【完結】元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

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クラリッサの街の冒険者ギルド

24.元社畜と心の贅沢

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 なんだかんだ、ギルドにいる時間が長びいてしまった。
 魔石のあれこれがなければ、ヒースさん的に早速採取に向かう予定だったらしい。私がヴェルガーの森から頻繁に出られないから、この機会にさっさと初回の依頼をこなしたいのだとか。
 ただ、そこまでの余裕は、もうなさそうだった。

 深夜まで皓々と明るい日本とは違い、月明かりが唯一の光源になるマリステラにおいて、夕刻以降外での活動は、昼以上に危険を伴う。夜は、よりいっそう獰猛な魔物や魔獣たちの活動が、活発になるからだ。
 なので、採取のための装備を整えて、宿に向かうことになった。
 今の私、多少馬に乗れる格好とはいえ、そこいらの町娘さんと大して変わらない服装だからね。

 ヒースさんお勧めの冒険者向け防具店で、いくつか試着を試みてから、魔法師のローブとブーツを購入。
 フードのついたモスグリーンのローブは、裾に入った金の刺繍がとっても可愛い。
 どちらも風属性の素材でできた特殊な装備で、身に着けていると、確かに身体も動きも軽くなる。限度はあるが、ある程度攻撃も防いでくれる優れもの。不思議だ。
 ちょっとお高くて、早速懐が冷え込んだけれど、身を護る術がない私は、一撃喰らったらすぐに死に直結する。
 防具への投資は大事だと、ヒースさんに懇々と説かれた。
 基本的に、一人での採取はまだまだ先になるだろうとはいえ、いざというときに足手まといにならないことが重要である。
 いずれ、なにがしかの攻撃手段は持たないといけないのだろうけれども。

 それから、採取用のナイフを鍛冶屋で購入。包丁とか金型も作ってくれるらしいので、別の意味でもお世話になりそうだ。
 そんな風に一通り必要なものを購入し、クラリッサの街をぶらぶらと観光していたら、あっという間に日が暮れた。
 そうして、宿に併設されている食堂に夕食を食べに来ている。

「というわけで、遠慮なくいっぱい食べてくださいね!」
「張り切っているなあ。じゃあ、お言葉に甘えていただくよ」

 魔石を売ったお金で、ようやくヒースさんに宿とご飯をおごることができた。恩返しの第一歩である。
 お金を受け取る受け取らないで押し問答した挙句、「後々物入りになった時に、たくわえがないと困るのはカナメだろう?」と正論で言い負かされてしまったので、さりげなく返していきたいところである。
 ちょっと得意げに胸を張る私を、ヒースさんが暖かい目で見つめてくる。初めてのおつかい的な眼差しを感じるのは、私だけだろうか。

 宿から提供された食事は、ミルキートラウトという名前の魚のムニエルと、野菜の付け合わせにパン。
 別途お酒とおつまみを追加して、私たちは夕食を堪能する。
 まさか、ここにきて川魚が食べられるとは!お米だけじゃなくて、時折魚も恋しくなっていたので、とっても嬉しい。

「いっただきまーす!」

 私はうきうきと、カトラリーを手に取った。
 出てきたミルキートラウト、日本でいうところのいわゆるマスは、香草を混ぜて焼いているせいか、そこまで臭みも強くないし、充分美味しい。泥抜き面倒だろうに、丁寧な仕事っぷりだ。

 ユノ子爵領は、大陸の中央付近に位置している。必然、海から一番遠く、今の技術では海魚の輸送は厳しいのだとか。ああー、冷凍庫の需要が、こんなところにも……。
 だから、魚というと専ら川魚になるのだが、独特の臭みがあるので、そこまで人気がないらしい。下処理をうまくやれば、もっと美味しくなるのに、勿体ない!
 私は魚を三枚におろせないから、後でこれも教えてもらいたいなあと思いをはせていると、ヒースさんが麦酒片手に深々とため息をついた。

「結局、半分くらい仕事絡みになってしまったな」
「そんなことないですよ。目的もなくぶらぶらするの、凄く楽しかったです。こんなにゆっくりしたの、どのくらいぶりだろう……」

 少々辛めですっきりした葡萄酒ワインが、喉を通っていく。ディランさんからいただいた高級葡萄酒とは比べられないけれども、お値段の割に口当たりが良く、美味しくて杯が進む。

 お店の中は満席で、すっかり賑わっている。
 今日の労をいたわるもの、噂話、雑談、恋バナ、討伐の情報交換。様々な会話が一瞬耳に飛び込んできては、通り過ぎていく。
 次の瞬間には掻き消えてしまう、他愛のない雑音。まるで音の洪水のようだ。
 ざわめきはうるさいと思うのに、でも不思議とそれが不愉快ではない。

 しんと静まったフロアで、ゼリー飲料を啜りながらキーボードを叩いていたときのほうが、よっぽど――。

「……そういえば、私ね、ここに来る前に、めちゃくちゃ気持ちが疲れていて、癒されたい、ゆっくりしたいなあって、珍しく願っていたんですよ」
「君のゆっくりの基準が、正直怪しいな……」
「あはは、身から出た錆とはいえ酷いなあ。まあ、私もこんなにゆっくりしてて禁断症状出ないかなとか、身体震えないかなとか思いましたけど、大丈夫みたいです、まだ」
「重症すぎないか?」
「でも、こんな風に過ごすのも新鮮で、楽しくて、またヒースさんとゆっくりしてみたいなあって思っているんですよ。ね、明日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

 私の問いかけに、ヒースさんが目を瞬かせた後、顔を嬉しそうに綻ばせた。

「ははっ、よし、明日は市場で買い物した後、裏の丘に採取に出かけたついでに、とっておきを見せてやるから楽しみにしてるといい」

 ささいなことで笑い合い、滞在中の予定を話しながら、美味しい食事とお酒に舌鼓を打つ。
 リオナさんに家を追い出された時は、この世の終わりみたいな気持ちになりもしたものだけど。
 日々を焦らなくてもいいと、ヒースさんが教えてくれた。
 ゆったりと過ぎていく時間に身を任せるのは、まだ少し慣れないけれども。
 まずは、一歩。
 くすぐったくて、あまやかで、あたたかくて。

 ――それは、なんて、贅沢。



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