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第9話 薬師先生

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 今は授業をしていないようで、生徒たちは好きに時間を過ごしていた。
 運動場にいた肉食獣グループの他にも何人か生徒がいたのだが、オレを気にしている様子はあるものの声はかけてこなかった。
 恥ずかしがり屋なのかな!? オレ、怖くないからね!

 校舎の二階の窓からこちらを見ている生徒達がいたから手を振ったのだが、びっくりしたのかすぐに隠れてしまった。
 真っ白なウサギの耳の可愛い子がいたし、出てきて欲しかったなあ。

「みんなあなたに興味津々ですね」
「でも、近づいてはくれませんね。ちょっと寂しいです」
「それはリッカが威嚇してるからだと思いますよ」
「え!?」

 お前のせいか! とリッカを睨むと目をそらされたが、「許さんぞ!」としっぽを引っ張ってやった。
 痛がるかと思いきや案外平気そうに澄ましている。
『虎の尾を踏む』って言葉があるくらいだから、めちゃくちゃ怒るのかと思ったのに……。
 あ、虎じゃなくてユキヒョウだった。

 とにかく、いまのところは生徒たちに受け入れて貰えそう……?
 でも、獣人は人間から冷たくされているわけだし、人間のオレがいたら嫌な気分になる生徒もいるだろう。
 オレ、グイグイいっちゃうから、不快にさせないように気をつけよう。

「みんなと仲良くなれたらいいんですけど……」
「チハヤさんなら大丈夫ですよね。ねえ、リッカ」
「僕のそばにいたらいいから、別に仲良くならなくてもいいよ。特に虎とは」
「はあ? オレはお前の保護者じゃないぞ?」
「リッカ、先生を独り占めしてはいけませんよ」
「はっ! 『先生』……!」

 まだ実質的な労働をしていないから感覚がなかったが、オレはもう『先生』なのか!
 その響きにときめく。

「もう学校に来ましたから。お願いしますね、『チハヤ先生』」
「はいっ!!」

 嬉しくてつい大きな声を出してしまった。
 無資格だけど先生です! がんばります!

「リッカ。お前も『チハヤ先生』って呼べよ?」
「嫌だ」
「何でだよ!」
「僕にとってチハヤは『チハヤ』だから」
「だから、呼び捨てにするな!」
「早速生徒との関係も良好ですね、チハヤ先生」

 シオン先生が笑っているが、これは良好と言えるのか?

「他の生徒たちには集会で紹介しましょう」
「はーい」

 集会で紹介されるなんて緊張するなあ。
 心の準備をしておこう。
 校舎の横を通り過ぎると建物が四つあった。
 どれも年季の入った木造で同じ雰囲気だ。

「職員寮は校舎の真後ろ――この建物です。チハヤさんにはここに住んで頂きます」

 シオン先生が足を止めた建物、職員寮は唯一屋根がある渡り廊下で校舎と繋がっていた。

「一階は食堂や薬関係の部屋などがあって、二階は個人の部屋です」

 なるほど、雨の日でも濡れずに食堂へ行けるように渡り廊下がついているのか。
 それはいいな。

「教師は私の他は二名います。そして、事情がある生徒二名もここに住んでいるので、あなたを含めると六人で暮らすことになりますね。あと、ここを囲うように立っている三つの建物が生徒たちの寮になります」

 そう言って周囲に目を向けるシオン先生の視線を追う。
 たしかに、この職員寮を中心にしてコの字型に三つの建物がある。
 どれも見た目は同じだ。

「壁にライオンのマークがあるところには肉食獣の獣人が暮らしています。リッカが住んでいるところですね。ウサギのマークは草食獣の獣人、カラスのマークは雑食獣の獣人の寮です。そちらの紹介は追々でいいでしょう」

 職員の寮にもマークがあるのかなあと見てみると、体が蛇みたいに長い竜のマークがあった。おー……かっこいい!

「職員寮の玄関はこちらです。まずはドリスの身内のところに行きましょう」
「あ、はい」

 職員寮のマークを見ているうちに、二人が進んでいたので慌てて追いつく。
 二枚扉の玄関を通り過ぎると、二階に行く階段とまっすぐに伸びている廊下があった。
 廊下の両側に部屋があって、左側は食堂になっているようだ。
 右側は細かく部屋に分かれているようで、いくつか扉がある。

「ドリスはダークエルフで、この中にいる子――シュロ先生はライトエルフなんですよ。薬師で生徒たちに薬を作ってくれたり、薬学の授業や食堂の調理も担当してくれています。今から紹介しますね」

 シオン先生はそう言いながら、『薬学研究室』という室名札がついた一番前の扉をノックして中に入った。
 小回復一つのオレとは違い、本当に多才だなあ。
 どんな人なのかな、仲良くなれたらいいな、とわくわくする。

「シュロ先生、ただいま戻りました」
「あ、おかえり! 遅かったね!」

 机の上で何か書き物をしていた美人が顔を上げた。
 黄色から緑にグラデーションがかかった長い髪に濃い緑の目で、ドリスさんのように耳が尖っている。
 ライトエルフだと説明を聞いたが、たしかにドリスさんは褐色の肌だったけれどシュロ先生は色白だ。
 小柄……というか、オレと同じくらいの背丈と体つきだ。
 みんなデかすぎるので、自分くらいは小さく見えるのが悲しい 
 それにしても、顔が整っていて綺麗だなあ……!

「すみません。聖女様に中々ご対応頂けなくて、予定より遅くなってしまいました。何か問題が起きたりしていませんか?」
「そうだったんだ。こっちは特に何もないよ。みんないい子にしてたよ。……ほどほどにね」

 シュロ先生の苦笑いに、シオン先生も同じ顔を返している。
 まったく問題がなかった、というわけではないのかな。

「それにしても、聖女は金取ってるくせに待たせるなんて腹立つね。ぼくが治せたらいいんだけど……」

 二人が話しているのを見ながら、オレはこっそりリッカに気になっていることを聞く。

「なあ、シュロ先生って女性?」
「男だけど」

 こそっと質問したのだが、聞こえていたようでシュロ先生が答えてくれた。
 不快にさせてしまったのか、ちょっと怒っているように見える。
 第一印象が大事なのに、『同僚との友好的な関係』にさっそく躓いてしまったかもしれない。
 オレってこういうところあるんだよなあ。

「すみません、あまりにも綺麗なので……」
「…………」

 へへへと愛想笑いをしてごまかすが、シュロ先生の視線は鋭くなる一方だ。

「大体、男子校だし、ここに女子がいるわけがないだろ」
「え。ここ、男子校なの!?」
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