愛なんか知らない

可悠実

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冬2

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年末、大晦日2人は大きな荷物と祖父母へのお土産を持って那須へ向かった。
駅には祖父が軽自動車で迎えに来てくれた。
80過ぎているはずなのに、しっかりとした運転だった。
「そうか。森川君は雅司の大学の後輩なんだ」
「はい」
森川は寛いでいるのか、ニコニコと後部座席で答えた。
幹は祖父の車の助手席で緊張して2人のやり取りを聞いていた。
いくら大学の後輩としてでも桃果以外の身内に森川を紹介したことはなかったから。
祖父は頑固で昔気質。家のことは全て祖母に任せていた。大工を辞めてからは、祖母の趣味だった陶芸を一緒にやり初め、はまってしまったらしい。
その話を運転席と後部座席で話している。幹はそっちのけだった。
(なんか…嬉しいような、寂しいような)
複雑な気持ちで、久し振りの田舎の風景をなんとなく眺めていた。
別荘地を通り抜け、畑の多い地区に幹の祖父母の家があった。平屋の日本家屋。
色鮮やかな花が咲いている庭に祖母がいた。足元にはシェパード。
シェパードの毛並みが少しグレーがかっている。
「あれ?カールですか?」
森川は前に動画で見た犬と違う気がして、幹に尋ねた。
「うん。カール!」
森川に答え、カールを呼んだ。
するとカールはしっぽを振って、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
不思議そうにその様子を見ている森川に、
「あいつももう年だから、白髪も多いし、足腰も衰えてな」
祖父が慈しむ様に愛犬を見つめながら、答えてくれた。
「だから昔みたいに飛びかかって舐めまわすようなことはなくなったんだ」
幹の声は低くて、寂しそうだった。
やっと幹の足元に到着すると、カールは幹の足に顔を擦り付けて甘えた。
幹は嬉しそうに、しゃがんでカールの体を撫で回す。
「久し振りだなぁ、元気だったか?」
人間に話し掛けるように目を覗き込む。
カールは今の精一杯の力でしっぽを振り、幹の頬をぺろりと舐める。
幹はヨシヨシヨシヨシと両手で撫でてやる。
「いつまでもこんなとこに居ないで、中に入ろう」
にこにこと見ていた祖母が呆れたように言う。
「お客さんを寒いとこ居させられんよ」
「あ。悪い」
森川をカールを撫でたまま、見上げて謝った。
「いえ、生で見れて嬉しいです」
「なま?」
祖父母に引っ張られ家の中に皆で移動。
祖母は森川が気に入ったのか、いろいろお菓子やら漬け物やらを出してお茶にした。
「そう、実家福島なんだね」
孫と同じように嬉しそうに森川の話を聞く。森川も次々と出てくる質問に一つ一つ真面目に答えていた。
「もし良かったからおばあさんのお雑煮の作り方教えて貰えますか?」
なんて言ったから、祖母は喜んでいそいそと森川を台所へ連れていった。
「なんだろうね、あれは」
お茶をずずっと飲んで、茶の間を出ていく二人を見送る。
「孫の嫁さんみたいで嬉しんだろ?」
ぐふっ。
もう少しでお茶を吹き出すところだった。
「嫁さんって。男だよ」
「どっちでもいいんだよ。男でも女でも、友達でも恋人でも。お前が連れてきた人ならな」
嬉しいんだよ、としんみり言われると黙るしかなかった。
祖父の言ってたように、祖母はまるで嫁に対するように一緒に台所で年越しそばを準備したり、正月にはおせちや雑煮の準備をして楽しそうに過ごしていた。
そんな二人を幹は嬉しいような恥ずかしいような、なんか胸の奥がムズムズかゆくなるような気持ちで見ていた。
初詣は4人で近くの神社にお参りをした。御神籤は幹は小吉で、森川は大吉だった。
「なんかオレ中途半端な」
「でも仕事運愛情運いいですよ?」
「待ち人…待っても無駄って」
早々に神社の出口近くの木の枝に御神籤を結んだ。他にもたくさん結んであった。
みんな、微妙な結果だったのかな。
祖父母の家に戻ると、丁度電話が鳴っていた。
「はいはい」
慌てて祖母が家の中に入っていく。玄関から入って直ぐの廊下にある電話に出ると、
「ああ、あんたね」
大きな声で話し始めた。
「長くなるだろうて、茶の間でお茶でも飲もう」
祖父と一緒にこたつに入る。
祖母が居ないと、当たり前のように森川がお茶の準備をした。
初詣の出店で買った回転焼きを皿に盛って出すのも忘れない。
相変わらず甲斐甲斐しいな、にやけてきそうになる口元を引き締めて森川が淹れてくれたお茶を飲んだ。

祖父母の家に来てたくさん、もどかしいような、気恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちになった。
それがピークになったのは明日ここから出ていくという夜、祖母は早くに寝てしまい、森川は風呂に入っている時間、幹は祖父とこたつに入って日本酒を飲んでいた。
幹は日本酒は基本飲めなかったが、祖父が用意してくれていた発泡酒だけは好きだった。
「明日はどうするんだ?」
「森川くんは福島の実家に帰るって」
孫の少し本質から外した答えに祖父は苦笑した。
「明後日には皆来るのに会ってかないのか?」
「父さん達には今度会うからいいよ」
「森川くんいい子だな」
「子って、大人だろ」
「仲良くしてもらえ」
内心ぎくりとしながら、幹は笑って見せた。
「なんだそら」
「じーちゃん達みたいに、末長くな」
「何ってんの…」
幹はグラスの残りをぐいっと飲み干し、自分で注いだ。何故か怖くて祖父の顔が見れなかった。
「雅司はどっちかって言うと人付きあい苦手だな」
「何、突然」
「人見知りだし、付き合ってた女の子も一度も連れてこなかった」
「紹介するほど大事に思える子できなかったからな」
「恋人なんだろ」
疑問形ではなく、断定。
「お、男だよ」
「だな。でも本当に大事なら構わんだろう」
「構わんって」
祖父は昔気質の人間だ。どちらかと言うと厨房に男子入るべからず、みたいなところがある。そんな祖父がこんなことを言うなんて、びっくりを通り越す。
「見てたら分かるぞ」
何を見てたら分かったんだろう。いちゃいちゃなんてしなかったし、普通の友達の会話しかしてないと思うのに。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「おれはな、ばーちゃんを愛してるぞ。例え男だったとしても」
「じーちゃん」
「本人には絶対言わないけどな」
「そこは言ってやれよ」
苦笑して祖父のぐい飲みに酒を注ぐ。
「ひ孫、見せてやれないぞ」
「ひ孫なんぞ、もう腐るほどいる」
「腐ったら嫌だな」
幹は桃果や香の顔を思い浮かべ苦笑い。
「だからお前は心配すんな。今のままでいいんだから」
ガラッと茶の間の障子戸が開いて森川が顔を出した。
「お風呂お先に頂きました」
そして2人の空気に何か感じたのか、伺うように幹の顔を見る。
祖父は笑って、
「んじゃ、雅司先に入らせてもらうぞ」
「あ、ああ」
幹は少し顔を赤らめ出ていく祖父を見送った。

電車がホームに入ってくるのをぼうっと眺めながら、夕べ祖父に言われた事を思い出した。
「雅司はあんまり人を見る目がない」
「ひでぇな」
「それにいろんな人間を引き寄せること。嫌な人間やろくでもないやつひっくりめて周りにいたりする。でも最後に残った者は本当に雅司を思って大事にしてくれる人だとじーちゃんは思う」
普段あまり真面目な端無をしないせいか、祖父は少し照れたように笑った。
「大事にしろ」
「幹さん」
はっとして気付くと、森川が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「へーき」
安心したように、でもまだ気になるのか森川は幹をベンチに座らせた。
「じゃあ、俺実家帰ります」
幹は森川にこの後の予定を言ってなかった。
「幹さんにお願いがあるんですけど」
言いずらそうに森川は口ごもる。
「なんだ?」
「春に一緒に暮らせるんですよね」
「森川くんが良ければ」
「もちろんです!」
森川は嬉しそうに目を細め幹を見つめる。
それがあまりに甘い視線で幹はさっと顔を赤らめた。
しっぽが大きく振られているのが見えた気がする。
「それで…両親に恋人と暮らすこと話して良いですか?きちんと性別込みで」
少し心配そうに言葉を選ぶ森川に、幹は自分の荷物、キャリーバッグをちらりと見る。
「反対されないか?」
「されたとしても変わりません。いつか分かってもらえるのを待ちます」
同性の恋人に理解を求めるのはなかなか難しい。
幹の周りはたまたま理解が有りすぎる人間ばかりだった。祖父も分かってくれている。
でも普通の家庭で息子が同性の恋人がいると告白したら、嫌悪されたり反対されるに違いない。
そう言う存在なんだと初めて感じた。
そしてそんなお想いは森川一人にはさせられないと思った。

ビジネスホテルのロビーに幹が姿を現した。
部屋を取って、荷物を置きにいったのだが着替えもしてきたらしい。
「スーツなんて持ってきてたんですか?」
「念のため持ってきて良かった」
森川は久しぶりに見る幹のスーツ姿に見とれた。姿勢のよいほっそりし幹によく似合う細身の濃いグレーのスーツ。
森川が那須で実家に向かおうとすると幹が急に自分も福島に行くと言ってきた。
「行きたいとこがあんだよ」
と言うので観光したい場所があるのかと思った。
実家に泊まった後一緒に観光地を廻ってもいいかもと楽しみが増えた。
それなのに、
「行くぞ」
「何処に?」
驚いて幹を見ると、幹は呆れたように笑った。
「お前んちだろ?森川家」
「どうして?」
幹は突っ立っている森川の腕を掴んでホテルから出た。
「春から一緒に暮らすんだろ?ご家族に挨拶すんだよ」
「えっ」
「家族にカミングアウトするって言ってたろ。だからオレも一緒に行く」
森川は慌てて幹の肩を押し止めた。
「なんだよ」
不満か?と幹は不機嫌そうな顔をする。
「実家行くにはこっちの電車です」
駅に隣接するホテルだったので、森川は実家のある町に行く電車の乗り場へ引っ張っていった。
「新年早々嫌な思いするかもしれません」
「いつか認めなきゃなんないからな。そろそろいいだろ」
森川の両親ではなく、自分が。
自分が森川と恋人で、他の人間とは結婚したり愛し合ったりはしないだろう。いやしないのではなくできない。それを認めるためにも恋人の家族に会って、認めてもらえないとしても宣言して来よう。
幹はそう思った。
森川は生涯の幹のパートナーだから。
「幹さん」
森川が幹を抱き締めようとするのを、少し乱暴に引き剥がすように止めて、
「地元で目立つことすんな」
「すみません。嬉しくてつい」
いつもは引き締まった頬をだらしなく緩めて笑う恋人に幹は少し怒ったように森川の肩を拳で軽く叩いた。
「行くぞ」
「はい」
照れて耳が赤くなっている幹の後ろ姿に、張り切って返事をして切符を購入するため切符売り場に駆け足で向かった。
ホームには温泉行きと川の名前が付いた路線があった。
「こつちです」
森川は川の名前が付いた方へ幹を誘導し、
「あと10分位ですね」
時刻表を見ると、だいたい30分おきに来るようだ。
「温泉もいいな」
そう言うと、森川は嬉しそうに
「帰りに温泉に入ってから帰りましょうか?」
その案に同意する。
この後どんな感じになるか分からないけれど、楽しみがあれば例えいやなことかあっても乗り越えられる、気がした。
森川の実家のある町まで電車で30分位かかった。
その間、向かい合った席で2人は黙ったまま外の景色を眺めていた。
森川は久し振りの故郷に懐かしく感じて。幹はこれから会う森川の家族と向かい合わなくてはならない現実に内心不安になりながら。
黙って2人は流れる景色を眺めていた。
森川の実家の最寄り駅はあまり大きくはないが、ターミナルにはバスやタクシーが停まっていた。
「幹さん、タクシーで行きましょう」
森川がタクシーへ近寄ろうとするのを止め、
「実家って遠いの?」
と聞くと、
「ここから車で5分位です」
「じゃあ、歩こ」
「疲れてませんか?」
「平気。森川くんが育ったとこ見ながら行きたい」
そう言うと、森川は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
森川は歩きながら、ここは子供の頃遊んだ公園だとか、友達とよく行った駄菓子屋、部活帰りに寄ったラーメン屋とかその時のエピソードを交えて話してくれた。
幹は頷いて聞くだけだったが、その頃の森川の姿を想像しその時の森川に会いたかったと思った。
今度子供の頃の写真を見せて貰おう。
「ここです」
心の準備が整う前に、森川の家に着いてしまった。
住宅地の中程に洒落た雰囲気の洋館。フェンスから覗く庭には緑が多く、幹の知らない赤い花が咲いていた。
そう言えば父親は設計士だと聞いていた。
門扉を開けて中に入っていく森川を、門の外で立ち止まって見ていた。
「幹さん?」
怪訝そうに呼ばれ、ハッとして後を追うように敷地内にはいった。
森川は玄関の呼び鈴を鳴らした。
「はーい」
インターフォンから女性の声が聞こえてきた。
「俺、晃」
「おかえり、今開けるわね」
幹はひどく口が乾いてきた。緊張が高まって背中に変な汗が涌き出てくる。
カチャリと音がして、玄関の扉が外側に開いた。
「晃おかえり」
顔を出した女性はそこで森川の後ろにいる幹に気づいて、
「あらっ、いらっしゃい」
にっこりと笑った。美人というより可愛らしい印象の人だった。
「お姉さん?」
姉がいたとは聞いてなかった。
「あら、やだ」
女性は森川の肩をバンバンと叩いた。
森川は顔をしかめ、
「痛いよ母さん」
「えっ」
驚く幹に森川は諦めたような表情で、
「幹さん。この人一応俺の母親です」
「なによ、一応って」
そう森川に言うと、幹に向き直ってにっこりと言った。
「しっかり晃の母です。晃がいつもお世話になってます」
幹も慌ててお辞儀する。
「幹雅司です。こちらこそ森川君、晃君にお世話になってます」
ここの家の人はみんな森川だと途中で気付き、言い直す。
「なに玄関でやってんだよ」
中から新たな声がした。
玄関の奥にある階段を降りていたのは弟の治だった。
「ああ、幹さんか」
結局森川の大学に入学した治はたまに図書館に来て幹と話すこともあった。
大学ではいつも男装、普通の男の子の格好をしていたが、初めて会った時と同様、今もスカートをはいていた。
「こんにちは」
言ってから
「明けましておめでとうございます。せっかくの家族団欒の時間に申し訳ありません」
そう言うと、森川家の母はケラケラと笑って中に促した。
「お客様が来てくれるのは大歓迎よ。お父さんも居るわ」
最後の一言で緩んだ緊張がまたMAXまで高まった。
リビングに案内された。治も当然なように着いてきてソファーに座る。
正面に森川の父親らしき男性。幹の父親より少し下位か。父親と違うのは真面目らしい表情。建築家らしくどことなくおしゃれな感じがする。
「初めまして。明けましておめでとうございます。幹と申します。おくつろぎのところ申し訳ありません」
固くなって挨拶をする幹に森川の母は親戚の甥っ子に対するみたいに笑って席を勧めた。
「君は晃の大学の友達なのか?」
「ええっと」
言い淀み、森川を見る。
いきなりは言えないよな。救いを求めて。
なのに森川はいきなり流派だった。
「父さん、俺この人と春から一緒に棲むから」
「ルームシュアなら前にもしてただろ」
「あれは友達と。幹さんは恋人だから同棲」
「おいっ」
もう少し真綿に繰るんで言えよ。幹は口をパクパクして、びっくりして言葉がでなかった。
「恋人って男だろ!」
「そーだよ」
言い合いを始める2人に幹はどうすることもできなかった。反対されるだろうとは思っていた。
覚悟をしてきたつもりだった。
でも自分の大事な人が、その大事な人と口論するなんて…。
「性別なんか関係ない!」
「大事だろ。第一子供ができないんだぞ」
「子供なんて無くてもいいの!幹さんさえいれば」
幹の前では見せたことのない森川の表情に幹は唖然とする。
自分の前では大人らしくしてたのかな。家族の前では自我を出せるんだな。
少し申し訳ない。
「あの…」
言いかけて、言い合っていた2人にぐっと見られ言葉が出てこなかった。
そしたら森川の母が、
「どうしてお父さんは晃の子供が欲しいの?」
「当たり前だろ!可愛い孫がほしいのは!」
「孫ってお父さんはやっぱり女の子ほしかったのよね。私が男の子しか産めなかったから」
俯く母に父は慌てて、
「そんなことはない!子供を二人も産んでくれたんだから君は良い嫁だよ」
「ホントにそう思ってる?」
「当たり前だ。君のような良い嫁はどこにも居ない」
頷く父に見えないように幹たちにVサインを作ってみせた。
「それに一応オレも居るんだけど」
と、治。
「オレが可愛い嫁さん貰って一人目女の子産んで貰うし」
「嫁でも婿でもいいから、可愛いのにしてね」
「了解」
ふわりと笑ってさっきまでの雰囲気が飛んでいった。
「あ、一つ確認」
森川の母に真面目な顔で詰め寄られ、幹はドキドキして見つめ返す。
「なんでしょうか」
「これっていわゆる娘さんを下さいってやつよね」
「えっ」
森川をむくと、諦めたように幹に頷いてみせた。
「そ。そうですね」
慌てて頷くと、
「男の子ばっかだったから諦めてたけど、夢だったのよ。娘がお婿さんになる人連れてきて、その人が娘さんを下さいって」
「そしたら父親は一発は殴らせろって…」
ぎくっ。殴られる?
「だーめ、暴力する人嫌いよ」
「分かったよ」
その後はなんだかんだで森川の母の勢いに流されて宴会に雪崩れ込んでしまった。

肉林はないが、酒池はあっただろう森川家の夜中一時頃。
リビングの床に若い男が2名死に果ててて、ソファーにはご機嫌な森川家母とだいぶ酩酊しているその夫。3人掛けソファーには顔の赤い幹が座っていた。
「雅司さん強いわねぇ」
ケラケラと笑う森川母。この母も大層蟒蛇だ。父の方はかなり酔ってはいるが、気力で生き延びてると言える。
「息子さんたちは下戸ですか?」
聞く幹に父は
「全く、だらしない。大工の棟梁の相手なんてとてもできんっ」
そう言って潰れてしまった。

翌日はお昼まで誰も起きてこなかった。昼過ぎ森川家も辞する時、幹は森川母に、
「もし籍を入れるとなった時、あなたの籍に入れるのも良いけど、私達の籍に入るというのも頭に入れておいて」
そう言ってから
「うちの子になっちゃいなさいよ」
悪戯っぽく笑った。
その顔を思い出しながら、
「あれは本気っぽかったな」
1人呟いた。
「もう少しで着きますよ」
結局泊まらなかったホテルをチェックアウト(時間をだいぶオーバーしていたが)し、別の路線の電車に乗り温泉地に向かった。
「よく正月に部屋取れたな」
「今日泊まるホテルは昔外国の有名な女優のそっくりさんがCMやってたらしくって、この辺でも有名なんですが」
そのCM見たこと無いんですけどと、笑った。
「そこの女将さんの義理の息子だか甥っ子だかの仕事を父が関わったらしくって。その関係で部屋取って貰えたそうです」
「お父さんにお礼言わなきゃな」
「伝えます」
「直接電話するよ」
そう言うと、森川は嬉しそうに目を細めた。
その様子がひどく甘くて、幹は恥ずかしくなって右手で首を撫でた。
駅から歩いて5分位の坂の途中にある大きな新しいホテルだった。
「新しいんじゃね」
「改装してるんです」
へぇ、感心して建物を見上げる。
「なんて言って部屋予約したんだろな」
「息子夫婦」
えっ、と森川の顔をぎょっとして見ると、
「冗談です。息子達って言ったらしいですよ」
ホッとして、チェックインカウンターで手続きしようと向かう森川の後を付いていく。
案内された部屋は和モダンな広い部屋だった。奥にダブルのベッドが2つあり、部屋の中に低めの仕切りがあった。
そしてそこには窓を、向いた大きめのソファー。
その大きい窓を開けると、そこには露天風呂があった。
「すげー、露天風呂付き」
子供みたいに幹が喜んでいると、森川は嬉しそうに
「このソファーに座ってお風呂に入っている幹さんを見ることもできますね」
「見てるんでいいんだ」
ニヤリと笑う。
「うちのと違ってせっかく大きい風呂なのに」
「一緒に入ります!」
勢い良く言うと、幹は笑って。
「後でな」
先にコーヒーとウェルカムフルーツ食べようと、ソファーの側のテーブルを指差した。
夕食はバイキングにした。部屋食も選べたが、幹は断然バイキング。
蟹、お寿司、ステーキ、ビーフシチュウ。麺もあるし、勿論デザートも、お酒類もいろいろあった。
満腹になった幹と森川は部屋に戻ると、付属の露天風呂に入ることにした。
「森川くん。先どうぞ」
幹がソファーに体を投げ出して言うと、森川は傍に立ったままじっと幹を見つめた。
「ん?」
何だろうと森川を問うように見上げると、森川はかあっと赤くなった。
「ここの風呂大きいですよ?」
幹は窓から見える露天風呂を見て、首を傾げながら答えた。
「そうだな?」
「だから時間短縮のため一緒に入りませんか?」
幹は森川の顔を見て、吹き出した。
「時間短縮のためな?」
ゆっくり入りたかったのになとわざと呟くように言うと、
「じゃあ、ゆっくり二人で入りましょう」
その10分後。
「何がゆっくりだよ」
幹は真っ赤になりながら、森川に背後から胸を撫でられ、立ち上がってきた乳首を弄られ風呂釜の縁を掴んで小声で唸った。
「だって那須でも実家でも触れなかったから」
「当たり前だろ」
じーちゃんに認められたとしても、年寄りの目の前でイチャイチャ出来ない。親の前でも同様だ。
「それに風呂一緒に入るの初めてなんですよ」
「うちもお前のマンションも風呂場普通サイズだから男2人は窮屈だろ」
「部屋探す基準はバスルーム広いとこにしましょう」
森川はそう言って胸から手を下へ移動させていく。
「あっ、そんな基準じゃ…」
首筋を嘗められ、耳の後ろを吸われた。
「うっ…見えるとこに」
「分かってます。見えるとこには痕は付けません」
見えないところ、上腕の後ろを軽く噛んだ。白い幹の肌に少しだけ痕が残った。
それを見て満足げに笑うと、幹の反応し始めたモノを優しく握る。
「森川くん…」
「何です?」
「のぼせそ」
クスリと笑い、幹の体の向きを変えキスをする。
風呂から上がり、脱衣場で体を拭きながら幹は不思議そうに森川を見た。
「なんか機嫌よくね?」
「幹さんとのこと家族に認められたし、こうして初めて2人で旅行?して。今年はいい年になりそうです」
幹は浴衣を雑に体に引っかけ、先に脱衣場を出ていきながら言った。
「今年だけじゃねーよ。これからずっとそうしてくんだぞ」
森川は嬉しそうに閉じた扉に言う。
「そうですね。ずっと一緒です」

2人は温泉でゆだったような熱い身体のままベットへ倒れ込んだ。
森川は仰向けになった幹の左側に横になり、両手で幹の頬を包んだ。
少し赤みがかった頬を指でそっと撫でながら触れるだけのキスを繰り返す。角度を変え、何度も何度も。
幹は目の前の愛しげに自分を見つめる男に、自分の決意を思い出した。
「あっ」
そんな幹に森川は首を傾げる。
幹は真っ赤になった。
可愛い過ぎるだろ、オレの嫁。(嫁、だよな…)
「どうしたんですか?」
「なんでもっ」
慌てて首を振り、付け加える。
「なんでもねーよ、晃」
きょとんとする森川。
そしてかあっと真っ赤になって右掌で顔を覆った。
そのまま固まってしまった森川に、幹は言い訳をするように云う。
「だって森川家の顔合わせしたし、あの家皆森川だし…」
しどろもどろになってると、ぎゅっと抱き締められた。
「やめようか?」
「そのままで」
ぎゅっとしたまま肩の上に顎を乗せられる。
「了解、晃」
幹は森川の柔らかく量の多い髪を乱暴にグシャグシャと掻き回した。
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