上 下
11 / 126
転移

11.気に入られる社畜

しおりを挟む


 一体何が彼の琴線に触れてしまったのか。
 収納鞄アイテムボックスに狼狽える私が、そんなにおかしかったか。
 挨拶とはいえ、物語の王子様みたいなことをされてしまって、うっかりときめきそうになったのは秘密だ。破壊力が高いんだから仕方がない。

 それにしても、オルクスとな。
 聞いたことがある。確か、ヒースさんがこの国の成り立ちについて簡単に教えてくれた時、耳にした近隣の貴族の名前だ。
 建国より王家に忠誠を誓う、地のオルクス。アイオン王国北の広大な領地を統べる、3大公爵家の一つ。
 ヴェルガーの森があるユノ子爵領のお隣に位置する大貴族である。要するに、偉いところのご子息だ。

「……要、と申します。ディランダル様」
「おや、警戒されてしまったかな? カナメ。珍しい響きだけど、キミに良く似合っている可憐な名だね」

 か、軽い! 見た目硬派なのに、性格は軽薄だ。
 ぱちんとウィンクをする姿も、様になっている。自分の顔の良さを分かってやっているな。リップサービスは、遠慮したいところなんだけど。
 というより、上級貴族と言われる存在なのに、こんなにフランクでいいのだろうか。うわー、なんか腹に抱えていそうでイヤだなあ。

「辺鄙なここは、刺激に乏しいだろう? どう、クラリッサで、僕と食事でも。キミのこと、もっと良く知りたいなぁ」
「お急ぎなのではないのですか、ディランダル様」
「ディラン」

 そもそも、納品は至急って話じゃなかったっけ。ナンパしている場合じゃないのでは。
 やんわりと手を引いてみるものの、がっちり抑えられて離してもらえない。
 困惑の眼差しで見上げるが、にっこりと笑顔で封殺される。押しが強いなこの人。

「…………………ディランさん」
「うん。堅苦しくなくてよろしい。愛らしい声に名を呼ばれて光栄だ」

 へらり、とディランさんの顔が緩む。
 それだけは、不思議と、嘘偽りのない微笑みのように思えた。
 そんなやりとりをしているうちに、天の助けとばかりに、母屋に通ずるドアがバンと開き、不機嫌げなリオナさんが姿を現した。

「ちょっと、何でアンタが直々に来ているのよ、ディランダル・オルクス! 何気なく窓から外を見たら、アンタの副官がいたから、びっくりしたじゃない!!」
「やっほー、魔女サン、久しぶりぃ。フルネーム呼びやめてってば、カナメが真似したらどうするのさ。いやぁ、無理に急ぎの仕事突っ込んじゃったから、ここはやはり統括たる僕が、感謝と詫びをかねて馳せ参じた次第。おかげでこっちも助かったよ」
「感謝と詫びで、私の教え子口説いてんじゃないわよ。ほら、しっしっ」
「ええ~!? 可愛い子を口説くのは、紳士の義務だって」

 強引に割り入ってくれたリオナさんのおかげで、ようやくディランさんの手から解放される。
 よかった、貴族なんて本気でどう対応したらいいのかわかんなかったし。
 あっちにいけとばかりに眉を顰めて、リオナさんは鋭く手を振った。犬か。
 上級貴族に対しても、リオナさんの扱いの雑さは変わらない。
 ディランさんは、苦笑交じりに肩を竦めた。

「どういう風の吹き回しよ」
「その言葉、そのままそっちに返すよ。気になる≪予兆オラクル≫が降りてきてね。わざわざ足を運んできてみたけど、いやはや、魔女サンの同居人で教え子とは興味深い。それに、随分と魔女サンに雰囲気の似ている子だ」
「ああ……もう、何もピンポイントで……。だからアンタ嫌いなのよ」
「まあまあ、そう言わずにさ。ほら、領地で取れたキミの好きな葡萄酒ワイン、お土産に持ってきたから。頑張ってくれたおかげだよ、魔女サン」
「ちっ……。店に入ってこられた時点で、アンタに悪意がないのはわかってはいたけど……何か悔しいわね」
「うわぁ、リオナさんのことをよくわかっていらっしゃる」
「でしょ」

 額に手を当てたリオナさんに向けて、ディランさんがどどんとカウンターの上に載せたのは、5本の酒瓶。
 賄賂だ賄賂だ。リオナさんの大好きなお酒だ。しかも高そうなヤツ。

「これから僕は、討伐を名目にした斥候に出るわけで、雪が融け始めて徐々に獣害も増えてきたし、例年通りこの時期はしばらく家を留守にしなければならないんだ。そう警戒せずとも大丈夫さ」
「西側? キナ臭いわね。東がようやく収まったと思ったら」
「そ、そ。今日は元より顔見せ程度のつもりだった。だから安心して? 誓うよ」
「アンタが一番油断ならない存在なのよ」
「はははっ、褒め言葉だね。じゃあ、部下も待たせていることだし、魔女サンの機嫌を損ねないうちに、僕はこの辺で失礼するよ。可愛いカナメ、また会おうね」
「はぁ……ありがとうございました」

 二人だけで通じる会話を交わして、私にひらひらと手を振り、踵を返すディランさんに、そっと頭を下げた。またのご利用をお待ちしております。
 性格がややアレでも、大事なお得意様だ。ポーション類約500本まとめ買いって、そうそうないだろう。

「貴族なのに、随分気安い人ですね……。てか、凄い、雰囲気がちぐはぐすぎて、気持ち悪い……」
「あっはははは、アレを気持ち悪いって見抜けるなんて、アンタ小気味いいわね。スキルのせいかしらね。あんなんでも、表向きはオルクス公爵領私設騎士団の団長なのよ。ブルーグレーの軍服に、茶の差し色がその証ね」

 茶は、地のオルクス公爵家の色なんだとか。

「表向き……ってことは」
「そ。オルクスの裏の顔は、代々王家の影であり、監察官。ディランダル・オルクスは、斥候や諜報を得意とする、折り紙付きの実力者よ」

 ちょっと待ってください。そんなヤバい内容、世間話的な感覚で教えないで欲しい。
 リオナさんがさらりと暴露した情報は、想像以上に凄いものだった。道理で。
 私が『界渡人わたりびと』だってバレたかな。いや、でもどうだろう。

「しっかし、まさかアイツが顔を出してくるとは。……アンタが面倒なのに目を付けられるのは、最早天命かもしれないわね」
「嫌なこと言わないでくださいよ……」

 異世界転移をして早々、妙なフラグを立てる真似は、切実にやめて欲しい。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...