【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

綴つづか

文字の大きさ
上 下
27 / 126
クラリッサの街の冒険者ギルド

27.元社畜、はしゃぐ

しおりを挟む


 街の外へ採取に向かう前に、まずは私とヒースさんは市場通りへと足を向けた。
 朝と呼ぶには少々遅めだったものの、市場は人出で賑わっていた。
 昨日訪れた武器・防具通りとはまた異なる雰囲気の市場は、食材や素材を販売する専門店や、雑貨を取り扱う商会などがたくさん軒を連ねている。
 呼び込みや試食が振る舞われたりと、活気がある。

 出店もたくさんあり、美味しそうな匂いがあたりに充満していて、さっきご飯を食べたばかりなのに、ついつい足を止めてしまいそうになる。
 誘惑が多いと呟いたら、ヒースさんに笑われた。宿で朝食を取らず、市場に来る人も多いのだとか。

 冒険者として活動するのに必須なポーション類は、既に揃えてある。遅めの昼ご飯用に、携帯しやすいサンドウィッチ(なんと、豪勢にもローストビーフだ!)や飲み物を調達しつつ、ヒースさんは私のお目当ての店へと案内してくれる。

「ここが、ミクラジョーゾーだよ。数年前から順調に規模を大きくしている商会なんだ」

 ミクラジョーゾーは、ミクラ商会という王都に本店のある結構な大店のクラリッサ支店らしい。主に、雑貨や食料品を取り扱っている商会なのだとか。
 足を踏み入れると、思ったよりも小ぢんまりとした店舗だった。
 とはいえ、棚には色々な商品が整然と並んでいる。

「お醤油がある……! うわぁん、これこれ!」

 調味料を取り扱っているスペースにそっと置かれている、小瓶の中に見慣れた赤黒い液体を目にして、私は颯爽と手に取った。
 長らく音信不通だった友と、久しぶりに会ったような気持ちである。感無量。

「これがあれば、料理のバリエーションがぐんと増えます」
「へぇ。それは楽しみだ」

 封がしてあるから、匂いや味は確認できないけれども、これは絶対に間違いなく醤油。
 だって、一見かっこよさげな商品ロゴみたいになっているけど、ラベルに日本語で「醤油」って書いてあるんだもん……どういうことだってばよ。

「いらっしゃいませ。真っ先にそれに目をつけてくださるとは、珍しいですね」

 私が醤油の瓶を持ちあげて、あちらこちらから眺めていたからだろうか。
 店番をしていた店員の青年が、にこりを目を細めて近づいてくる。
 よくよく考えれば、あまり一般流通してなさそうな商品へといの一番に向かって、目立つ行動をしてしまった。ちょっと不審者じみていただろうか。申し訳ない。

「すみません。ずっと欲しかった調味料だったので、つい浮かれてしまって」
「ははあ。お嬢さんのことは初めてお見掛けしますが、これが何かわかると?」
「ええ、お醤油ですよね?」
「ふむ……。そちらのサンプル、お出ししましょうか? 味見してみます?」
「ぜひ!」

 一瞬思案顔をして顎に手を当てたかと思うと、店員の青年は店の奥から小皿を持ってきてくれた。

「どうぞ」
「はぁ……いい匂い」

 渡された小皿に、ちょこんと広がった醤油。刺身を付けて、食べたくなるなあ。
 香ばしく塩っけがありつつまろやかな匂いは、日本人の心の故郷だ。
 小皿をわずかに傾け、舌先でほんの少しだけ舐めてみると、よく知った旨味が広がる。濃口だ。
 日本の本家本元ほど味がなじんでいるわけではないが、異世界で出会ったものにしては及第点だった。

「在庫あるだけ全部欲しい……」
「ふふ、ご満足いただけたなら何よりです。ご購入ありがとうございます」
「カナメ……きちんと値段を見てからにしなさい」
「あっ、すっかり忘れていました。おいくらでしょうか!」
「1瓶大銀1枚ですね。まだ大量生産ができませんので」
「おうふ……」

 思わず口元が引き攣る。宿代より高い。さすがに即決するには躊躇う金額だった。

「今ならなんと! こちらの醤油差しもお付けします!!」
「怪しい深夜の通販番組かな!?」
「おっしゃる意味はよくわかりませんが、ご入り用ですよね?」
「入り用です」

 てか、醤油差しもあるとは、至れり尽くせりである。
 買えなくはないが、大体300ml程度の小瓶に対して、だいぶいいお値段だなあと思いつつも、はじめてお目にかかった異世界産の醤油である。
 装備も揃えたから、手持ちのお金はやや心もとないといえる。一気に懐が寂しくなる。お金さんが出ていくのは一瞬だよ、本当。
 だが、背に腹は代えられない。醤油は絶対に欲しい、心の潤いのために。
 まあ、流石に在庫あるだけ全部なんていう豪快な真似は、無理になったわけだが。
 となれば、やっぱり働くしかないな、醤油のために。……無茶はしないけど。

「こちらの醤油の取り扱いは、当商会にしかございません。私の祖父が趣味で長年研究し、近年レイン侯爵家の協力あって、ようやく満足いく形にできた商品でして……」

 私の表情を読んだのか、青年は申し訳なさげに補足を入れる。
 確か、以前ヒースさんからの講義で、レイン侯爵家は水の魔法を司る家だと教えてもらった。
 醤油を作る上で、水にこだわるの大事。

「おや、君はミクラ商会の若様か」
「しがない三男ですよ。ミクラ商会クラリッサ支店ミクラジョーゾー店長のリュウ・オーウェンと申します。長らくのお付き合いをいただけますこと、期待しております。『界渡人』さん?」

 店長・リュウさんが、恭しく一度頭を下げたかと思えば、最後だけ私に小声で呼びかけて、茶目っ気たっぷりでウィンクをしてみせる。
 私は、思わず目を瞬かせた。

「……わかります?」
「祖父が、醤油に興奮するのは、自分と『同類』だと生前申しておりまして」

 なるほど。つまり彼の祖父が、日本からの『界渡人わたりびと』だったのだろう。
 くすんだ金髪に緑目のリュウさんの外見や家名からして、いわゆる転生型というやつだ。

 何せ、わかる人にはわかる日本語表記があるし。醤油、味噌、米を求めずにはいられない日本人の飽くなき魂は、どこにあっても健在だ。
 よくぞまだまだ未発展であろうこの異世界で醤油を再現してくれたと、万感の思いである。苦難だったと推測できる道のりに、拍手を捧げたい。自分では絶対に作れない商品だからね。
 店舗の名前からして、ご実家は醤油蔵だったのかな。

「私はカナメ・イチノミヤと申します。これから良いお付き合いができそうで嬉しいです。ところで、味噌と米ってあります?」
「まだ、試作段階の味噌でよろしければ、少々お譲りすることは可能です」
「うあああああ、それもください!」

 私とリュウさんががっしりと力強い握手を交わしたのは、言うまでもないだろう。リュウさんとは、これからも仲良くしていきたい所存である。
 我々のテンションにヒースさんが若干引いていたけど、醤油の前には些末なことなのである。

 他にも、件のレイン侯爵領での取り扱い品である食用の重曹やフレーバー紅茶をお勧めしてもらったりと、なかなか良い買い物ができた私は、ホクホク顔のまま採取に向かうことになった。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。

まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。 温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。 異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか? 魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。 平民なんですがもしかして私って聖女候補? 脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか? 常に何処かで大食いバトルが開催中! 登場人物ほぼ甘党! ファンタジー要素薄め!?かもしれない? 母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥ ◇◇◇◇ 現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。 しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい! 転生もふもふのスピンオフ! アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で… 母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される こちらもよろしくお願いします。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

処理中です...