15 / 126
転移
15.社畜は魔石で試行錯誤する・2
しおりを挟む楽しい慰労会を終え、食器を片づけた後にシャワーだけ浴びて、私は自室に戻った。
覚えたばかりの≪灯り≫の魔法を魔石にかけて、起動させる。
薄暗い部屋が程よく明るくなって、私はえへと唇に弧を描いた。
いやー、魔法が使えるって便利だなぁ。私の場合ワンクッション手間かかるけど。
そう、夜更かしができる環境が整ってしまったのである!
リオナさんからはやめておけと言われていたけれども、この程度全然無茶じゃないし、正直社畜は時間を持て余しているのがどうにも居心地悪かった。
朝は陽の出と共に、夜は陽の沈むまではいかないけれども、就寝はそこそこ早い。
まだ異世界に転移してから日が浅く、娯楽も仕事も見出せていなかったし、少なからず遠慮もあった。
部屋にランプはあれども、どうしても薄暗くて読書などに向いていなかった。
おかげで、あまりにも健康的な生活を送ってきた。
目の隈とは、すっかりおさらばで、肌艶も良くなった。身体も軽い。
睡眠不足とか疲れとか無縁すぎて、ニート状態に返って罪悪感にとらわれてしまったのは、自分でもどうかと思う。
何せ、社会人になって以来、こんな日々の過ごし方、初めてなのである。学生時代だって、イマイチ怪しいぞ。
だから、休んでなさいとリオナさんから再三言われていても、ぶっちゃけどうしたらいいかわからない。
休むって、疲れ果てた末に泥のように寝落ちるってことじゃないのか……。
そんなわけで、どうにかこうにか生活にも慣れてきたから、少しでも早く魔法を使いこなせるようになりたいのだ。気力と体力は、めちゃくちゃ有り余っている。睡眠って大事だね!
そして、良くしてくれたお二人に、いっぱい恩返しがしたい。
その足がかりを掴めて、私は俄然やる気になっていた。あと単純に魔法が面白い。
お酒が少々回っているのもあるのだろう。テンションが変に高かった。
ベッドにごろんと寝転がりながら、私は貸してもらった魔法書をぺらぺらとめくり目を通す。
初心者向けと謳ってはいるけれども、属性別に色々な魔法が載っていて、見ているだけでも楽しい。
スキルの自動翻訳のおかげで、書物の文字も何故か日本語に変換されるので、至れり尽くせりである。ぐにゃって文字が一瞬歪むのが、ちょっと気持ち悪いけど……。
「あ、あった。≪舞風≫……リオナさんが一番初めに使っていたやつ」
ふわっとした空気の流れを作り出す風魔法だ。
≪灯り≫の魔法は、深夜の今、乱発するには向いていない。
こっそり実験するにあたって、影響が少なめな魔法を覚えたかったのだ。
まずは、詠唱を確認する。発動には問題がなさそうな感じ。
地球で過ごしてきて、自然現象について科学的な側面から多少なりとも学び、空想物語も触れていたからか、魔法効果をイメージすることに苦はない。
とにかく、どこまで何ができるのか、トライアンドエラーを繰り返す。
「そういえば、無属性魔法も付与ってできるのかなぁ? やってみよう」
無属性の魔石を風属性に変えてから、私は安全を考慮して人肌くらいのイメージで、生活魔法の≪伝熱≫を付与してみる。
≪伝熱≫は、その名の通り熱を生み出す魔法だ。
ただし、本家火魔法よりも扱える温度幅が狭いので、暖をとったり調理に使うのが一般的である。IHとガスコンロの違いみたいなものかな。
「……付与されたっぽいな? やっぱり無属性だと、石の属性関係なく付与できるのかも」
そのまま、私は検証をすべく≪舞風≫の魔法を詠唱する。
異なる属性の魔力同士を押し込めようとすると魔石は破裂したが、魔法の場合、属性違いでも何事もなく付与された。
「魔法を発動させたらパーンしたりして……」
恐る恐る、私は風の魔力を魔石に付与する。
すると、きちんと温い風が魔石から流れてきた。
おお、上手くいった。熱と風で、ドライヤーっぽく使えないかなと思ったんだ。
タオルドライはしてあるが、渇きの甘い髪に当ててみる。温かくて気持ちが良い。が、やっぱりこれだと少しばかり熱が弱い。
「てか、石から風が出てくるのって、めちゃくちゃシュール……見かけって大事ね。とりあえずできたはできたけど、温度の調整とかもイメージで良さげかな」
ドライヤーの熱はだいたい100度くらいだったはずだけど、人肌くらいって念じていたら人肌程度の熱になったし、魔石そのものが高温を発するということもなかった。ぶっつけ本番だと、その辺が少し怖かったんだよね。私の手がやけどしちゃう……。
魔法陣なら、きっと状態推移の管理も、細かくプログラムできるのだと思う。
キッチンのコンロは、魔石がつまみになっていて、回転させることで温度調節ができるのだ。
魔石への付与だと、最初に段取りをきちんと取り決めておかないといけないっぽい。それに、魔法陣みたく魔法の停止コマンドを組み込んでおかないと、魔石に魔力がある限り、魔法が延々垂れ流しになってしまう。ちょっと勿体ないね。
温風は、大体1時間くらいで止まった。部屋が、ほどよく暖かくなった。
冷暖房に使えるな、これ。
てか、冷蔵箱の仕組みは間違いなくこれだろう。
となれば、問題なく冷凍庫も作れそうだ。市場に普通に売ってそうだけど、リオナさんの生活習慣からして、冷凍庫がなくても生きていけたんだろうな…。
とりあえずの見立てだと、魔法陣の方が回路を引いて制御を細かくきかせられる分あれこれ融通がきくけど、瞬発力だと付与の方が上って感じだ。
室内が渇いてしまったので、今度は試しに一番小さな水の魔石に、水魔法の≪霧≫を、続いて火魔法≪加熱≫を、最後に風魔法の≪舞風≫を重ね掛けする。
≪加熱≫は水が気化する100度くらいにして、霧が蒸気になるようイメージしてみた。火魔法を使うからね、程よく程よく。
異なる属性の魔法付与になるので、ちょっと慎重に。魔力の付与だと、パーンしたしね。
それぞれの魔法が干渉せず、かつ一緒に動くよう仕掛けて、と。
……結果、4種類の魔法でも、うまく魔石に取り込まれた。
魔力を与えて起動させると、ぽふっと白い蒸気が立ち上る。同時に、空気が動いて湿度が程よく上がっていく。
私は、ほっと胸を撫でおろした。
どうやら、魔力の付与と異なり、魔法の付与だと属性に寄らないっぽいな。ベースとなる魔石と魔法は、合わせた方が無難そうだけど。
というわけで、スチーム加湿、上手くいったっぽい。
魔法を重ねて魔力消費が多かったのもあり、魔石が一番小さかったからか、これは10分程度ですぐ収まった。
「魔法の発動順間違えると失敗しそう……。あと、大量に魔法を重ねても、魔力が足りなかったら途中で魔石が壊れそうだよね」
そう予測を立てる。魔力だけのときとは違って、魔法には様々な効果が生まれる。予期せぬ事態に陥る可能性は高い。
失敗の過程を見るには、こっそりだと何か起きたときにまずいので、これは後々要検証かな。
とかなんとかやっているうちに、すっかり夜が更けていた。時計がないので、どうも際限がなくなってしまうな。
私は、慌ててベッドにもぐりこむのだった。
* * *
ひゅ、ひゅ、と風を切るような音が微かに聞こえる。
何だろう。ふ、と意識が浮上して、私は目覚めた。
昨夜は珍しく寝るのが遅かったから、少々寝不足だ。
水分はきちんととっていたからか、アルコールの影響は身体に残っていない。
ふあ、とあくびを一つ。私はゆっくり上半身を起こすと、背をうーんと伸ばした。
スリッパをはいて、カーテンを引き、窓を開ける。雲一つない真っ青な快晴。絶好の洗濯日和だ。
「おや」
音がする方へ視線を流すと、裏庭でヒースさんが剣を振る姿が見えた。
ひゅ、ひゅと次々下ろされる軌跡は、鋭く重い。
なのに、風のように軽やかに舞いながら、ヒースさんは剣をふるっていく。
いわゆるシャドウトレーニングというやつだろうか。まるで、目の前に相手がいるかのような動きで、迫力がある。
昨日あれだけお酒を飲んでいたのに、二日酔いしている気配もない。強いなあ、元気だなあ。
朝日を浴びながら真剣な表情で汗を流すヒースさんは、とても綺麗だ。
ほう、と思わずため息をついた私は、しばらくその様子に見入っていた。
やがて、鍛錬を終えたのか一息ついたヒースさんが、ついと視線を上げた。私に気づいたようで、汗をふきながら手を振ってくる。
私は、窓を開けて声をかけた。
「おはようございます」
「おはよう。ごめん、起こしたか?」
「大丈夫です、いつもこのくらいの時間に起きているので。カッコよかったですよ。毎朝やっているんですか?」
「ああ。どうにも落ち着かなくてな」
「ヒースさんの属性って風ですよね? 素早くて、キレがあって、まるでダンスを踊ってるみたいでした!」
「そう? カナメにそんな風に褒められると恥ずかしいな。俺はあまり魔力がないから、小手先でしか魔法を使えなくてね」
ヒースさんが、照れくさそうにはにかむ。
うーん?魔力がなさそうな感じはしないのに不思議。
でも、素人目に見ても、戦闘スタイルは洗練されていた。それだけ鍛錬を重ねてきた証なのだろう。
私も軽く身支度を整え、洗顔を終わらせてから、キッチンに立つ。
そして、すぐさま冷蔵箱から取り出したオレンジを絞って、水とはちみつ、あと少々塩を加えて混ぜる。なんちゃってスポーツドリンクだ。
ややあって、裏庭から戻ってきたヒースさんにコップを渡すと、彼は目を瞬かせた後、破顔した。
「水分補給、大事ですからね」
「至れり尽くせりで、カナメにダメにされそう……」
なんてしみじみ呟いて、美味しく飲んでくれた。
ちなみに、昨夜の食事でがっちり胃は掴まれているとは、ヒースさんの言である。
26
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる