灰色ノ魔女

マメ電9

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第一章 白黒から虹色に

第三十一話 おはよう

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その日の夜。
私は目を覚ました。

何故かだる重い体を起こし、部屋を見渡す。

自分でベッドに入った記憶が無い。



あと、さっきまで昼だった筈なのに外はもう暗くなっている。

自分の記憶を遡ってみたが、上手く思い出せない。



私‥‥何してたんだっけ‥‥?


確か‥‥

そうだ。財布。

財布を届けに、母さんの所へ行って‥‥


‥‥‥‥それから‥‥?


それから‥‥‥‥。



次に頭に流れてきた映像。

自分の手が真っ赤な液体に染まり、声にならない悲鳴をあげた後、足元を見ると‥‥


地面を伝って流れてくる血。

横たわり、背中に傷を負った父。


そこから先の記憶が無い‥‥。


「違う‥‥違う!こんなの現実じゃない!!こんな記憶全部嘘っぱちだ‥‥!」

そうだ。

これは悪い夢を見たんだ。

夢の記憶が今見えた。
そうに違いない。


そうだよ‥‥父さんが私一人置いてどっか行っちゃうなんて‥‥。


夢だ。

そう自分に言い聞かせた。
するとキッチンから物音が‥‥!

「父さん!」

私は慌ててベッドから飛び出しキッチンへ向かう。

「父さ‥‥ん‥‥‥‥?」

バタバタと足音を立ててやって来たが、ヤカンが沸騰しているにも関わらず、ただ椅子に座り頭を抱えているカルダの姿しか無かった。

「母さん‥‥?どうしたの?‥‥父さんは?父さんは何処?」

深刻な表情をしていた。
そして、その顔つきは私が知っているいつものカルダでは無く、酷い目つきで私を睨んだ。

「あぁ、シロナちゃん‥‥目を覚ましたのね‥‥。お腹すいたでしょ?今用意するから‥‥」

ユラっと立ち上がり台所に立つカルダ。

私の質問をスルーするカルダに私は更に問いただす。

「母さん、教えてよ!何で黙ってるの?なんか変だよ?!」

カルダに近づいた。
するとカルダは私の顔を見て悲鳴をあげた。

その時私は理由が分からなかった。
どうしてこんなにも怯えて怖がられているのか‥‥。


でも、今なら分かる。
カルダは‥‥見てしまっていたんだ。

無意識での魔力の暴走、左頬に三本線と鋭い眼光の金色の瞳。
周囲のものを次々に壊していった。
あの惨劇を‥‥。

カルダは近くで、それを見ていた。
恐怖に顔を染めて‥‥。






「いや‥‥いや!来ないで!!!」

その光景がフラッシュバックし、彼女は防衛反射で近くにあったヤカンを掴み、私の左顔に向け熱湯をかけた。


焼けるようだった。


痛くて、熱くて‥‥。


そして何より、



心が、



痛かった。

「ああああああああ!熱っ‥‥!い、痛い!痛い!!!何でっ‥‥何で‥‥っ?!」

思わずそこに崩れ落ちる。
すると、彼女からとんでもない言葉を浴びせられた。

「お前がシロウを‥‥!シロウを殺したのよ!私、目の前で見てたんだから!‥‥お前の本当の母親だってそうよ!お前を産んですぐ死んだらしいじゃない?お前は呪われてるに違いないわ!!だから私に近づかないで!!」





‥‥え?





父さんが‥‥




死んだ?



あれは、夢だろ‥‥?




お願い‥‥


誰か‥‥。

嘘だって‥‥


夢なんだよって言って‥‥







お願い‥‥‥‥‥‥。






そのまま私は部屋の一室に閉じ込められ、監禁生活へ入った‥‥。
彼女いわく近所の目もあるから外に出したくないとか‥‥。


ならいっそ‥‥私を殺してくれれば良かったのに‥‥。


大火傷を負った左顔を、近くにあった布に水で湿らせ当てながら‥‥

ポタポタと涙を零し、受け止めきれない現実に小さな体を押し潰されないよう‥‥。

ただ、ただ。

夢であることを願い続けた。


「全部‥‥私の‥‥せいだ‥‥」



そう呟く昔の自分の背後に、今の私が立っている。

肩を震わせ泣いている自分を見下ろすように‥‥。



そうか‥‥
そういう事だったのか‥‥。

父さんは最期私の為に‥‥。


ずっと憎まれていると思ってた。

私は、この世界に望まれてないと思ってた。

生まれてこなきゃよかったんだって‥‥そう思ってた。







1回瞼を閉じ、開くと真っ白な空間に立っていて、目の前には父がいた。






ずっと聞きたかった‥‥。






「父さん‥‥




父さんは、私の事‥‥‥‥恨んでいますか?

憎んで‥‥いますか?」




静かに父は首を横に振る。




「‥‥なら。私は‥‥









愛されていましたか‥‥?」





そんなの‥‥


当たり前じゃないか。





そう言うかのように、

父は大きく1回首を縦に降り、満面の笑みを浮かべる‥‥。


気づけば私の頬に、一筋の涙がツーっと流れ、
父は光の粒となり薄くなっていく。

消えていく際、父は口をパクパクと動かした。
何を言っているのかは聞こえなかったけど‥‥。
その口の動きは夢の中と同じで、

今は近くに居るから分かった。









《 愛しているよ 》








そして、父だった光の粒は天高く舞って消えていった‥‥。




これは、私の記憶とロギアンの記憶。

死んだ父に直接聞けないけど。
記憶の中の父が、愛してると言ってくれたこと‥‥。

ただそれだけで、ポッカリ空いていた穴が、心が、満たされていった‥‥。


父が光となり消えた後、私の背後にはロギアンが立っていた。



そして、私は一つ気になっていたことがあった。


「闇精霊‥‥あんただろ。私の夢の中で。‥‥私のせいじゃないって言ってきてくれたのは‥‥。」

「‥‥俺はテメェの母親と父親から、シロナの中で見守ってくれって頼まれた‥‥。
封印されている俺に出来るのは、それくらいしか無かったんだよ‥‥。毎日毎日めそめそしやがって‥‥クソが」

「めっ、メソメソなんかしてないぞ!!!ってかなんで今更?!もっと早くこの事教えてくれても良かったんじゃないのか??」



そうだ。


もっと早く教えといてくれれば、こんな長い間悩まなくて良かったんだ。



「仕方ねぇだろ。俺は完全に封印されてたんだから、こうやってテメェと接触すること自体封印を壊すきっかけになりかねなかったんだ。‥‥まぁ結果的にちゃんと知れたんだから良いじゃねぇかよ」



呆れ顔で私を見下す闇精霊を、私は膨れっ面で睨みつけた。



「あと、俺の事を闇精霊って呼ぶな」


すると、ちょっと頬を赤く染め、照れ臭そうに言った。

「前に言ったが、俺の名前はロギアン」


私はオウム返しするように続けて名前を呼ぶ。

「ロギアン‥‥」



ロギアンは頭をポリポリとかきながら後ろを向く。


「‥‥ロギでいい。レイナもそう呼んでたからな」

「そうか‥‥母さんも‥‥」



もっと知りたい‥‥。
ロギの事も。
父さんの事も。

そして、顔も見たことの無い

母さんの事を。




「なら、これからよろしくな‥‥ロギ!」


ニッと笑うとロギも軽く微笑み、私に近づいてくる。


「やっぱテメェはシロウの娘だな‥‥。笑った顔がそっくりだ‥‥。
いいかシロナ、これからテメェには色々苦難が待ち受けてる。俺は再び封印されるその時まで、テメェを全力でフォローしてやる。‥‥犬の餓鬼に詳しいことは話した。だからさっさと向こうに帰れ‥‥いいな?」

「ルークの事?ルークと話したのか?」

「あぁ、少しだけだが‥‥早く起きてやれよ、アイツ心配でクンクン鳴いてやがったからよ!」













突然目の前が真っ暗になった。

きっとロギが私を精神世界から追い出したのだろう。

そして、長い間閉じていた瞼を上げると、向かい側の牢屋にルークが鎖で縛られているのが見えた。



あぁ‥‥帰ってきたんだ‥‥。

私の今の居場所に‥‥。


おかしな話だけど、牢屋にいるのに何故かその顔を見ただけで、すごく安心した‥‥。


ルークは私が目覚めたのに気付いて、鎖をジャラジャラと鳴らしながら身を乗り出して叫んだ。

「シロナ!」

その焦りの様子から、ロギの言っていたことは本当だったんだと思った。

それは何だが、こそばゆくて、嬉しかった‥‥。

「ルーク‥‥ごめん寝過ぎたな‥‥



‥‥おはよう」
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