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第7話
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急転する事態に、冬樹はぽかんとただ口を開けていた。
目の前で繰り広げられている光景を信じることが出来ない。
「怪獣…大闘争……?」
最初は人型で殴り合っていたのだが、クトーのパンチが不岩の顔に炸裂した瞬間、不岩が土竜に変化した。まるでごつごつした岩そのもの。見た目は絶滅したと言われる草食性の恐竜、ヨロイ竜下目が一番近い。
不岩の変化に呼応するかのように変化したクトーのそのフォルムだけを見れば猫科の動物に見える。いや、長く牙が突き出しているので、こちらも絶滅したと言われているサーベルタイガーそのものだった。しかし、肌は猫と違い毛ではなく赤黒い鱗で覆われている。
そんな二頭の巨大な竜が、眼前で大暴れしているのだ。
冬樹が呆然としてしまうのも致し方が無い。
「どうしよう……」
クトーが応戦している理由はなんとなくわかる。しかし、冬樹には温厚な不岩がクトーに殴りかかった理由がわからない。その為どうすればこんなことを止めてくれるのか思い浮かばなかった。
「……どうしようもない?」
そんな結論に至り、冬樹は玄関の前で座り込んだ。
怪獣二頭が暴れていては、近隣住民が恐怖に慄きすぐに討伐隊でも呼ばれてしまいそうなものだが、街へはクトーが竜体になって四半日は駆けないと着けないらしく、この家がかなり山の奥深くにあることはわかっていたので心配しないことにした。
「クトーがんばれー、不岩さま負けるなー」
なんとなく声援を送りながら堪えられず欠伸する。
怪獣二頭がどったんばったんと暴れているせいで雪は溶け木々は倒れ……山に棲む動物達からすると相当の奇禍だろう。
冬樹はしばらくぼけっと見ていたが、服がポカポカと暖かいのもあり堪らず眠りに落ちてしまった。
「……い!フユキ!」
ここ最近聞きなれた、と言うより唯一聞いていた人の声に冬樹は眠りの淵から浮上する。
目を開けると泥に塗れた男が二人。一人は目元に青痣をこさえていた。クトーだ。人型で殴り合っている時は不岩のほうが劣勢だった筈だし、竜体ではクトーの鋭い爪攻撃を受けていたはずだが不岩に怪我は見当たらない。
「ぁ……おわった?」
寝ぼけ眼でそう聞くと、片方からはため息、もう片方からは苦笑が聞こえてきた。
「お前な、普通止めるとかしねぇ?まさか寝こけてるとは思わなかったぞ……?」
「冬樹らしいと言えばらしいですけどねぇ」
「えっと…ごめんなさい?」
特に考えもせずに謝れば先ほどと同じように二人がため息と苦笑を零す。
「それで……満足した?」
殺気立った雰囲気が無くなっているので冬樹はそう聞いてみた。多分二人が殴りあったのは友情物語に良くある、拳で語り合うを実演したのだろう。
「あー……よくわかんねぇけど」
「私は…諦めました」
二人の返答に冬樹は首を傾げる。
「どうも、クトーと一緒にいると青臭い感情が思い出されると言うか……もういい大人なのだと言うことを忘れていました」
「それこそよくわかんねぇんだけど?」
「自分の中で決着はついたので、もういいんですよ」
「はぁ?お前って相変わらず自己完結型だよな。それにこっちを巻き込むなっつの」
「否定はしませんが、今回はクトーのせいですから」
「あぁ!?」
クトーがあの濁点がふんだんに盛り込まれた声で不岩を睨む。それでも空気が柔らかいので、きっと解決でいいのだろう。
「……冬樹は、ここに残るつもり…なんですか?」
急に真面目な顔で聞いてくる不岩に、冬樹は考える。
寂しい人生を歩んできた訳ではない。仕事では頼られることもあるし、友人もそれなりにいる。きっと皆心配しているはずだ。
けれど、クトーの傍を離れ難くも思う。この雪山に一人、ずっと一人で生きているクトーの傍に居たいと思ってしまう。ぶっきらぼうだけど純情で優しくて、人のぬくもりを初めて知った人に、自分がそのぬくもりを分け与えることが出来る。それが、今までの人生の中で知らなかった感情を冬樹に齎していた。
「私…クトーの傍に居たいです」
「フユキ……」
クトーが、熱い吐息を漏らす。熱を孕んだ瞳が柔らかく蕩ける。
「そう、ですか」
「だから……、私シャラントに帰ります」
「「は?」」
面白いくらいぴったりと二人の声が重なった。
「おまっ、今俺の傍に居たいって言ったその口で何言ってんだ!?」
「え?だから、シャラントに帰るって」
「俺の傍にいるんだろ!?」
クトーが詰め寄り、強く冬樹の肩を掴んだ。その瞳は怒っているようにも見えるが、奥に怯えが潜んでいる。
「うん」
「っぁ……なら、いいけど」
「だから、シャラントに帰るね」
「……っ!わっけわかんねぇ!!」
二人は意思疎通が図れていない。クトーは冬樹が己の傍に在ることを望んでくれたことが嬉しかった。しかし、帰ると言い出したことが理解出来ない。まるで正反対のことを言っているとしか思えないからだ。冬樹は、クトーの傍に居ることを決めた。だからこそ、きちんと今までの生活を清算してからクトーのところに戻ってくるつもりなのだ。しかし、クトーは短絡的で冬樹は言葉が足りない。
「帰さねぇぞ!」「それは困る」の問答を繰り返す二人に、不岩は苦笑を漏らす。
「クトー、もう少し冬樹の考えを読み取る努力をして下さい。冬樹は、相変わらず言葉が足りないですがそこがあなたの可愛い所だから直さなくていいですからね」
昔からそうだったが不岩は冬樹の考えがわかる。周りが良くわからないと言う顔をする度に、自分だけが冬樹の考えがわかっていることに、小さな優越感を抱いていた。
自分の下に、この可愛い助手が帰ってこないというのなら、私から彼女を捕って行くと言うのなら、精々振り回されるがいい。それぐらいの意趣返しは、許してもらえるだろう。
そう考えて、不岩は冬樹の肩を掴むクトーの手を払う。
「それでは、帰りましょう。ここから少し降りたところにヘリを用意してありますから、先に行っていてください」
「あ、はい」
素直に返事をして、山を降ろうとする冬樹にクトーが手を伸ばす。しかし、その手は不岩にガシリと掴まれたせいで冬樹には届かなかった。
「それじゃ、またねクトー」
またねとは何だ?帰るくせに、もう来ないくせに!沸々と怒りが湧き上がる。
「クトー、熱いですよ。落ち着きなさい」
「あぁ!?これが落ち着いてられるかっ!」
凄い熱がクトーから立ち上っている。岩峰の竜である不岩でさえ、掴んだ手首から伝わる熱で火傷しそうな程だった。
「山を融かすつもりですか?そんな風に憤る暇があるのなら、家を増築するなり建て替えするなりしたらどうですか?」
「あぁ!?」
「輿入れの前に、お世話になった方々に挨拶をするのは当たり前でしょう。仕事も辞表を出さなければいけませんし、引継ぎの問題もあるのですから」
「あぁ……?」
これだけ言ってもわからないのだろうか?不岩が珍しく眉を顰めてクトーを見ると、良くわからないと言った表情が、ゆっくりと変わっていく。目をまん丸に見開き頬に熱が上がっていく。
「……わかったみたいですね」
やれやれと、不岩がクトーの手を離すと、
「……わっかりづれぇ!!!!!」
雪山に、クトーの獣染みた咆哮が木霊した。
目の前で繰り広げられている光景を信じることが出来ない。
「怪獣…大闘争……?」
最初は人型で殴り合っていたのだが、クトーのパンチが不岩の顔に炸裂した瞬間、不岩が土竜に変化した。まるでごつごつした岩そのもの。見た目は絶滅したと言われる草食性の恐竜、ヨロイ竜下目が一番近い。
不岩の変化に呼応するかのように変化したクトーのそのフォルムだけを見れば猫科の動物に見える。いや、長く牙が突き出しているので、こちらも絶滅したと言われているサーベルタイガーそのものだった。しかし、肌は猫と違い毛ではなく赤黒い鱗で覆われている。
そんな二頭の巨大な竜が、眼前で大暴れしているのだ。
冬樹が呆然としてしまうのも致し方が無い。
「どうしよう……」
クトーが応戦している理由はなんとなくわかる。しかし、冬樹には温厚な不岩がクトーに殴りかかった理由がわからない。その為どうすればこんなことを止めてくれるのか思い浮かばなかった。
「……どうしようもない?」
そんな結論に至り、冬樹は玄関の前で座り込んだ。
怪獣二頭が暴れていては、近隣住民が恐怖に慄きすぐに討伐隊でも呼ばれてしまいそうなものだが、街へはクトーが竜体になって四半日は駆けないと着けないらしく、この家がかなり山の奥深くにあることはわかっていたので心配しないことにした。
「クトーがんばれー、不岩さま負けるなー」
なんとなく声援を送りながら堪えられず欠伸する。
怪獣二頭がどったんばったんと暴れているせいで雪は溶け木々は倒れ……山に棲む動物達からすると相当の奇禍だろう。
冬樹はしばらくぼけっと見ていたが、服がポカポカと暖かいのもあり堪らず眠りに落ちてしまった。
「……い!フユキ!」
ここ最近聞きなれた、と言うより唯一聞いていた人の声に冬樹は眠りの淵から浮上する。
目を開けると泥に塗れた男が二人。一人は目元に青痣をこさえていた。クトーだ。人型で殴り合っている時は不岩のほうが劣勢だった筈だし、竜体ではクトーの鋭い爪攻撃を受けていたはずだが不岩に怪我は見当たらない。
「ぁ……おわった?」
寝ぼけ眼でそう聞くと、片方からはため息、もう片方からは苦笑が聞こえてきた。
「お前な、普通止めるとかしねぇ?まさか寝こけてるとは思わなかったぞ……?」
「冬樹らしいと言えばらしいですけどねぇ」
「えっと…ごめんなさい?」
特に考えもせずに謝れば先ほどと同じように二人がため息と苦笑を零す。
「それで……満足した?」
殺気立った雰囲気が無くなっているので冬樹はそう聞いてみた。多分二人が殴りあったのは友情物語に良くある、拳で語り合うを実演したのだろう。
「あー……よくわかんねぇけど」
「私は…諦めました」
二人の返答に冬樹は首を傾げる。
「どうも、クトーと一緒にいると青臭い感情が思い出されると言うか……もういい大人なのだと言うことを忘れていました」
「それこそよくわかんねぇんだけど?」
「自分の中で決着はついたので、もういいんですよ」
「はぁ?お前って相変わらず自己完結型だよな。それにこっちを巻き込むなっつの」
「否定はしませんが、今回はクトーのせいですから」
「あぁ!?」
クトーがあの濁点がふんだんに盛り込まれた声で不岩を睨む。それでも空気が柔らかいので、きっと解決でいいのだろう。
「……冬樹は、ここに残るつもり…なんですか?」
急に真面目な顔で聞いてくる不岩に、冬樹は考える。
寂しい人生を歩んできた訳ではない。仕事では頼られることもあるし、友人もそれなりにいる。きっと皆心配しているはずだ。
けれど、クトーの傍を離れ難くも思う。この雪山に一人、ずっと一人で生きているクトーの傍に居たいと思ってしまう。ぶっきらぼうだけど純情で優しくて、人のぬくもりを初めて知った人に、自分がそのぬくもりを分け与えることが出来る。それが、今までの人生の中で知らなかった感情を冬樹に齎していた。
「私…クトーの傍に居たいです」
「フユキ……」
クトーが、熱い吐息を漏らす。熱を孕んだ瞳が柔らかく蕩ける。
「そう、ですか」
「だから……、私シャラントに帰ります」
「「は?」」
面白いくらいぴったりと二人の声が重なった。
「おまっ、今俺の傍に居たいって言ったその口で何言ってんだ!?」
「え?だから、シャラントに帰るって」
「俺の傍にいるんだろ!?」
クトーが詰め寄り、強く冬樹の肩を掴んだ。その瞳は怒っているようにも見えるが、奥に怯えが潜んでいる。
「うん」
「っぁ……なら、いいけど」
「だから、シャラントに帰るね」
「……っ!わっけわかんねぇ!!」
二人は意思疎通が図れていない。クトーは冬樹が己の傍に在ることを望んでくれたことが嬉しかった。しかし、帰ると言い出したことが理解出来ない。まるで正反対のことを言っているとしか思えないからだ。冬樹は、クトーの傍に居ることを決めた。だからこそ、きちんと今までの生活を清算してからクトーのところに戻ってくるつもりなのだ。しかし、クトーは短絡的で冬樹は言葉が足りない。
「帰さねぇぞ!」「それは困る」の問答を繰り返す二人に、不岩は苦笑を漏らす。
「クトー、もう少し冬樹の考えを読み取る努力をして下さい。冬樹は、相変わらず言葉が足りないですがそこがあなたの可愛い所だから直さなくていいですからね」
昔からそうだったが不岩は冬樹の考えがわかる。周りが良くわからないと言う顔をする度に、自分だけが冬樹の考えがわかっていることに、小さな優越感を抱いていた。
自分の下に、この可愛い助手が帰ってこないというのなら、私から彼女を捕って行くと言うのなら、精々振り回されるがいい。それぐらいの意趣返しは、許してもらえるだろう。
そう考えて、不岩は冬樹の肩を掴むクトーの手を払う。
「それでは、帰りましょう。ここから少し降りたところにヘリを用意してありますから、先に行っていてください」
「あ、はい」
素直に返事をして、山を降ろうとする冬樹にクトーが手を伸ばす。しかし、その手は不岩にガシリと掴まれたせいで冬樹には届かなかった。
「それじゃ、またねクトー」
またねとは何だ?帰るくせに、もう来ないくせに!沸々と怒りが湧き上がる。
「クトー、熱いですよ。落ち着きなさい」
「あぁ!?これが落ち着いてられるかっ!」
凄い熱がクトーから立ち上っている。岩峰の竜である不岩でさえ、掴んだ手首から伝わる熱で火傷しそうな程だった。
「山を融かすつもりですか?そんな風に憤る暇があるのなら、家を増築するなり建て替えするなりしたらどうですか?」
「あぁ!?」
「輿入れの前に、お世話になった方々に挨拶をするのは当たり前でしょう。仕事も辞表を出さなければいけませんし、引継ぎの問題もあるのですから」
「あぁ……?」
これだけ言ってもわからないのだろうか?不岩が珍しく眉を顰めてクトーを見ると、良くわからないと言った表情が、ゆっくりと変わっていく。目をまん丸に見開き頬に熱が上がっていく。
「……わかったみたいですね」
やれやれと、不岩がクトーの手を離すと、
「……わっかりづれぇ!!!!!」
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