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第3話

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 「お前、同族なんだな?」

 しばらく無言で抱きしめあっていると、やけに嬉しそうな声で話しかけられた。
 冬樹は人肌の温かさに眠気を誘発されていたので、男の言葉に気の抜けた声を返した。

 「どーぞくぅ……?」

 「新たに数匹生まれたとは聞いてたが、俺と同じ質の奴が生まれてたんだったら言えってんだよな……チッ」

 喜びと怒りがない交ぜになっているらしく、嬉しそうな声音だが語尾に舌打ちが続いた。

 「なにが?」

 頬を寄せていた胸から顔を離し、男を見ると締りの無い顔とぶつかる。

 「だから、お前は俺と同質の竜なんだろ?」

 ニヤリと笑い男は冬樹の頭に手を置いた。そしてそのまま髪を数度梳くと、一房ひとふさ持ち上げて髪に口付ける。
 冬樹はそんな男の一挙手一投足をぼーっと見ていた。なにやらファンタジー全開の言葉が聞こえたが聞き間違いではないのだろうかと、首を傾げる。

 「なんだ、どうした?」

 男の手が腰に回った。そのまま怪しい手つきでお尻を撫でると、ふいに鷲掴みにされる。その時、いつの間にか男がズボンを脱いでいたこと、いつの間にか穿いてたはずの自分のパンツが消失していることに気付いた。
 暖を取ることを最優先にしていた為、裸で・・男女が抱き合うと言う行為の先にあるだろう事態を失念していた。
 冬樹は体を強張らせ、男から逃れるように上体を上げた。すると、無理強いするつもりは無かったのか、男の手が離れる。

 「えっとぉ~……」

 何を言おうとしていたのかわからないままに声を出してしまった。続く言葉が無いまま無音が続くと、寝転がっていた男も上体を上げ、冬樹を抱き寄せる。

 「無理強いはしねぇよ。どうせ今ん所、劫火の竜は俺とお前しかいねぇんだ。ゆっくりやってきゃいい」

 冬樹は男に抱きしめられながら眩暈がする思いに駆られていた。

 (ファンタジーだ。この男臆面も無くファンタジーな事を言いやがる)

 「えっと、何を勘違いしているのかわからんけど、私は竜じゃないよ?」

 とりあえず間違いは正しておかないととだけ思ってそう言ったのだが、その瞬間怖ろしい声が降り注いで来て後悔した。

 「あぁ?」

 だからその濁点を大いに盛り込んだ威嚇はやめてくれと心の中でだけ思う。
 男は腕を緩めて、冬樹の顔をじっと見つめた。

 「竜じゃねぇ?じゃあ何だ、なんで俺に触っても……お前、火の精霊?」

 (今度は精霊かよ)

 冬樹はそう思いながら、じっくりと男を見た。正直ちょっと夢の世界に逃避しちゃった人なのか?などと思いもした。

 (髪の毛真っ赤……)

 しかし、髪は染めればいいだけだし……と思ったのだが、良く見れば眉も睫毛も赤だった。さすがに睫毛を染めるのは至難の業に思える。耳はほんのり尖っていて、ファンタジー世界のエルフを思わせるし、何より瞳が人間のものとは言えなかった。金色の瞳に縦に黒く一線、まるでトカゲのようだ。コンタクトレンズかとも思ったが、しっかり見てもレンズの縁は見当たらない。

 「あんた……何者?」
 「あぁ?だから俺は劫火の竜で……つうかお前こそ何者だよ?」

 (そういえば火の精霊かと聞かれたっけか?)

 男が竜であると改めて宣言したことは隅に置いた。

 「私は人だよ、人間」
 「……あぁ?人間が俺のこと触れるわけねぇだろ」

 触れないと言われても、実際冬樹はこの男に触れている。触れないと言われる理由が良くわからなかった。

 「なんで?」
 「なんでって…、俺が劫火の竜だからに決まってんだろ」

 どうもぶっきらぼうな男のようで、そう答えながら頭をガシガシと掻いている。

 「なんで…その、劫火の竜?だから触れないの?」
 「あぁ?んなもん、俺の体が火よりも熱いからに決まってんだろ」

 決まっていると言われても、別に触れないほど熱いわけではない。いや、全く熱くない。決まって無くないか?と冬樹は思う。

 「触れるよ?」
 「……しらねぇよ」

 冬樹は、どうにもうまく意思疎通がはかれていないもどかしさを感じる。それと、自分が置かれている状況がいまいち掴めない。

 「お前、本当に人間なのか?竜じゃなくて?」

 首を傾げて黙っていると、男が冬樹の肩に手を置いて体中をジロジロと確かめるように見ている。そういえば互いに素っ裸だったと思い出し、冬樹は焦って隠せる所を隠した。

 「すけべ!」

 そんな冬樹の行動に、男は呆れたのか首の後ろを掻く。

 「お前から裸で抱きついてきといて今更それかよ」

 確かにその通りだったので「あれは生死を彷徨ってたっていうか、とにかく寒かったって言うか」などとしどろもどろに返事を返す。

 「まー…、おかげでお前が俺に触れるってわかったんだからいいか」

 男は相好を崩すと必死に体を隠そうとしている冬樹をそのまま抱きしめた。

 「ちょっ……!」
 「いいから黙ってろって」

 そのまま上体を倒す。おかげで二人は先ほどと同じような体勢になった。しかし、今度は男が冬樹の足に己の足を絡め、下半身がぴったりと密着してしまっている。

 「あー、マジ柔らけぇ……」

 天井を仰ぎそう呟いた男の言葉に、恥ずかしい思いに駆られた冬樹は体を離そうと腕を突っ張るが鍛え抜かれた男の腕の力に叶うはずも無く、返って強く抱きすくめられる。

 「そうだよなぁ…同じ劫火だったらこれぐらいの雪山で寒がるわけねぇもんなぁ……」

 何か一人で納得したらしい男は、左腕一本で冬樹をがっちりと拘束し右手でさわさわと体を撫でる。

 「ちょ、ちょっと!」

 抗議の声を上げるのだが、男はお構いなしだ。

 「人間なぁ……?まー、俺に触れるんだったら人間でも何でもいいか」

 そこで目が合う。

 「顔も中々だしな」

 ニタァと笑った顔は凶悪だ。冬樹の体をまさぐり続ける手はもっと凶悪だが。



 もぞもぞと動いてなんとか拘束から逃れようとするが、所詮か弱い人間の女が男でしかも竜に敵うはずも無く、もぞもぞするがゆえに男の欲情を誘発してしまっていた。
 端的に言えば太股に硬いモノが当たっている。

 「大人しくしてろって」
 「この状況で大人しく出来るほうがおかしい!」

 別に純情な処女おとめだとは言わないが、恋人でもない男とワンナイトなラブをするほど性に奔放でもない。いや、生来の冬樹は名前に相応しい性格の持ち主だ。樹という漢字に相応しく泰然自若で、話しかけられてもニコリともしない様は名前そのままに冬のようだと言われていた。蓋を空ければボーっと考え事をしているせいで話しかけられても反応が遅れるぼやっとさんなのだが。

 「なんもしねぇって」
 「説得力が無い!」

 辛うじて際どいところには触れられていないが、それ以外、耳、首、背中、腰、尻、太股と右手の届く範囲は全てまさぐられた。
 冬樹は性に奔放ではないが、純情な処女おとめでもない。それなりの意思を持って体を触られればそれなりに反応してしまう。ましてや、危険な男、凶悪な顔と形容出来るがちゃんと見れば優れた造詣をしている顔で、体躯も逞しい色香を備えた男。恐怖を感じているわけでもないのだ。
 しかし重ね重ね言うが、冬樹は純情な処女おとめではないが性に奔放な訳ではない。このまま男に体をまさぐられ続けるのは承服しかねた。故に、逆に欲情させる結果となっているが、抗い続けている。

 「……しょうがねぇな」

 冬樹の気持ちが通じたのか、男が手を離した。これ幸いと冬樹は石のベッドを降り男と距離を取った。
 男はのったりと起き上がると、ベッドを椅子代わりに腰掛ける。大股に股を開いているので、先ほど冬樹が太股に感じていた男らしい男のアレが男らしく自己主張しているのが丸見えだった。

 「ちょっとは隠……ひえぇ!」

 隠せと言いたかったのだが、ドアの無い入り口から強風が入り込み体が寒さに震えた。鳥肌が全身に浮き上がる。

 「お前、寒いんじゃねぇの?」
 「さうひ……」

 速攻で口が回らなくなるほどの寒気だった。入り口一つしか無いせいで風の出口が無く、寒風が耳元を轟々と音を立て渦巻いた。

 「ほれ」

 男が腕を広げる。それはとても魅惑的なお誘いだったのだが、如何せん男の自己主張は収まっていない。飛び込みたいけど飛び込みたくない、そんな葛藤が冬樹の頭を巡る。

 「凍死してぇの?」
 「ひはくはい(したくない)」

 言葉になっていない冬樹の言葉が理解出来たのか、男がニヤリと笑った。

 (こいつ、竜じゃなくて悪魔じゃねぇの?)

 冬樹がそう思うのも仕方が無い。笑みが一々デモーニッシュなのだ。
 そんな男が、もう一度両手を広げる。

 「ほれ」

 この蠱惑的な誘いに抗うことが出来ずに、冬樹はゆっくりと男の腕に身を任せた。
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