灰色ノ魔女

マメ電9

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第一章 白黒から虹色に

第三十六話 守る理由

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スカーレットそっちのけで、コハクの元へ駆け寄るシロナの姿を見ていた観客達は、困惑していた。

何故、絶好のチャンスなのに、ドラゴンを優先するのか。

このチャンスを逃せば負けてしまうかもしれないのに。

自分の勝利を放って、何故わざわざ人間の敵であるはずの魔物を助ける?

そんな疑問に駆られていた。

スカーレットも理解に苦しんでいる様子‥‥。




シロナは剣の持ち手の所で鍵を壊し、鉄の鳥籠からコハクを取り出した。

「コハク!‥‥今魔力を渡してやるからな!だから、死ぬな!」

手をコハクの頭に置いて、魔力を注いでいく。
すると、辛そうな表情が和らいでいった。
やはり魔力不足に陥っていたのだ。

今はこれで大丈夫だろうが、早く魔具を付けてやらないと、また魔力不足に陥ってしまう。

でも、それが保管してある場所が分からない‥‥。

コハクをとりあえずここから逃がし、スカーレットを倒して取り返す。

それしか方法が無い。


そう考えていた。





「コハク‥‥!どうしたのかな?!全然動かないけど‥‥まさか魔力不足?」

「え?!コハクちゃん魔具付けてないの?!」

「みたいだよ‥‥、じゃなかったら、シロナが直接魔力供給する必要が無いもん!

‥‥もしかして、魔軍に取られちゃったかな‥‥どうしよう‥‥。
あれじゃシロナが思いっきり戦えないよ‥‥」

「シロナのあの魔法は、この為の足止めか‥‥」

ポルクとジェイトが心配そうに視線を送る。
その時、エレティナがポルクの肩を叩いた。

「ポルク!お願いがあるんだけど、今からお使い頼んでもいいかしら?!」

「え?」


用件を伝えられたポルクは、人ごみを掻き分けて闘技場を後にした。

「エレティナ。ポルクに何頼んだんだ?」

上手く聞き取れていなかったジェイトがエレティナに聞く。

「シロちゃんに必要な物よ。私が走るより、ポルクの方が速いからね。間に合うといいけど‥‥」

「シロナ‥‥」


再び視線を向ける頃には、魔力供給が終わりかけていた。

「あと‥‥もう少し‥‥!」

「《シロナ!あんまり魔力使い過ぎるな!動けなくなるぞ!》」

「その時は、その時で考える!ちょっと黙って!!」

「《‥‥‥‥シロナ‥‥》」

ありったけを注ぐ。
するとコハクの目が開き、体を動かせるようになってきた。

と、同時に。
背後で、ドーンッ!と爆発音がした。

振り返ると、地面ごと炎魔法でぶっ飛ばすスカーレットの姿が。
地面を抉りとる事で、シロナの魔法を破壊したのだ。

まさに力技。

スカーレットはゆっくり歩きながら近づいてくる。


「人間‥‥一体どういうつもりだ?。
あのタイミングで何故私に攻撃しない?。
何故そのドラゴンを助けようとする?。
何故自分の命を優先しない?。

何故‥‥

‥‥何故だ‥‥人間‥‥?」


何故?

またこの質問だ。

あのドラゴンにも、何故魔物を助ける?と聞かれた。

私はあの時、自分の事さえもよくわからず、ただ、ただ、見殺しにするのが嫌だから。

目の前で救える命があるなら、助けたいってそう思ったから‥‥。

それだけの理由だった。


父さんを殺したあの魔物は、確かに怖かった。
でも、みんながみんなそうじゃない。

私を暗闇から救い出してくれたのも、魔物。
沢山の大切なものをくれたのも魔物。
光をくれたのも魔物だ。




私は‥‥‥‥


「答えろ!!!」

少しの間考え込んでしまっていたようで、返事を返さない私にイラついた彼女が怒鳴った。

「あんた‥‥何でそんなに人間が嫌いなんだ。親だって人間だったんだろ?」

「‥‥黙れ人間」

「それとも、人間に大事な人を奪われたのか?」

「黙れ!!!私の質問に答えろ!!!」

図星とも言える反応。
怒鳴り散らかす彼女。

「クゥ?」

体を動かせるようになったコハクが、私の肩に乗り、心配そうに顔を覗き込んでくる。

コハクの頭を撫でて、私は冷静に答えた。




「私の父さんは‥‥魔物に殺された。





父さんは魔物を殺すような人じゃなかったけど‥‥街に入り込んだ魔物に襲われ亡くなった。
そのせいもあって、私は魔物の事が怖かった。

でもな、魔物であるルークがこう言うんだ。
出会って間もない私に、俺の助手になれって‥‥。
笑っちゃうだろ?

それからトトーが家に来て大騒ぎになるし、エレティナの所に行ったら素材を取って来いって言うし。
そこでコハクに出会って。
ポルクと街に納品に行って‥‥。
ジェイトが助けてくれて‥‥。

ルークが必死になって私を探しに来て、抱きつくわ、デコピンされるわで‥‥。

私のモノクロだった世界が、一気に虹色になっていった。



そんな人達のことを、大切に思わない訳が無い。
くれた物を、返していきたい。
与えられるヒトになりたい。

人間だから?
魔物だから?

そんなもの知ったことかっ。

理解し合えば、協力し合えば、世界は変わる。
私が変われば、周りも変わる!!
周りが変われば、世界が変わる!

そしたら!憎しみの連鎖は終わるんだと、私は信じてる!


だから、私は‥‥‥‥


この子を‥‥


魔物を守るんだ」


人間から、思いもよらぬ発言。

理解し合う?

協力し合う?


スカーレットの目には、シロナとシズクが重なって見えていた。

あの日

シズクが語っていた、未来の話。

シズクが果たせなかった夢。

儚く散ってしまった命‥‥。



そのシズクの意志と、この人間の意志が同じ?


有り得ない

有り得ない、有り得ない

有り得ない、有り得ない、有り得ない!!


許せない‥‥。

私は、シズクの全てを奪った人間共を‥‥

許せないっ!!!!!



スカーレットの心の底から

憎しみが

憎悪が

怨みが

怒りが‥‥


どんどん噴き出してくる。

「人間の‥‥‥‥人間の分際がぁぁぁあああ!!!!」


直剣を構え突撃してくるスカーレット。
私は咄嗟に、コハクを掴み後ろへ投げた。

驚きながらも、体制を整えて空を飛ぶコハク。
私は叫んだ。

「コハク!早く逃げろ!!巻き込まれるぞ!」

「クゥクゥ!!」
首をふるふると横に振るコハク。

だが、その我儘を許すわけにはいかなかった。

「ダメだっ!!!!
‥‥コハク。

私の為に‥‥行ってくれ」


そして、直剣と短剣がぶつかり合い、火花が散った。

コハクは辛そうに観客席の方へ飛んでいく。


良かった‥‥。
今のコハクじゃ、この戦いに参加しても‥‥‥‥。

でも、私は1人じゃない。

ロギがいる。

ルークも、ジェイトも、ポルクもエレティナも‥‥そしてナディアも‥‥!

この勝負負けるわけにはいかない。

「行くぞ!ロギィー!!」
「《小娘の餓鬼ぃ!!俺達でぶっ潰してやらァ!!》」

ロギの魔法で、また電気を纏うシロナ。

もう体がもたない。

だから、コレが


最後だ!!





コハクがふよふよと逃げ場を求め飛んでいると、聞き覚えのある声がコハクを呼んだ。

その方向を見ると、ゼーゼーと息切れをしているポルクとエレティナとジェイトが居た。

コハクにとっては、何かシロナと一緒にいた人ぐらいの認識だったが、ある物が目に入り真っ先に飛んでいく。

「良かった!コハクこっちに気づいたみたい」

「これで上手くいくと思うんだけど‥‥‥‥シロちゃん‥‥大丈夫かしら‥‥」



血も足りない。魔力も足りない。

シロナにとって、苦しい戦いとなった。

血を流しすぎたことで、目眩の症状も出始める。
それでも、無理矢理体を動かした。

何撃も何撃も繰り出される攻撃。
それを、掠れてくる目を細め、見極めながらいなす。

もう、足にも力が入らなくなってきた。

「守ると言っておきながら、何だその太刀筋!!

人間の分際が、シズクと同じ事をほざくな!!」


強力な横振り。

何とか剣で受け止めたが、弾かれ、後ろに飛ばされる。

ゴロゴロと転がり倒れるシロナ。
手を地面について、立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。


が、スカーレットは容赦なく右手をシロナに翳し、魔力を練る。

その魔力量は膨大で、超強力魔法がシロナに繰り出されようとしていた。



「終わりだ、人間。


‥‥潔く死ぬがいい」



そして、特大火炎放射が私に向かってきた。

これは、避けられない。


私の魔法で相殺も‥‥難しい。

ここまでなのか‥‥。


皆がそう思い、息を呑んだ。




諦めかけたその時。
コハクが目の前に現れた。

私の前に立ち。
大きく口を開けて。

高密度のエネルギーが溜められていく。
魔力が溜め終わると、コハクは一気にそれを放出した。


「‥‥っ!?!コハク!!」

そんな魔力を使ったら死んでしまう!

でも、コハクの首元を見ると黄色のベルトに、あの青い魔石が嵌め込まれた魔具が装着されていた。


コハクの放出した魔法は氷魔法。

一気に周辺を氷漬けにし、スカーレットの放った炎魔法と五分五分に競り合っている。


スカーレットは完全に油断していた。
だからだろう。

スカーレットの魔法が圧されて、最終的にスカーレットが避ける形に終わり。

闘技場は氷の世界となった。


「‥‥コハク!あんた凄いな!!良くやったーーー!」

攻撃を終えたコハクに抱きつく。
それくらいの元気ならあったのだ。

コハクも嬉しそうに鳴いているが、スカーレットは頭に血が上っていた。

「許さない‥‥許さない!許さない!!」

振り翳す剣。

私はコハクに覆いかぶさり守ったが、その剣が最後まで振られることは無かった。

「はーい!そこまでー!試合終了ですよ!」


間に止めに入ったのはモノン。

スカーレットの手首をガッチリと掴む。

いつの間に移動してきたのだろう。
モノンが居た席からここまで、大分離れている。

スカーレットは、モノンを睨みつけた。

「モノン‥‥邪魔をするな。これは団長命令だ」

しかし、モノンは冷静に対処。
スカーレットの左頬を指で何かを拭った。

「団長。これ見て下さい。君の血です。要するに、シロナは君に傷を付けることが出来ました」

「!?‥‥。さっきの氷魔法か‥‥」

「そうです。ので、この勝負はシロナの勝ちです!

‥‥まさか、団長自ら発言したルールを覆す‥‥なんて事は無いですよね?」


長い沈黙の後。
スカーレットは直剣を鞘に戻し、
「後で執務室に来い」

と、だけ言い残し、闘技場を去っていった。
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