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領主と女中と雨の夜(後編)
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「!」
ベッドの上でそんなことを言われて顔を真っ赤にしたマリアは、反射的にロアに頭突きをお見舞いしていた。
「ブフッ!?」
マリアの石頭が顎にジャストミートし、ロアはそのまま派手に後ろに倒れた。
「大丈夫ですか!?」
だ、だいじょうぶだよ、とロアは上体を起こす。
「マリアってば恥ずかしがると頭突きするクセあるよね」
そこも可愛いんだけどね、と心の中でロアは付け加える。
一方のマリアはというと、耳まで真っ赤になるほど頬を紅潮させていた。ここに穴があれば入っていそうなほどだ。
「……すみません。慣れなくて」
この部屋で、このベッドの上で、唇を重ねたことだってある。
だというのに、冗談めかして言われた言葉にすら過剰に反応してしまう未熟な自身がマリアはとても恥ずかしかった。
マリアはそれを明確な言葉にはしなかったが、当事者であるロアにはそれが理解できてしまう。
(――可愛い)
日常的に、今夜も幾度となくロアの脳内に浮かんだ言葉が、過去最大規模の破壊力をもってロアの思考を停止させた。
同時に、軽々しくあんなことを言った自身の軽率さをひどく恥じた。
冗談めかして本音を隠すのは自分の悪い癖だと、ロアは今になって自覚する。
きっと最初から。
今夜彼女をこの部屋に誘ったその時から。
ロアは彼女に触れたくて仕方がなかったのだ。
それを無意識に自覚させるマリアには、本当に叶わない。
ロアは心底そう思った。
「……降参、です」
俯き気味のロアの小さな呟きに、マリアは首を傾げる。心なしか、ロアの顔が赤くなっていることにマリアは気づいた。
「どうかしました? 顔が……」
「もう寝ようね! 良い子はもう寝る時間だからね!」
ロアはベッドの足もと側に追いやっていた掛け布団を拾い上げる。それをガバリと自身とマリアに覆いかぶせ、もろともベッドに倒れこんだ。
頭まですっぽりと掛け布団に覆われたマリアは思わず抗議する。
「わかりましたからいきなりお布団かぶせないでくださ」
マリアが言い切る前に、ロアはマリアの頭を抱き寄せて、その額にキスをした。
マリアの頭に添えられていたロアの右手は、髪を撫でるように滑り落ちていき、マリアの腰を引き寄せる。
一方で、もう片方の手はマリアの手を探り当て、ぎゅっと指を絡ませた。
薄布越しに触れ合った体温はとても熱く、マリアは思わず息を呑む。
「あの、」
マリアはロアの意図を確認しようと顔を上げるが、ロアは逆に顔を隠すようにマリアの首元に顔を埋めた。
同時に、肌を這った舌の感触に、マリアの背筋はびくりと跳ね、思わず顎が上がる。
「ロア、」
すかさず喉に落とされる、試されているかのような甘い口づけに、マリアは思わず目を瞑った。
掛け布団に覆われているせいか、吐息すらも熱く感じる。
ロアの唇は喉から鎖骨まで下りていき、優しいキスを落としていく。
「……、眠る前に、こういうことをするのは、」
むしろ、目が冴えてしまいますよ、と。
まるでうわ言のように、途切れ途切れにマリアの唇は言葉を零す。自身が何を言っているのかもわからないくらい、頭の中が霞みがかっていた。
そうしている間に、ロアの右手が再度、マリアの頬に触れる。
マリアはこの時ようやく、ロアの顔を正視することができた。
熱を帯びながらも切ないほど真摯なまなざしが、マリアの瞳を見つめている。
そのまなざしだけで、マリアの鼓動はさらに速くなる。
「……じゃあ、もう少し、付き合ってくれる?」
『マリアが嫌がることはしない』
その言葉を裏切らないようにするためか、ロアはマリアに尋ねた。
頷くか。首を振るか。
マリアは、
――ピチャン。
「「……?」」
部屋の中で、妙に大きく、生々しい水音が響いた。
そろそろと、ロアが掛け布団を上げると。
ぽたぽたと天井から雨水が漏れ、床に水たまりが出来ていた。
「……雨漏り……」
「……バケツ。バケツ、取ってきます」
マリアは慌ててベッドから抜け出し、部屋を出た。
ひとり残されたロアは思わず額に手をやって、頭を抱える。
安堵と残念さが入り混じった溜息が思わず零れた。
翌朝。
昨日までの雨が嘘のように、ボルドウには快晴の空が広がっていた。
「えぇー? マリアの部屋の屋根も直しちゃうの?」
朝一番で大工に屋根の修理を依頼したというマリアの報告に、ロアは思わずそうこぼした。
「当然です。直さない意味が分かりませんし、お屋敷腐りますからね!?」
マリアの正論に、ロアは明確にしょぼんと肩を落とす。
そんな彼女の様子を見て、マリアは思わず目を伏せる。
昨日の出来事は、確かに想定外のこともあったが、楽しかったのは事実だ。
だから
「……たまになら」
「え?」
マリアの小さなささやきに、ロアは耳を傾ける。
「たまになら、お部屋に遊びにいっても、いいです」
「……!」
マリアは赤くなった顔を隠すように、そそくさと居間を出ていこうとする。
そんな彼女の背中に向かってロアは叫んだ。
「ま、毎晩でも、全然いいよ!」
「毎日は無理です!」
「待ってるから!」
「待たなくていいですから!」
マリアは真っ赤になりながら、そう叫んで出ていった。
ベッドの上でそんなことを言われて顔を真っ赤にしたマリアは、反射的にロアに頭突きをお見舞いしていた。
「ブフッ!?」
マリアの石頭が顎にジャストミートし、ロアはそのまま派手に後ろに倒れた。
「大丈夫ですか!?」
だ、だいじょうぶだよ、とロアは上体を起こす。
「マリアってば恥ずかしがると頭突きするクセあるよね」
そこも可愛いんだけどね、と心の中でロアは付け加える。
一方のマリアはというと、耳まで真っ赤になるほど頬を紅潮させていた。ここに穴があれば入っていそうなほどだ。
「……すみません。慣れなくて」
この部屋で、このベッドの上で、唇を重ねたことだってある。
だというのに、冗談めかして言われた言葉にすら過剰に反応してしまう未熟な自身がマリアはとても恥ずかしかった。
マリアはそれを明確な言葉にはしなかったが、当事者であるロアにはそれが理解できてしまう。
(――可愛い)
日常的に、今夜も幾度となくロアの脳内に浮かんだ言葉が、過去最大規模の破壊力をもってロアの思考を停止させた。
同時に、軽々しくあんなことを言った自身の軽率さをひどく恥じた。
冗談めかして本音を隠すのは自分の悪い癖だと、ロアは今になって自覚する。
きっと最初から。
今夜彼女をこの部屋に誘ったその時から。
ロアは彼女に触れたくて仕方がなかったのだ。
それを無意識に自覚させるマリアには、本当に叶わない。
ロアは心底そう思った。
「……降参、です」
俯き気味のロアの小さな呟きに、マリアは首を傾げる。心なしか、ロアの顔が赤くなっていることにマリアは気づいた。
「どうかしました? 顔が……」
「もう寝ようね! 良い子はもう寝る時間だからね!」
ロアはベッドの足もと側に追いやっていた掛け布団を拾い上げる。それをガバリと自身とマリアに覆いかぶせ、もろともベッドに倒れこんだ。
頭まですっぽりと掛け布団に覆われたマリアは思わず抗議する。
「わかりましたからいきなりお布団かぶせないでくださ」
マリアが言い切る前に、ロアはマリアの頭を抱き寄せて、その額にキスをした。
マリアの頭に添えられていたロアの右手は、髪を撫でるように滑り落ちていき、マリアの腰を引き寄せる。
一方で、もう片方の手はマリアの手を探り当て、ぎゅっと指を絡ませた。
薄布越しに触れ合った体温はとても熱く、マリアは思わず息を呑む。
「あの、」
マリアはロアの意図を確認しようと顔を上げるが、ロアは逆に顔を隠すようにマリアの首元に顔を埋めた。
同時に、肌を這った舌の感触に、マリアの背筋はびくりと跳ね、思わず顎が上がる。
「ロア、」
すかさず喉に落とされる、試されているかのような甘い口づけに、マリアは思わず目を瞑った。
掛け布団に覆われているせいか、吐息すらも熱く感じる。
ロアの唇は喉から鎖骨まで下りていき、優しいキスを落としていく。
「……、眠る前に、こういうことをするのは、」
むしろ、目が冴えてしまいますよ、と。
まるでうわ言のように、途切れ途切れにマリアの唇は言葉を零す。自身が何を言っているのかもわからないくらい、頭の中が霞みがかっていた。
そうしている間に、ロアの右手が再度、マリアの頬に触れる。
マリアはこの時ようやく、ロアの顔を正視することができた。
熱を帯びながらも切ないほど真摯なまなざしが、マリアの瞳を見つめている。
そのまなざしだけで、マリアの鼓動はさらに速くなる。
「……じゃあ、もう少し、付き合ってくれる?」
『マリアが嫌がることはしない』
その言葉を裏切らないようにするためか、ロアはマリアに尋ねた。
頷くか。首を振るか。
マリアは、
――ピチャン。
「「……?」」
部屋の中で、妙に大きく、生々しい水音が響いた。
そろそろと、ロアが掛け布団を上げると。
ぽたぽたと天井から雨水が漏れ、床に水たまりが出来ていた。
「……雨漏り……」
「……バケツ。バケツ、取ってきます」
マリアは慌ててベッドから抜け出し、部屋を出た。
ひとり残されたロアは思わず額に手をやって、頭を抱える。
安堵と残念さが入り混じった溜息が思わず零れた。
翌朝。
昨日までの雨が嘘のように、ボルドウには快晴の空が広がっていた。
「えぇー? マリアの部屋の屋根も直しちゃうの?」
朝一番で大工に屋根の修理を依頼したというマリアの報告に、ロアは思わずそうこぼした。
「当然です。直さない意味が分かりませんし、お屋敷腐りますからね!?」
マリアの正論に、ロアは明確にしょぼんと肩を落とす。
そんな彼女の様子を見て、マリアは思わず目を伏せる。
昨日の出来事は、確かに想定外のこともあったが、楽しかったのは事実だ。
だから
「……たまになら」
「え?」
マリアの小さなささやきに、ロアは耳を傾ける。
「たまになら、お部屋に遊びにいっても、いいです」
「……!」
マリアは赤くなった顔を隠すように、そそくさと居間を出ていこうとする。
そんな彼女の背中に向かってロアは叫んだ。
「ま、毎晩でも、全然いいよ!」
「毎日は無理です!」
「待ってるから!」
「待たなくていいですから!」
マリアは真っ赤になりながら、そう叫んで出ていった。
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