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悪魔祓いと女学院

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 壁が白く塗られた、無機質な部屋。
 ロマンデルク学院の部室棟及び学舎の一部は、その老朽さを覆い隠すためについ半月ほど前、真っ白に塗り替えられた。
 白すぎて目に痛いと生徒からは多々苦情が寄せられたが、彼女はこの染みひとつない純白の壁をとても気に入っていた。

「私、白が好きなの。同じくらい黒が好き。もうひとつ好きな色があるの。貴女には分かる?」

 問いかけられた先の少女は、熱に浮かされた瞳のまま、少し逡巡していた。

「……赤?」
「正解。よく分かったわね」

 彼女は妖艶に口の端を上げて、少女が纏う制服の胸元に手を伸ばした。
 するりとリボンを解き、慣れた手つきで襟元のボタンを外すと、少女の瑞々しい首元があらわになる。
 少女は微かに頬を朱に染めながらも、まどろみの中にいるように、抵抗を見せない。
 女は悦に入ったように目を細め、軽く舌なめずりをした。

「貴女達のような、若くて、初々しい白い肌に、赤い痕を残すのが好きなの。綺麗だもの」

 ねっとりとした熱の篭った声で女は囁く。
 しかしすぐに、声色を凍らせた。

「――でも血の赤色は嫌い。すぐに汚く変色してしまうから」

 ノエラ・アルバがそう言ったと同時に、鍵をかけたはずの新聞部の部室の扉が音を立てて開け放たれる。

「お取込み中恐れ入る、ミス・アルバ。しかしこんな時間に生徒と部屋に閉じこもるのは、体裁も倫理上も、よろしくないのでは?」

 現れたのは、赤い瞳の用務員だった。



 ** *
 ロアが部屋に入るなり、ソファーに人形のように腰かけていた金髪の女生徒は目が覚めたように小さな悲鳴を上げて、ぱたぱたと部屋の外へ逃げていった。

「……無粋ですわね、ミス・クロワ。貴女は同類だと思ったのに」
「昨日も別の人に同じことを言われて心外だよ。私はそんな節操なしじゃない」

 ロアの真顔の返答にも怯まず、ノエラは立ち上がった。

「――どうだか!」
「!」

 彼女が腕を伸ばしたかと思うと、その爪がまるで紙テープのように伸びてロアに向かう。
 咄嗟に腕で払いのけるも、もう一方の腕から伸びてきた爪をロアは防ぎきることが出来なかった。

「っ」

 ロアの右腕に、ノエラの爪が巻き付く。
 糸をたどるようにするすると、ノエラはロアに近づいた。
 あれだけ伸縮した爪は、巻き付いた途端鉛のように硬くなっている。

「ねえ、見逃してくれないかしら。ワタシ、別にそんなに悪いコトしてないと思うんだケド」

 悪魔が本性を表わしたせいか、言葉がところどころたどたどしくなった。ノエラに憑いている悪魔は、あまり高位ではないらしい。

「何を今さら、」

 ロアが睨みつけると、ノエラが腕を上げた。
 片腕だけ持ち上げられて、ロアの足が地から浮く。

「自分で言うのもなんだケド、私はこの依代(おんな)をとり殺せるほど強力な力は持ち合わせてイないし、やりたいことはこの学校の若い女の子にイタズラするダケだしぎゃっ……!?」

 ノエラはロアに足蹴にされて派手に床に転がった。その反動でロアの拘束が解ける。
 ロアはノエラの動きを封じるように、長く伸びた爪を踏んだ。

「あれがイタズラ?」
「いたっイタズラでスもん! 身体にチューしただけデスもん!?」
「――は?」

 ロアの冷たい視線に慄いたのか、ノエラに憑いていた悪魔が彼女の身体から離れる。
 顕現したのは、黒い子犬のような形の、小さな獣の悪魔だった。

「生徒の身体に石を埋め込んだのは?」

 獣の悪魔は尻尾を丸め、怯え切った様子で頭を抱えながら答える。

「石!? しら、知らないデスもん!? ワタシ、そんなことしてないデスもん!? だってそれ痛いデスもん!? 血が出ちゃうやつデスもん……?」

(違う? こいつが犯人じゃない……?)

 ロアは当てが外れたことに驚きつつ、その場に立ちつくした。

「……あのぅ、それではワタシはこのへんで、失礼しやんッ」

 逃げようとした獣の首根っこをロアはとっさに掴まえる。
 緑色の目をしたそれは、死を覚悟して半べそをかいていた。

「鼻は効くのか」
「はい?」
「悪魔の匂いは分かるのかと聞いている」
「そ、そりゃ、多少は、貴女サマよりは……嗅覚あると思いマスケド……?」

 それを聞いたロアは、有無を言わさず小動物のようなそれをズボンの深いポケットに押し込んだ。

「ちょっ、豊満な御胸をお持ちなんデスからっ、フツー胸にしまいません!? そこんとこはアイデンティティ大事にしてくれません!?」
「うるさい」

 ポケットの中で暴れる獣をぎゅっと抑えつけてから、床に倒れたノエラを椅子に座らせ、ロアは部屋を出た。



 ** *
 ほんの少しばかり眠ってしまっていたらしい。
 マリアが目を開けると、用務員室にまだロアは戻ってきていなかった。

(……遅いですね。学院長と話しこんででもいるんでしょうか)

 ゆっくりと起き上がると、先刻よりかは随分頭の中がすっきりしていた。これならひとりでも寮に帰れそうだ。
 戻らないロアが少し気にかかったものの、マリアは髪を結い直し、用務員室を出て、アンナが待っているであろう寮の部屋へと戻った。

「マリっち、どこ行ってたの? もう入浴時間終わっちゃったよ?」

 マリアがドアを開けるなり、編んだ髪をほどいて寝間着姿になっていたアンナが、案の定そわそわした表情で出迎えた。

「すみません。今日はこのまま……」
「ダメダメ! 年頃の乙女がシャワーも浴びないで寝るなんて! 最終の時間終わっちゃってるけど、鍵は開いてるはずだから、こっそり行こう! 怒られたら私が責任取るから!」
「え、あの」

 別に構わないのですけど、とマリアが言う暇も与えず、アンナは最低限の入浴セットを準備して、彼女の手を引いて外に出た。

 生徒用の共同のシャワールームは、寮の地下1階にある。
 最終の入浴時間を1時間ほど回っていたが、アンナの言う通り浴場に続く扉の鍵は施錠されていなかった。寮母が清掃に入るのも朝方だという。

「さ、はやくはやく!」

 誰もいない脱衣所で、アンナはマリアを急かす一方、なぜか自らも寝間着を脱ぎ始めた。

「アン?」
「マリっちひとりじゃ心細いでしょ? 水場ってひとりでいるの怖くない? そういうの私だけ?」

 そう言っている間に彼女は衣服を全て脱ぎ去って、「お先!」と言わんばかりに浴室に入っていった。
 あまりの早業に呆気にとられたあと、マリアもいそいそと服を脱ぐ。

「貸切だね! バスタブも使えるよ!」

 アンナが歓声を上げる。
 浴場は決して広くはない。バスタブは1つだけ、シャワーも他6名が同時に使用できるのみだが、2人だけで使用する分には十分余裕があった。
 とはいえ規則を破って入っている手前、ゆっくり滞在する気にもなれず、マリアはバスタブを使用せず隅のシャワーの下で手早く身体を洗う。
 すると。

「――ねえマリっち、背中流してあげようか」

 ついさきほどまで楽しげにバスタブにお湯を張っていたはずのアンナが、ぴたりとマリアの後ろについていた。
 あまりの気配の無さに、マリアは少し戸惑った。

「いえ、あの、大丈夫ですよ」
「遠慮しないで。それとも恥ずかしいの?」

 アンナの手が、マリアの肩に触れる。その手はそのままつ、と下りていき、マリアの背骨の凹凸をなぞるように触れていく。

「マリっちの肌、すべすべで本当に綺麗。白いから、赤くなるとすぐに分かるよね」

 耳元で囁く声は、いつものからりとした彼女の声色とは全く違って、随分と湿り気を帯びていた。

「アン、ナ?」

 いよいよ様子が変だと、マリアが首を回した刹那。
 アンナがマリアの手首を強く押さえ、彼女の身体を浴場の壁に押し付けた。
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