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クラリッサの街の冒険者ギルド
21.元社畜と冒険者ギルド・1
しおりを挟むとまあ、調味料でテンションは最高潮になったものの、まずは身分証を作らないといけないので、市場はひとまずお預け。
屋台で食べ歩きを満喫してから、私たちが連れ立ったのは、冒険者ギルドである。
「カナメはいずれ薬師ギルドや商業ギルドにも登録する必要が出てくるだろうけど、まず手始めに冒険者ギルドかな。薬師ギルドや商業ギルドだと、商品の提出が必要になってくるしね」
というヒースさんの勧めだ。身分証を作るのに、冒険者ギルドは一番手っ取り早いらしい。
どの道、私の魔法の特性柄、この先採取は不可欠になってくるはずなので、今のうちに慣れておいたほうが良いと思う。
ギルドに入ると、一斉に視線が向けられて、ついついヒースさんの影に隠れてしまった。
重装備の剣士とか、魔法師っぽい人とか、エルフみたいな人とかがたむろしていたり、掲示板には依頼が貼られていたり、素材のやりとりをしている冒険者がいたり。描いていたファンタジー感満載の様子に、感動してしまう。
でも、ちょっとだけ雰囲気がハロワっぽくて笑っちゃったのは秘密だ。
併設されている食事処に、ガラの悪そうな人は見受けられなかったので、ほっと胸を撫で下ろした。
とはいえ、私たちの登場で、ギルド内はザワついている。
「ヒースが女の子連れている……」
「え、手を繋いでいるぞ……天変地異の前触れか?」
いや、さっきから一体何なんですかね!?
一度離した手を再び繋いでいるのは、調味料で私がはしゃぎすぎて、コケそうになったせいです。いい歳して本当に恥ずかしい。
妙な注目のされ方をしているのに、ヒースさんは顔色一つ変えず通常運航のまま、私をカウンターまで引き連れていく。
じろじろ見られて、私一人なんか肩身狭いな、うう……。
「いらっしゃいませ、ヒース君。本日のご用件は何でしょうか?」
「ギルマスはいますか? ちょっとこの子のことで相談があって。アポなしで悪いんですが、魔女殿の緊急連絡の件で」
「今、書類整理でわーってなっていたようですから、渡りに船でしょうね」
ギルマスを呼び出すために立ち上がった受付の眼鏡のお兄さんから笑いかけられたので、ぺこりと頭を下げておいた。お仕事のお邪魔をしてしまって、申し訳ない。
しばらくすると、二階からガタイの良い大柄な男性が下りてくる。
年の頃は、50くらいだろうか。少々強面だが、濃い赤毛をざっくりと後ろに流し、大きな一本線の傷の入った隻眼が印象的だ。
しかし、眼光は鋭く、老いを感じさせない盛り上がった筋肉が、大変ワイルドな人だった。
彼は、私たちを視界にいれると、にっと唇を緩ませ気さくに手を挙げた。
「おう、ヒース。助かった」
「書類整理を先延ばしにしただけでしょう、グランツさん」
「そう言うなって。休憩休憩。んじゃ、二階まで上がってきてくれ。ゼル、茶を頼むな」
「かしこまりました」
ギルマスことグランツさんに促され、後について、急勾配気味な階段を上がる。
そのまま、小ぢんまりとした会議室のような一室に招かれ、私とヒースさんは椅子に腰かけた。
自分が思っていたよりも大ごとになっていて、どうにも落ち着かない。
「お嬢ちゃん、ようこそ、クラリッサの街へ。俺はここのギルドの統括をしている、ギルドマスターのグランツってんだ。よろしくな」
「あっ、はい。ご丁寧にありがとうございます。私はカナメ・イチノミヤと申します」
「詳しくは、副ギルマスのゼルが来てからな」
どうやら眼鏡のお兄さんは、偉い人だったらしい。
しばらくすると、ノックの後、ゼルさんが入室してくる。ゆったりとした金の長髪を後ろで緩く結んだ、優しく穏やかそうな人だ。
紅茶の入ったカップを配り、私とゼルさんの間で自己紹介の挨拶を終えるのを待って、ヒースさんが口火を切った。
「まずは、防音魔道具を起動してもらえますか」
「そんな重要事項かよ……」
ヒースさんからの要請に、グランツさんが眉根を顰めた。
取り出した魔道具を、ゼルさんが起動させる。
小さな箱型のそれは、中央に緑色の石が備え付けられていた。恐らく、空気の振動を制御して、音を遮断しているのだと思われる。
「お手数おかけしてすみません。こちらのカナメをギルドに登録して、身分証を作りたいのですが、下で通常通りの受付をするわけにもいかなかったもので。あと、グランツさんたちには、事情を知ってもらっておいたほうがいいという判断です」
「ほう。で、その事情っていうのは?」
「カナメは『界渡人』です。しかも、転移型の。俺が数週間前に保護し、今は魔女殿に預けています」
しょっぱなから切り込むヒースさんに、グランツさんとゼルさんが、息を呑んだ。
「転移型……そりゃあ、またどえらいモンを……。てか、こんな僻地でのん気にしているってことは、国への報告はまだなんだな?」
「いずれとは思いますがね。まだカナメには、国に身を寄せるかどうか、判断できるほどの知識が足りていないので。魔女殿と共通の見解です」
「ああ? だいぶ過保護がすぎねぇか?」
「その、失礼ですが、カナメさんの属性は?」
「闇です。そして、付与特化型の全属性付与調律師、『闇の女神の愛し子』の称号持ちです」
「……は? 全属性の付与調律師だと!?」
「女神……!? それはまた……確かに下で受け付けていたら、とんでもない騒ぎになったでしょうね」
『界渡人』の情報では、微かな動揺で済んだ二人も、流石にハイレアクラスや女神の名前を耳にして目を剥いた。
想定以上に過剰なリアクションで、やはりチートを与えられたんだなあと、私は改めて苦笑いするほかない。
ギルドに登録をするにあたり、本来なら一度鑑定をかけて、ステータスの確認をされるらしい。
もちろん、ギルド側としても、不審人物をおいそれと所属させるわけにもいかないから、妥当な話だ。
そのため、≪隠蔽≫スキルでステータスに小細工でもしておかない限り、一般の職員の方にも私の事情が知れ渡ってしまう。
それを避けたかったのだと、ヒースさんは明かす。
とはいえ、今でも十分目立っている気はするのですが……。私以上に、ヒースさんが。
グランツさんとゼルさんは、こめかみを揉むようにして呻いている。
この反応からして、自分がいかに面倒な立場にいるのかがよくわかる。
「カナメ、お前さんは拾われた先が幸運だったな。女神の加護があるとはいえ、この世界に疎いうちに、下手な知識を植え付けられて利用されていたら、目も当てられん」
「ですよね……」
「脅すつもりじゃないがな。善人ばかりとはいかないもんさ」
ため息混じりにグランツさんに言われ、私もしみじみ呟く。ぶるりと身体が震えた。
最初にリオナさんも言っていたけど、もし何も知らないままでいたら、心無い人にこの力を悪用されていた可能性だってあったのだ。
そこばかりは、闇の女神の配慮に感謝しても良いかもしれない。
まあ、移転の元凶でもあるのだけれど。
「そんなわけで、秘密裏にタグを発行していただきたかったんですよ。お願いできますか。カナメも≪鑑定≫持ちですが、まだ≪隠蔽≫までは難しいようで」
「わかりました。カナメさんへの≪隠蔽≫は、私が受け持ちましょう」
≪隠蔽≫のスキルは、≪鑑定≫のスキルを磨くと取得できるのだそうだ。
ゼルさんがあれこれと準備をして、私のステータスを小細工しつつ、冒険者ギルドタグを発行してもらえた。
ギルドタグに記載されている、見られても問題ない私のステータスはこうだ。
カナメ・イチノミヤ(一宮要) 24歳 女
種族 :人間(界渡人)
ランク:F
属性 :闇
クラス:付与魔法師 (付与調律師)
魔法適正:付与【闇、火、風、水、光】(全属性・時のみ劣化)、無
スキル:鑑定、精神耐性、料理 (調律、言語翻訳)
称号 :元社畜 (闇の女神の愛し子)
かっこでくくられている部分は、表向き人から見えないようになる。
それでも、≪天眼≫のような、上位の鑑定スキルを持つ人には、意味がないらしい。
ところで、元社畜の称号も消してもらってもよいのではないかと思うのだが……何故に。害がないからか。
なお、付与の属性をどこまで許容するか、どの属性を残すかで会議室は紛糾した。
5属性でも多いとはグランツさんの主張だが、今後のことを考えると削りすぎても不自然になるとヒースさんが譲らず、ギリギリ許容範囲だろうと相なった。
「わぁ……」
「≪調律≫は、まだ使えないようですし、秘匿してあります。依頼を受ける際は、こちらのタグを見せてください。なくした場合の再発行は、大銀貨1枚にて承っていますので、お気をつけて」
「肝に銘じます」
「カナメさんも、ランクは最低のFからになりますので、数日以内に採取などの依頼を受けて、報告してください。ヒース君がいますし、引率は問題ないでしょう」
「ああ、任せてくれ」
ゼルさんからもらった鈍色に光るドッグタグ型のギルドカードを、私は首にかけた。
タグに触れると、じんわりと込み上げてくるものがある。
きっと、この世界での私の存在証明がようやくできたことが、こんなにも嬉しいからだ。
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