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第三章 中核都市エームスハーヴェン

第五十九話 十万人vs一人

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--夕刻。 中核都市エームスハーヴェン 宿屋

 街の郊外にカスパニア軍十万が迫った事で、エームスハーヴェンの市内は騒然となる。

 ジカイラ達が領主の城に出向くと、領主のヨーカンが暗殺されたため、役人達はどうして良いか判らず、右往左往するばかりであった。

 ジカイラが傍らのヒナに話し掛ける。

「役人はアテにならんな。オレ達で対処しよう。北側の城門に行くぞ」

「対処って?」

「なぁに。オレに考えがある。任せろ」

 ジカイラ達は、北側の城門に向かった。





 
 ジカイラ達5人とラインハルト達4人は、エームスハーヴェン北側の城門前に集まる。

 城門では、郊外にカスパニア軍十万が迫ったため、街の衛兵が防衛のため、城門を閉じようとしているところであった。

 ジカイラが衛兵に話し掛ける。

「おーっとっと。門を閉めるのは、ちょっと待ってくれ」

 衛兵が苛立ってジカイラに答える。

「何だと!? 我々は、街の防衛で忙しいんだ!! 何者だ!? 貴様!!」

 ジカイラは、得意気に傍らのラインハルトを腕を掴むと、衛兵の前に引っ張り出して、告げる。

「何者とは何だ! 貴様!! こちらにおられる御方を誰だと心得る!? バレンシュテット帝国 第三十五代皇帝 ラインハルト・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット陛下なるぞ!! 控えろ!!」

 ジカイラによって、突然、衛兵や人々の前に引き出されたラインハルトは苦笑いする。

「・・・おいおい」

 ジカイラの言葉を聞いた近くの衛兵達が、ラインハルトを見て狼狽える。

「こ、皇帝陛下・・・!!」

「・・・皇帝陛下だ!!」

「助かるのか!? 俺達!!」

「間違いない。・・・皇帝陛下だ!! 皇妃様も居るぞ!!」

 ラインハルトがバレンシュテット帝国皇帝だと気付いた者達から、その場に跪き、最敬礼を取り始める。

 ラインハルトとナナイの皇帝夫妻に最敬礼を取り始める衛兵達の姿を見た市民達にも『皇帝陛下がこの街に居る』という話は伝わり、瞬く間に周囲に広がる。

 街から逃げようとしていた市民の一人が、ラインハルト達の方を向いて歓呼を口にする。

皇帝、万歳ジーク・カイザー!!」

 大通りを逃げ惑う市民達も、その歓呼を聞いて足を止め、ラインハルト達の方を見る。

 別の市民達がラインハルトを見て叫ぶ。

皇帝、万歳ジーク・カイザー!!」

皇帝、万歳ジーク・カイザー!!」

 やがて、ジカイラ達、ラインハルト達の周囲を取り囲むように人だかりができ、市民達は右手を斜め前に挙手して敬礼を取り、口々に歓呼を上げる。

「「皇帝、万歳ジーク・カイザー!!」」

「「皇帝、万歳ジーク・カイザー!!」」

 市民達は、様々な言葉を口にする。

「皇帝陛下が来てくれた! 助かるんだ! 俺達!!」

「そうだ! バレンシュテット帝国は無敵だ!!」

 その様子を見たヒナがジカイラに話し掛ける。

「凄い・・・」

 ジカイラがヒナに答える。

「『人望』ってやつだ。さて、行くぞ! ヒナ!! ・・・衛兵、馬を借りるぞ」

「ジカさん、ちょっと!?」

「オレがカスパニア軍の侵攻を食い止める! 全面戦争を防ぐには、やるしか無い!!」

「ええっ!?」

 ジカイラは、衛兵から馬を借りると後ろにヒナを乗せ、城門から郊外に陣取るカスパニア軍に向かって一騎で駆けて行った。

 ラインハルトの傍らにいるナナイが口を開く。

「一騎で、どうするつもりなのかしら?」

 ラインハルトは微笑んで答える。

「彼らに任せてみよう」

 リリーが口を開く。

「十万の軍勢を相手に一騎で??」

 エリシスがリリーに答える。

「『黒い剣士』のお手並み拝見ね」

 ケニーも口を開く。

「ジカさん、流石に無茶だよ・・・」

 ルナが答える。

「ジカさんなら、何とかしてくれると思う」









--エームスハーヴェン郊外 カスパニア軍 野戦陣地

 一騎でカスパニア軍に駆け寄ってくるジカイラにカスパニア軍の見張りが問い掛ける。

「此処から先はカスパニア軍の陣だ! 何者だ!? 貴様!! 軍使か!?」

 ジカイラは、見張りに告げる。

「帝国無宿人、ジカイラ推参!! カスパニア軍の大将は、オレと一騎打ちで勝負しろ!!」

 カスパニア軍の見張りは、驚いて答える。

「しょ、将軍に伝える! しばし、待たれよ!!」

 そう言うと見張りは、本陣に向けて走って行った。

 ヒナがジカイラに話し掛ける。

「一騎打ちなんて、無茶よ! ジカさん!!」

 ジカイラは、馬の上にヒナを残したまま自分だけ馬から降りると、魔剣シグルドリーヴァを鞘から抜いて地面に突き立て、柄の上に両手を置き十万人のカスパニア軍に向かって唯一人、対峙する。

 ジカイラは、顔だけ振り向いて笑顔でヒナに答える。

「一騎打ちで敵の大将を倒す。ヤバくなったら、バックレる。簡単だろ?」

 ヒナが呆れて答える。

「・・・もぅ」







--カスパニア軍 本陣

 本陣には、将軍のロビンと宮廷魔導師のナオ・レンジャーが居た。

 見張りが本陣に駆け込んで報告する。

「将軍閣下! 敵が現れました!! 敵の騎士が、ただ一騎で我軍に対峙しております!! 『帝国無宿人、ジカイラ』と名乗っており、その騎士は将軍との『一騎打ち』を所望するとの事です!!」

 報告を聞いたロビンとナオ・レンジャーは驚愕する。

 ナオ・レンジャーが呟く。

「『帝国無宿人ジカイラ』!? 王太子殿下の報告書にあった、あの『黒い剣士ジカイラ』か!?」

 ロビンが口を開く。

「十万の軍勢を相手に、一騎で対峙だと?」

「はい」

 ナオ・レンジャーは、ウットリと嬉しそうに口を開く。

「十万の軍勢に一騎で立ち向かい、将軍との『一騎打ち』勝負だなんて。男らしいわねぇ・・・。ロビン、その勝負、もちろん受けるんでしょうね?」

 ロビンが気不味そうにナオ・レンジャーの方を見て答える。

「・・・んん?」
 
 ナオ・レンジャーがロビンに告げる。

「列強カスパニア王国の将軍が一騎打ちの勝負から逃げたなんて、全軍の士気に関わるわよ!?」

 ナオ・レンジャーの言葉にロビンが黙る。

「・・・」

 ナオ・レンジャーが渋るロビンを一喝する。

「アナタも男でしょ? なら、受けなさい!!」

「・・・はい」

 ナオ・レンジャーが報告に来た見張りの兵士に答える。

「ロビン将軍は一騎打ちで勝負するとのことだ! 我々、二人が出向く! 貴様は下がって良い!!」

「はっ!!」

 ロビンとナオ・レンジャーは馬に乗り、前線のジカイラ達の元へ向かう。

 ナオ・レンジャーは楽しそうに微笑みを浮かべる。

(『黒い剣士ジカイラ』。十万の軍勢に一騎で立ち向かう男気は合格ね。私の目に叶う男だと良いけど)
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