灰色ノ魔女

マメ電9

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第一章 白黒から虹色に

第三十七話 おかえり

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私はコハクを抱きながら、その場に立ち尽くしていた。



未だに、あのスカーレットに勝てた事が信じられない。

正直、死ぬ覚悟はしていた。

勝てるわけないと思っていた。

でも‥‥私は今。

此処に立っている。

生きている。



今更になって冷や汗がドっと噴き出し、地面に崩れ落ちるように座った。

「シロナ。よく頑張りましたね!僕は信じていましたよ‥‥
ほら‥‥
客席の魔物達も、君を認めたようです」

モノンが客席に指を指す。


観客席からはワーッと歓声があがっていて、
「やるなー!人間!」
「大したもんだー!」
「よく勝てたなー!」
なんて声が聞こえてくる。

シロナのとった行動が、自分の身より魔物を守った姿勢が、警戒心の強いドラゴンの子供が人間を守った事が、魔物等の心を動かしたのだろう。

最初に向けられていた冷たい視線とは、全く別物になっていた。

受け入れられた事が、何より嬉しい‥‥。

呆然としてその光景を眺めていると、ルークとジェイトが駆け寄ってきた。
ルークの拘束は解かれている。

「シロナっ!!」

ルークはしゃがみ込み、私に抱きついてきた。
まるで、本当に生きているのか確認する様に‥‥。

なんかコレ、前にもどこがで‥‥。
デジャブってやつかな?

何回も心配を掛けてしまっていて‥‥
本当、ルークには申し訳ない‥‥。



大丈夫‥‥。

私‥‥生きてるから‥‥。


ちゃんと‥‥生きてるから‥‥。




私は何も言わず、ルークの背中に手を回し、抱き返した。


その光景を、騒ぐ客席の魔物に混じって
1人、ローブを纏った謎の人物がシロナを見つめ、ニヤッと笑い闘技場を去っていったが、モノンだけそれに気付いていた。



後からジェイトから聞いた話によると‥‥。
コハクの魔具は、エレティナが予備で作っていた物らしく、ポルクが店まで取りに走ってくれたとの事。

ナディアもちゃんと保母さんと一緒に施設に帰れたらしい‥‥。



沢山のヒトに助けて貰った。

やっぱり私は、貰ってばかりだ‥‥。

返していきたい‥‥この恩を。


少しずつ


出来ることから‥‥。





その後、闘技場の門は閉じられ、魔物達はそれぞれの家や店に帰っていく。

私は、ルークの持っていた回復薬で傷を治療してもらい、スカーレットの居る執務室へと入って行った。



スカーレットは窓の外を眺め立っている。

その背中が、何処と無く寂しさを纏っているような気がしたのは‥‥

気の所為だろうか‥‥。


さっきまで、私を殺そうとしていた相手に、そんな事を考えてしまう私は‥‥きっと甘すぎるんだろうな‥‥。

何でか分からないが、全然悪意が湧かない。
逆に仲良くなりたい‥‥って思ってる自分がいる。

けど、人間に付けられた傷を、人間の私が、彼女を癒すことなんて‥‥果たして出来るのだろうか‥‥。


そんな事を考えていると、スカーレットは振り返り椅子に腰掛けた。

「先程は取り乱してしまって済まなかった‥‥ついカッとなる癖があってな。

まぁ、見事な戦いぶりだった‥‥。君をあの場で殺すつもりだったのだが、約束は約束だ‥‥。
処刑するのは取り止めにする。

おめでとう‥‥君の勝ちだよ」


「私の‥‥勝ち?」

「まさか‥‥本当に傷を付けられるとは思っていなかった。
人間の君を、この街で住むことを許可しよう」


認めて‥‥貰えた?
これで堂々と、ここに居ることが出来るのか?
ここに居て‥‥いいのか?

嬉しかった私は、ルークの方を振り返りパァっと笑ってみせた。
ルークも微笑み返してくれる。

が、スカーレットの言葉が、それをかき消してしまった。

「だが、闇精霊術師である人間を放置する事も出来ない。

だから君を、魔軍の管理下に置かせてもらう。」

「姉貴!魔軍って‥‥マジかよ!?!」

ジェイトが身を乗り出す。
いつも余裕そうな表情なのに、今日は珍しく焦った様子だ。

魔軍の管理下って‥‥
どういう意味なんだ‥‥?

「ジェイト、ルーク‥‥。言っておくが君達もだ。

魔軍兵になれとは言っていないが、君達を我々の戦力に入れさせてもらう。

ので、私と副団長の直属の部下に配属させることにする。

拒否権は‥‥無いぞ」


「何だ‥‥それ‥‥直属の部下?配属?‥‥それってどういう‥‥」


突然の事に、頭が回らなかった。
いきなり魔軍に入れって言われても‥‥。

いまいち魔軍の事も分かってないのに。


不安が襲った。

すると、ルークは私の肩に手を置き前に出る。
その時顔が‥‥怒っているようにも見えた。

「俺達は戦わない。魔軍の狗にもなるつもりは無い。
‥‥これ以上、シロナを危険に晒すことは俺が許さない‥‥絶対‥‥」

「ルーク‥‥」


私を‥‥守ってくれてる‥‥のか?
コハクも前に出て、スカーレットを威嚇している。


でもさっき、スカーレットはこう言ってた‥‥。

「言っただろ?拒否権など、君達には無い、と‥‥。

まだ人間の君を信用した訳では無いが、分からない問題が山積みなんだ。
その問題に、闇魔法が関わってる可能性が高い‥‥。

まぁ、まだ確定では無いのだが、人間には色々やって貰いたいこともある」


問題‥‥。
1つ心当たりがあった。

「凶暴化魔物」

「ほぉ‥‥‥‥察しがいいな。

だが、今はそれはいい。
近々、君達にしてもらう事があるが‥‥それまでまだ時間がある。
一旦家に帰ってもらおう。

モノン、監視と教育は君に頼もう。
私は少し出てくる」


「お、おい!姉貴!まだ話は終わってねーぞ?!」

ジェイトの呼び止める声を無視し、スカーレットはカツカツとヒールの音を立てて部屋を出ていこうとする。

「団長‥‥会いに行かれるのですか?」

「あぁ、‥‥今この街に帰ってきているらしいからな‥‥‥‥

明日には戻る」




それだけを言い残し、部屋にドアの閉まる音だけが響いて、私達は素直に喜べない状況に陥ってしまった。

とりあえず、家に帰っていいとの事だったので、ルークとあの森の家を目指す事にした。

帰る時、魔軍に取られていた鞄や短剣、あとコハクの魔具を返してもらい、街に出た。

ローブの無い私は、もうそのままの格好で外を歩くしか無く、完全に人間丸出しの状態で街の真ん中を歩いた。

魔物からの視線。
コソコソと話し声も聞こえる。

きっと、さっきの戦闘の話でもしているんだろうな‥‥。
それでも、私を襲ってくる魔物は居なかったが‥‥いつ襲われるのかとても不安だった。

ルークも警戒心を強くし、私をガードしながら歩いてくれる。


そんなビリビリした状態で、何とか街を出ることが出来た。


そう言えば‥‥
少し落ち着いてから、ジェイトが家に来ると言っていたが‥‥。


とにかく、色々ありすぎて疲れた‥‥。

ロギもずっと黙ったまま‥‥。
話しかけても応答しない。

まぁロギもすごく頑張ってくれたし、むしろロギのおかげで何とかなった部分もある。

今はソっとしておくのが1番かもしれない。


「明日、ゆっくり休んだらエレティナ達のところにお礼を言いに行ってもいいか?」

「あぁ、分かった。だが俺も行く。

どうせ、ナディアの所にも行くんだろ?」

「うん‥‥。ありがとう」

「‥‥ふん。素直な助手になったもんだ」

偉い偉いと、頭を撫でるルーク。

「だからっ!子供扱いするなっ!」


いつもの平和なやり取りに、思わず2人で吹き出す。

久しぶりに感じる‥‥私達の帰る家‥‥。

我が家って言うには、まだ小っ恥ずかしいけど‥‥。
その家を見ただけですごく安心した。

扉を開けるとルークが
「おかえり‥‥シロナ」

と言うので、私も

「‥‥ただいま!」

と言い返した。
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