愛なんか知らない

可悠実

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昼休み食事の後、図書館の奥のソファーのあるスペースでぼんやり外を眺めていると、森川がやって来て隣に腰を掛けた。
「今日食事を作りに行ってもいいですか?」
「ん?」
幹が森川の顔を見ると、いつもの真面目な表情をして幹を見つめていた。
「いいけど。今日は終わり?」
「はい。帰るだけです」
幹はパンツのポケットからキーホルダーを出し、その中から部屋の鍵を外した。
「オレは7時迄には帰れるから」
鍵を受け取った森川は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
幹はその笑顔を見て、赤くなりそっぽを向く。
「食べたいのありますか?」
「チーズタッカルビ」
言ってから心配そうに森川に聞く。
「作れる?」
「たぶんできます」
「なるべく早く帰る」
そう言ってソファーから立ち上がり、森川に背を向けた。
「じゃあな」
仕事に戻るため歩きながらも幹はまた顔を熱くして、
(なるべく早く帰るって。まるで新婚じゃねーか)
頬を両手で叩いた。

自分の部屋のドアの前でまた迷う。右手には白いビニール袋。帰る前にスーパーで買ってきたものだ。
ヨシッと気合いを入れてドアを開ける。
「ただいま?」
何故かクエスチョン付きのあいさつ。
キッチンから森川の声が答える。
「お帰りなさい」
小皿をいくつかトレイで運ぶ。リビングのテーブルにはホットプレートが乗せられ自己主張している。
そこにはコチュジャンの香を放つ鶏肉と野菜、チーズの川。
「うわっ、テレビで見たのと同じ。すげっ」
小皿をホットプレートの脇に並べながら、
「食べたことないんですか?」
「普通のタッカルビは高校の修学旅行で韓国行った時食べた。でもチーズのやつはない」
嬉しそうに料理を見る幹に森川も嬉しそうに笑顔になった。
幹はビニール袋から中身を出しながら、
「グラス2つ出して」
「待ってください」
マッコリの白いペットボトルと缶ビールを5本。1本だけ残して冷蔵庫に入れる。
「韓国のお酒ですか」
「どうせだからな。韓国のビール旨いか分かんないけど」
「飲んだことありますよ」
「マッコリも呑む?」
「取り敢えずビールにします」
幹はマッコリ、森川はビールをグラスに注いだ。
「腹へったー、食べていい?」
「どうぞ」
小皿にはチャプチェともやしとほうれん草のナムル、カクテキ、サキイカのキムチ。ホットプレートではチーズの川がグツグツ。
タッカルビをそのまま食べてみる。
「本格的。さつまいももニンジンも入ってる」
「トッポギも入ってますよ」
「本当だ。オレこれ好き」
嬉しそうに幹はトッポギと鶏肉をチーズに絡めて口に入れた。
「んまっ」
頬を膨らませて食べている幹を見つめて、
「ヤンニョムチキンも好きでしょ。今度作りますね」
「あぁ、甘辛のタレの唐揚げだよな。あれは絶対好き」
タッカルビを食べて、残ったタレでチャーハンを作り〆に食べた。
「ケーキも買ってきました。食べますか?」
「食べる食べる」
森川が冷蔵庫から出したケーキを見て、森川をマジマジと見る。カットされたものではなく、小さいけれどホールケーキだった。苺が苦手な幹のためにモンブラン。
「今日なんかあった?」
「お祝いです。」
嬉しそうに笑う。
幹は必死に思い出す。幹の誕生日はまだまだだし、森川だって違う。
結局聞くことにした。
「何のお祝い?」
ケーキをカットして大きめのワンピースを幹の前に置く。
「就職内定しました」
幹は一瞬固まって作り笑顔で言った。
「おめでとう」
そして冷蔵庫から3本目ののビールを取り出し、森川に渡す。
「幹、さん?」
いつもの様子と違う幹に戸惑って幹を伺うように見つめた。
その様子に幹はため息を付き、頭をがしがしとやった。
そして一言一言しっかりした口調で、森川に言い聞かせるように言葉を吐いた。
「オレが例えば係長になったとするな」
そう言って森川の顔を見る。慌てて森川は頷く。
「それをいう前に驚かそうとして自分でご馳走やプレゼントを用意してから森川君をうちに招待する」
どうだ?と訊く。
すると森川はしゅんとして肩を落とした。
「すいません。驚かして一緒に喜んでもらおうと…」
幹は苦笑して、
「分かってる。けど、嬉しい報告もらって、一緒にどうやって祝おうかと相談する方がオレは嬉しい」
「はい」
森川の空想の黒い耳やしっぽが垂れている。
幹はそっとその頭を抱き締めて言った。
「ホントにおめでとう」
森川は幹の胸に頬を擦り付けるようにして答える。
「ありがとうございます」
そして腕を幹の背中へ伸ばそうとしたのに、幹はバンバンと森川の背中を叩きからだを離してしまう。
「ケーキ食うぞ」
「…はい」
内心落胆しながら自分がカットしたモンブランにフォークを刺した。
「お祝いのプレゼントは何がいい?」
次々とモンブランを口に入れていく幹に尋ねられ首を横に振る。
「前に名刺入れ貰ったので充分です」
ふうんと幹は少し不満げ。
じゃあ、と森川は
「今日泊めてください。お祝いに」
幹は一瞬きょとんとした表情だったが、直ぐにいたずらっぽく笑って。
「いいよ」
と言ってから、
「じゃあ、これからは泊まるのはお祝いの時な」
「えっ」
その時の顔が余程情けない表情だったのか幹は爆笑する。
「お前可愛すぎ」
そう言う幹が可愛くて森川は手を伸ばし抱き締めた。
「おい」
幹が振り払おうとするが、ぎゅっと腕に力を入れて離さない。
「ケーキ食べてんだけど」
「残りは明日食べてください」
「冷蔵庫に入れないと」
「後で俺がやっときます」
「ケーキ乾いて不味くなる」
森川は腕の中の幹の顔を覗き込むと、幹は俯いていた。その細い顎に手を当て、唇を奪う。
舌で幹の内顎をなぞると、モンブランのクリームの味がした。
「甘い」
名残惜しげに唇を離すと、森川は残りのケーキにラップをし冷蔵庫に入れた。幹はその隙に洗面所に向かう。
「先に風呂入る」
幹が洗面所に消えると、森川はため息をついて流しに置いていた汚れ物を洗い始めた。
先に入浴した幹はベットに横になっていた。
羽毛の肌掛けの中でウトウトしていたようだ。髪を撫でられ、耳に熱い息が掛かった。
「幹さん、寝ないで下さい」
森川が幹の耳にキスをした。
幹が目を開けると、ホッとしたように笑う。そして幹が掛けていた肌掛けを剥ぐと、一瞬息を止める。
「この格好で待っててくれたんですか」
幹はベットに入るとき着ていたパジャマも下着も脱いでいた。
「どうせ脱ぐんだし。着てた方が良かったか?」
「あ、いえ…」
口ごもる森川に幹は眉を潜める。
「なんかプレゼントの包装を剥がした感じ?」
ワクワクします。
「生物だから返品きかねーぞ」
「そんな勿体ないことしません」
そう言って幹を抱き締めた。
「床の間に飾っておくか、それよりも大事に金庫にしまっておきたいです」
幹は少しずつ引きつった笑みを浮かべた。怖えーぞ、それは。
「壊れ物じゃねーし」
「じゃあ」
森川は抱き締めている腕に少し力を入れた。
「少し乱暴に扱っても大丈夫ですね」
にっこりと笑う森川に幹の顔はますますひきつった。
「乱暴は駄目だ。優しくしろ」
「了解です」
そう言って幹の唇に自分のを当てた。そっと幹の中に舌を侵入させる。
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