそも差し入れにスープ?と思うかもしれない。
だけど、私の料理といったら母直伝のスープなので、食べてみたいと言われるのなら、やっぱりスープを提供したいのだ。
というわけで、私はバントリーから先日ヒースさんお願いして、オーダーメイドしてもらった品を広げた。
陶器を内側に嵌め込めるようにした、蓋つきの木のカップを作ってもらったのだ。
ちょっと不格好なんだけど、イメージとしてはスープボトルである。陶器だけだと熱くて持てないし、木だけだと水気とか気になるし……で合体させてみたのだ。裏蓋にはパッキンがわりにスライム素材をはめたりして、密閉度を上げている。
収納鞄がないと持ち運ぶには少々重たいものの、近場に汁ものを持っていきたいときには大変便利である。
もちろん、スープボトルもこのままだと保温できるはずもないので、そこは魔法の出番である。
いやあ、ステンレス製真空断熱構造って凄いよね。再現するのは、私にはちょっと無理でした。まさしく魔法瓶だ。
私は、陶器の口に指先を当てた。
「≪伝熱≫」
大体80度以上、3時間程度温かさをキープできるように魔力を込める。ついでに≪清浄≫をかけて、菌の繁殖を減らすようにした。
はー、本当に生活魔法便利。これまで付与を経由しないと使えなかったら、現代っ子の私にとって『マリステラ』での生活はかなり大変になっていたかも。
このスープボトルに、先ほど作った中華風コーンスープを注いで蓋をしめればオッケー。
あとは野菜の肉巻きを作ったり、唐揚げやポテトフライを作ったりして品数を増やして、スライスしたソーダブレッドと一緒にバスケットに詰めた。
「今日は随分荷物が多いな?」
迎えに来てくれたヒースさんに、小首を傾げられる。ナチュラルに荷物を引き取ってくれるから紳士だ。
「ありがとうございます。ほら、この間ヒースさんが自慢したら、グランツさんたちが食べてみたいって言ってたと話をしてくれたでしょう? なので、差し入れを作ってみたのですけど……あ、みなさん、お昼ご飯用意しちゃってますかね?」
「いや、大体みんなギルドの飯処や、屋台とかで各自調達してくるから、大丈夫だろう。むしろ喜ばれるよ」
今から出れば、クラリッサにはちょうど昼前くらいに到着する。
ヒースさんの手を借りて、青毛ちゃんにまたがる。相変わらずつぶらな瞳が可愛いし、人懐っこい。
乗る前に、人参を上げつつたてがみをナデナデしてあげたら、鼻面をこすりつけて喜んでくれた。愛い。道中、平に平に頼んだぞー。
とはいえ、また筋肉痛になるかなあ。青毛ちゃんの乗り心地や、ヒースさんの手綱さばきが悪いわけじゃないんだけどね。
あれから走り込みとか筋トレとかして、体力もだいぶついたと思うけど、乗馬で使う筋肉はまた違うっぽいしなあ。
「飯屋はまた次の機会に行くとして……てか、俺の分もあるよな?」
「もちろんありますよ。のけ者になんてしませんから、みんなで食べましょう」
「やった!」
「でも、デザートはないです」
「…………そっかー」
デザートなしに、ちょっとしょんぼりしたヒースさんは可愛かった。
---------------
次回は土曜日に更新します。
14
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中

辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる