灰色ノ魔女

マメ電9

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第一章 白黒から虹色に

第二十六話 涙の覚醒

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ナディア‥‥!

ナディア‥‥!


頭の中はそれでいっぱいだった。

もし、あんな凶暴化した魔物に襲われでもしたら‥‥。
あんな小さな女の子が助かるわけがない!

嫌なイメージしか浮かばず、胸が騒いでうるさかった。

ルークもコハクも振り切り、街を走り回る。

最悪私が出くわしたとしても、もう丸腰ではない。
一通りの立ち回りも出来る。
だから、ナディアを逃がすくらいの時間は稼げるはず!

本当の本当にヤバくなったとしたら‥‥。
‥‥魔法も使わなければならないだろうけど‥‥。

1回くらいなら‥‥!





「きゃーっ!」

突然女の子の叫び声が耳に入った。

「!!。ナディア!!」

今の声は、間違いない。

ナディア!

すぐその声の元へ方向を変え走る。


角を曲がり、息を切らしながら私は‥‥足を止めた。




‥‥時間が止まったようだった。



景色も何も目に入らなくなり、その一点のみを見つめる。


地面に転がるぬいぐるみ。

クリーム色だった毛並みは赤へ。

地面も赤。

赤。

赤。



目線をゆっくり上げると‥‥。

ボロボロの鎧に血塗られた体。
血走った目。
2本の折れた角。
鋭い牙をした人狼の姿‥‥。

ダブる。

あの日と‥‥。

父さんが‥‥死んだ日。



人狼が荒い息をたてて、私の気配に気づき向きを変えた瞬間。



私は見てしまった。



人狼の左手に握られ捕まっているナディアの姿を。



嘘だ‥‥っ!

こんなの‥‥夢に決まってる‥‥っ!

「ナ、ナディア‥‥?」

酷い傷を負っている少女に声をかけたが、その体が動くことは無かった。


ああ、あああ。

頭の中でフラッシュバックが起こり、胸の奥から何かが溢れ吹き出しす。

父さん‥‥。

ナディア‥‥‥‥‥‥‥‥。



また‥‥‥‥




私の‥‥‥‥せい‥‥か‥‥






キーンッ!



どこからか、鎖の引きちぎれる音が聞こえた‥‥。




すると黒い影が私の体を取り囲む。

精神世界で闇精霊が、シロナ!やめろ!と叫んでいるのが聞こえた気がしたが‥‥。






もう、何も‥‥









‥‥聴こえない‥‥‥‥。











次の瞬間。

人狼の左腕が宙を舞う。



切り口からは大量の血が吹き出す。


そして、ナディアは腕と共に地面に落ちた。

人狼も何が起こったのか訳が分からなくなっている様子だったが、シロナを見てその原因が判明する。




彼女には、きっと意識はない。




翡翠色の右目からは涙を流し、左頬に三本の縦線模様、そして左目は、金色に輝く鋭い眼光。

極めつけには、謎の黒い影が彼女の周辺を取り囲むように漂っていた。



ゆらゆらと体を揺らしながら近づいてくるシロナに、流石に凶暴化した魔物も恐怖の色を隠せない。

しかし、魔物はシロナへ襲いかかる。
人狼なのでスピードはかなりのもの。

シロナは影を巧みに操り、影の刃が魔物を切りつけるが、魔物はスルスルと避けて一気に距離を詰めた。

もらった!と言わんばかりに、魔物は鋭い爪を振りかざす。




が、何故か彼女には当たらなかった。
爪は地面に突き刺さっている。




攻撃に向けていた影とは別の影が、シロナの体に纏い、後方に飛び避けたからだ。

予想外の動きに翻弄される魔物。
しかし、魔物は諦めずに再び襲いかかる。

すると彼女は影攻撃は止めて、左手に黒い魔力を集め出した。




そして、こう唱える。





「ダーク‥‥カレント」







その頃、ルークも走っていた。

コハクの様子が激変し、毛並みを逆立てフーッフーッと息を荒立てている。

シロナに何かが起きたことは、コハクを見れば一目瞭然。

「クソっ、どこまで行ったんだ!そう遠くないはずなのに!」


焦り走るルークの斜め前方で、突然真っ黒の電流が天に昇るのが見えた。

バリバリバリ!
と激しい音を立てながら。

「あそこか!!」

さっきの電流を目印に向かう。




辿り着いた時‥‥‥‥もうそこに

ルークの知っているシロナは

居なかった。


電流により弱り切った人狼を片足で踏みつけ、腰の鞄に付けていた短剣をスラッと抜く。



剣を高く上げるシロナ。


魔物はもはや、虫の息‥‥。


後は振り下ろすのみ‥‥‥‥。


シロナと同じ瞳の色をした翡翠色の刀身が赤く染まろうとした瞬間。

シロナにドンっと衝撃が走った。

それと同時に地面に弾き落ちる短剣。
刀身は変わらず翡翠色に輝いたままだ。

「あああああああ」

悲痛な叫びをあげる彼女を覆いかぶさるように抱きしめるルーク。

流石のルークもこの状況を把握するのは難しかった。
でも、この魔物をここまで追い込んだのは、間違いなくシロナだと確信。

そして、シロナの中の何かが目覚めたことも、一見して分かった。


「シロナ‥‥っ!落ち着け!俺だ!ルークだ!目を覚ませ!」

「あああああああ」

しかし、シロナの抵抗は収まらない。
どうにもならないと思ったその時。

「あ~あ。何かシロナの様子がおかしいと思って来てみたら‥‥嫌な予感が的中してしまいましたね」

「せ、先生!」

モノンという、強力の助っ人が現れたのだ。
「ちょっと眠ってようね」

そう言うとシロナの額に何か魔法をかけ、一気にシロナの力は抜けていき、眠りについた。

崩れ落ちるシロナを抱き抱えるルーク。

すかさずモノンは拘束魔法を人狼にかけ身動きを取れなくし、ナディアの元へ。

しゃがみ込み脈をとる。

「うん。まだ生きてますね」

「先生!俺の回復薬を!」

「いえ、それは必要ないですよ。それじゃぁ追いつきませんから」

何故かルークの回復薬を断るモノン。

モノンは首飾りの魔具をグッと握ると呟き唱えた。

「さぁ、出番ですよ。力をよこしなさい。光精」

途端にモノンの周りに光が集まり、そのままナディアに手をかざすと忽ちナディアの傷が癒えていった。

ルークも目をカッと開き見入っている。

何故なら、モノンの使った魔法。

それは遠い昔、失われたはずの魔法。

光魔法だったからだ。

「はい。これで大丈夫ですよ!」

次から次へと、訳の分からない現状に普段クールなルークも頬に汗が伝っていた。

「先生‥‥。あなたは‥‥」

説明してもらわないと‥‥!
一体シロナに‥‥何が‥‥?
何故光魔法をあなたが‥‥?

問いただそうとしたが、更に現状を訳の分からなくする出来事が起きた。

コハクが突然もがきだしたのだ。

「グックゥーーッ」

「コハク?!どうした!?」

シロナに何か起きたと思ったが、シロナは眠ったまま。
左頬の縦線模様も消えている。

なら何故?!

もがいていたコハクだったが。
突然動きがピタッと止まった。

コハク?
と、呼ぼうとした瞬間。

コハクから聞いたことの無い声が発せられた。

「くっそ。このチビトカゲめ、糞抵抗しやがって‥‥ちょっと体借りるだけだろぅがよ。ケチくせぇな」

???????

く‥‥くそ??
コハク???

ってか、コハクが喋ってる??

「よぉ、半魔物。ちょっとコイツの体を借りて話したい事がある」

こいつはコハクじゃない。

「誰だ‥‥お前」

モノンもルークの傍に寄り添うように立つ。

「単刀直入に言う‥‥。俺は闇精霊ロギアン。シロナに封印され、今先程目覚めた。‥‥シロナと俺は‥‥‥‥闇精霊術師の‥‥末裔だ」
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