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ソクラテス

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リモート出社する人が増えたこのご時世とはいえ、朝の電車はやはり混んでいる。

都心ではないが地方とも言えない東京のはずれにあるこの町にみゆきは住んでいる。

2つ隣の駅にある私立中学に通う1年生で、毎朝決まった時間の電車で通学していて、この日もいつもの電車に乗り、学校のある駅で降りた。

駅のホームで少し前を歩くみゆきと同じ制服の少女がパスケースを落としたのを見つけ、拾って声をかけた。

「あの、これ、落としましたよ」

振り返った彼女は眼鏡をかけていて、みゆきにはとても聡明な女の子に見えた。

同じ制服だけど先輩かな?

結構有名な私立中学で、様々なところから生徒が来ていて、見知った顔はあまりいない。

拾ったパスケースを渡そうとしてよく見ると、それはみゆきが絶賛推しカツ中の女性アイドルのモノだった。

「あの、これ、彼女のファン、なんですか?」

けっしてコミュ力が高いとは言えないみゆきが小さい声で尋ねると

「え?はい。友達に教えてもらって、すぐハマっちゃって!」

みゆきとは対照的にハキハキとした口調で彼女は応えた。

「ありがとう。あ、同じ制服だね。何年生?」

「あ、1年生、です」

「じゃあ同級生だね!私ハル、よろしくね」

「あ、みゆき、です」


聡明な雰囲気とは違ったキャラに少し驚きながら、学校まで一緒に向かった。

ハルは隣のクラスで、駅もみゆきと同じ駅を使っていると知り、一緒に帰る約束をしてわかれた。

「ウチらが降りる駅にさ、掲示板?て言うのかな。なんか昔のやつあるけど使ってる人いるのかな?」

「ママから聞いた話しだと、ママが小さい頃からあるけど、使っている人はほとんどいない、そうです」

「ふ~ん、そうなんだ。それから、敬語、やめない?年一緒なんだからさ」

次の日も一緒に帰っているとハルが
「駅にある掲示板使ってみない?面白そうだしさ!」

「うん、いいけど」

LINEの交換もしていなかった二人は、それから駅の掲示板を使って連絡を取り合うようになった。

翌朝みゆきが駅に着くと掲示板には、

・放課後校門にて待つ ハ

の文字が白のチョークで書いてあった。みゆきはなんだか初めての感覚を覚えながら、ワクワクして放課後を待った。

・明日のテーマは雨トーークについて ハ

・水曜は放課後に面談があるので先に帰ってよし み

・今度の日曜日、買い物どうか ハ

・明日は雨らしいよ み

そんな掲示板でのやり取りをしながら、夏休みになった。

夏休みになると、ハルからの伝言が突然なくなった。2、3日くらい伝言がないことも夏休み前にはあったので、初めは特に気にしていなかったのだけど、それが1週間も続くとさすがにみゆきも気になり始めた。

夏休みが始まってちょうど10日目の朝。


・家族で海外旅行に行ってきたよ! ハ

その伝言を読んだみゆきはちょっとホッとして、

・おかえり! み

それからは特に顔を合わすこともなく、以前のように掲示板で、何気ない会話を続けていた。

そしてそのまま二学期が始まった。

隣のクラスとはいえ、待ち合わせの約束などをしない限り、なかなか顔を合わすこともない。

そろそろ掲示板にも飽き始めていたみゆきはある日、

・LINE交換しようよ! み

だけど、それから返事がないまま1週間が過ぎ、2週間が過ぎて。

学校でも見かけないこともあり、心配になって、

どうしたの?何かあったの?

そう掲示板に書いていると、1人の女性がみゆきに声をかけてきた。


「あの、みゆきさん?かしら」

「え?はい、そうですけど、あの、」

「ごめんなさい突然。ハルの母です」

「え。。あの、ハルは、元気、ですか?」

「実はみゆきちゃんのこと少し前にハルから聞いていて。この掲示板でのやり取りのことも。
ちょうど夏休みに入ってすぐにあの子入院してしまって。昔から体はあまり丈夫ではなかったんだけど」

「え?でも旅行に行ってきたって」

「あれは私がハルに頼まれて書いていたの。夏休みの間の伝言も全部」

「そう、なんですか。それでハルは元気なんですか?」





「昨日の夜に亡くなりました」





駅の雑踏に消え入ってしまいそうな声で、そう伝えられた



「え…あの…えーと…え…」



みゆきは言葉なく立ち尽くした。その手にチョークを握ったまま




あの日から10年、みゆきは文具販売の仕事に就いて働いている。以前よりはコミュ力も身に付けて。

そして今日も掲示板に、


・行ってくるね、ハル! み


いつもの電車に乗り込む。

リモート出社する人が増えたこのご時世とはいえ、朝の電車はやはり混んでいる。

車内から見上げた空は澄んだ青だった。
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