灰色ノ魔女

マメ電9

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第二章 国渡りへ

第三十九話 手紙

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寝起きのひと騒動の後、ルークが作ってくれた朝食を食べてソファーで寛いでいた。

ロギは私の中に戻り、コハクはいつもの状態に戻っている。
最初、コハクが喋れるようになったのかと思って驚いたが‥‥。

まさか、コハクの体に憑依する事が出来るなんて思ってなかった‥‥。

「簡単にロギに体を乗っ取られるなんて‥‥まだまだだぞ!コハク」

膝の上にコハクを座らせ、両手をバンザイさせたりして遊ぶ。

「クゥ~~」

コハクは少し困った表情だ。
でもそれが、逆に可愛いと思わせてしまう。
思わず、私は笑を零した。

ルークは食器の片付けをしており、キッチンから水と食器が擦れる音がする。

この、落ち着いた時間‥‥。
まるで、昨日あったことが嘘のようだ。

あんな、命懸けで戦うような事‥‥もう絶対したくない。




そこで私は、ふと思い出した。

夢の中で見た、魔法の争い。
あれは、どう見ても闇魔法だった。
なら、敵の魔法は‥‥まさか、

光魔法?


でも、もうこの2つの魔法は使えないはず。
精霊が滅んでしまったから。
なのに、沢山の人がその魔法を使って戦っていた。



じゃぁ、あの夢は‥‥‥‥いつの‥‥?
ロギはいつから‥‥人に縛られて?





「なぁ、ロギ‥‥あの夢って」
そう話しかけても、彼は
「《気にすんじゃねぇよ。もう済んじまった事だ‥‥》」

と言って詳しく教えてくれなかった。







闇精霊って何だ。



光魔法って何だ。





契約って‥‥何なんだ。


心の中で、沢山の疑問がグルグルと渦巻いていく。


私は‥‥自分の事でさえ‥‥何も分かっちゃいないんだ‥‥。


顔に出ていたのか、コハクが心配そうにこちらを見つめ、頭を私の頬にすりすりしてくる。

「っ?‥‥コハク。ありがとな」

「クゥ!」

私もお返しに頭を撫でてやったら、コハクは喜んだ。




そうしていると、家のチャイムが鳴り響いた。


そして、玄関からあの苦手な声が聞こえてくる。

「旦那~っ!チロルちゃ~ん!」


うげー‥‥
この声は‥‥間違いない‥‥

トトーだ‥‥。

「行くぞシロナ」
「‥‥うん」

嫌々ながらも、ルークと共に玄関に向かう‥‥────。




「トトー今日は朝早いな‥‥。また仕事の依頼か?」

角から顔を出したルークに、トトーか食い気味に乗り出す。

「旦那!!!だって!!チロルが本当に無事か気になって気になって‥‥────」

トトーは、私の姿が目に映った瞬間。
話していた言葉を途中で放棄し、チロル~~っ!と泣き叫びながら、私に抱き着いてきた。
大きくギョロっとした瞳から、涙が溢れる。

「うぐっ!?!?!」

「チロル~っ!無事でいやしたか~っ!!!良かったっスーー!怪我もなさそうでーーー!

もう!あのビラが街中に配られた時、本当に生きた心地がしなかったんでやすよーー。
闘技場に駆けつけたかったんすけど、仕事があって無理で~っ!!!

あーっ本当に良かったーーーー!」

「ちょっ?!トトー?!わ、分かったから。一旦離れろ!!」

耳元でギャーギャー騒がれたので、耳がキーンと鳴っていた。
しかも重いし、涙で濡れるし。
ひとまず、彼を引き剥がす事が出来たが‥‥。

ここまで、私を心配してくれているとは思わなかった‥‥。
少し照れ臭く、私は目を逸らしながら

「まぁ‥‥ありがとう」

とだけお礼を言ったが。

「本当に!無茶だけはダメっすからね!チロル!」

‥‥‥‥いい加減。

名前を間違えるなよ‥‥!!!

と、心の中ではトトーの評価度はダダ下がりだった。


「トトー。とりあえずシロナの事は大丈夫だ。安心してもらって構わない‥‥。それより俺に用があるんだろ?」

ルークは1つため息をつき、右手をトトーに向けた。
早く手紙を出せと、急かすように。

トトーも少し慌てて鞄から一通の手紙を取り出す。

「ああ!今日は依頼みたいな感じじゃないっスよー。モノン副団長からだ」

「先生から?」



ルークは、何故直接顔を出さないんだろうと、不思議に思いながらも、その封筒を切っていく。

取り出した手紙には、こう記されていた。




《ルークとシロナへ。

やぁ!出来れば直接会いたかったのですが、今ちょっと昨日からこの国を離れてまして、それが叶わず、手紙で伝える事となりました。
ごめんなさいね。

でも、悪い話じゃないんですよ?

団長から、シロナの監視を頼まれてたのですが、その役をルークに移す許可を頂いたので、いつも通り過ごしてもらって大丈夫って事と。

シロナがこの魔物の国で暮らす事を、魔軍が街に情報公開したので、もう自由に街を歩いてもらっても命の危険は有りません。
自由に、堂々としてもらって構いませんよ!
良かったですね!
これで、好きに買い物も出来ますよ。

ああ!後、シロナの闇魔法の事ですが、まだ上手く扱えてない様子でしたので、僕が指導してあげます。
今日中にはそちらに帰れると思いますので、楽しみに待ってて下さいね!

では、また‥‥。 モノンより》




驚きだった。


それは、ルークも同じで、まさか、人間が魔物の国を自由に歩ける日が来るなんて‥‥。
思ってもいなかった。

ある意味これは。
私の大きな夢に少し、近づけたんじゃ?

人間も、魔物も関係なく、幸せに暮らせる世界。


現実的には不可能だと、心の隅で思っていた事が‥‥少しだけだけど、現実になった事に、私は物凄く嬉しかった‥‥。


「よく、俺が監視役するのに許可がおりたな‥‥‥‥どんな手を使ったんだ先生は‥‥」

「まぁ‥‥モノンって少し不思議な人だから、そういう事を簡単に出来るのもおかしくないかもだけど」

「確かにな。スカーレットの副団長してるぐらいのお人だ‥‥。先生には適わないな‥‥全く‥‥」




色んなヒトに助けられて、今私はここに居る。
モノンにも何かお礼をしないとな‥‥。


2人で話していると、トトーは次の配達があるからと言って家を出ていった。

満面の笑みで、手を振る彼の背中が見えなくなるまで見送った後。
ルークは出かける用意をし始めた。

「ルーク?」

「シロナ。お前もさっさと用意しろよ」

「え。用意って‥‥」

「何だ‥‥忘れたのか?
街に行ってエレティナ達に会うんだろ?
言いたい事があったんじゃないのか?」

「あっ!!!ま、待て!今すぐしてくるから!」


急いで二階に上がり、外に出る準備をする。
上でバタバタと音がするのを聞いて、ルークはフッと笑い、茶色い紙で包んだ物を、布袋に入れて肩にかけた。



外で待っているルークを追いかけて、家を飛び出す。
あの白いローブはナディアが持っているので、いつもの赤い服のまま外に出る。

まぁ、昨日もそれで帰ってきたのだが、やっぱりドキドキしてしまう。

そんな鼓動を抑えようと、胸に手を当てながら森を進み、木のアーチを潜って、魔物の国の転移門へやってきた。

ここを通らないと、イヂラード街へ行けないからしょうが無い。

光に包まれ、目を開くと魔物が沢山目の前に‥‥。

転移門に立っている私達に気付いた魔物達は、一斉に視線をこちらに集める。

さっきまで賑やかだったのに、シーンと静まり返った。

‥‥逆にそれが怖い。



だ、大丈夫だ‥‥。

だって、モノンがもう自由に歩けるって言ってたし‥‥!

ど、ど、堂々としてればいいんだ!!



冷や汗が頬を伝う。

ルークが、片手で私の前方を塞ぎ立つ。
そして、魔物共を睨みつけた。


「何だお前ら‥‥何か文句でもあるのか‥‥。
シロナに何かしてみろ‥‥俺がお前らを殺してや‥────?!」

殺すと言いかけたその時。
一斉に魔物達は歓声をあげ、シロナに駆け寄る。

その気に殺意は一切無く。
全員私を賞賛する言葉ばかり投げかけてきた。

「いやーっ!人間!昨日の戦いは素晴らしかった!」

「あの団長に傷を付けれる人間がいるなんて、たいしたもんだ!」

「なんだいアンタ。ガリガリじゃないか。もっと沢山食べないと。ほら、良かったらこれお食べ!」

「ドラゴンを従わすなんて、スゲーな!」

「魔物を守る人間なんて、初めて見たよ!」





思っていた反応と正反対。

人間ならこうはいかないだろう。
1度植え付けられた考え方は、中々変えることが出来ない。
それに対して、魔物は違うのだろう。

言葉ではなく、行動で示す。
それが彼らの心を動かした‥‥‥‥と、思う‥‥。


彼らの言葉に何か返事をしようと思ったが、驚きすぎて、口をパクパクと動かすことしかできなかった。

沢山の魔物にもみくちゃにされる私。
ルークが必死に人払いをしようとするが、流石に無理。


「やれやれ。なんの騒ぎかと思って来てみたら、まさかの人の子だったかー。ラッキー!」

困り果てていると上空から、茶色いローブを羽織った小柄の魔物が、私の前に現れた。



「?!だ、誰だあんた」

「悪いけど、今は後回しだよ。舌噛まないように口閉じといてねー」

そう言うと、魔物はルークとシロナの手を掴み、魔法を地面に撃ち放った。

「うああああああああ?!」


風魔法の一種だろう。

竜巻のような上昇気流を生み出し、それに打ち上げられ3人は空を飛んだ。


「あの時計台のてっぺんに降りようねー。あそこなら魔物にも囲まれないだろうし」


風魔法は、ゆっくりと私達を地面に下ろした後、フワッと消えていった。


すごい‥‥こんな使い方もあるんだ‥‥。


感心していると、ルークは掴まれていた手を振りほどき警戒する構えをとった。


「‥‥あの魔法は並大抵な奴が使えるモノじゃない‥‥。
お前‥‥何者だ?」

「あれー?お兄さんはオレの事知ってる筈だよねー?もしかして忘れちゃった?オレ寂しーなー」

魔物は被っていたフードをめくり、その顔を見せた。

紫色の髪に、青と白のオッドアイの瞳。
そして、左目には酷い傷跡があった。

見た目は、男か女か分かりにくい少年のエルフ。

その者は‥‥

「オレはレヴォル。スカーレットの師匠だよー」


と言った。

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