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第六章 解放戦線

第百十六話 アジト、受け継がれるもの

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--キャスパーシティ郊外

 初代キャスパー・ヨーイチ男爵とアクエリアス・ナトは、キャスパーシティ郊外に居た。

 二人の目の前には、廃屋となった無人の農家があった。

 キャスパーが尋ねる。

「・・・ここがアジトか?」

 アクエリアスが答える。

「そうだ。・・・こっちだ」

 アクエリアスの案内で二人が向かった先は、農家の廃屋の近くに立っている石造りのサイロであった。

 キャスパーが訝しんで尋ねる。

「農業用のサイロではないか」

 アクエリアスがサイロの入り口の扉を開けて中に入る。

 キャスパーは、サイロの中に入って驚く。

 本来、牧草を保存するサイロの中は、三階建てに改造されて仕切られており、居住スペース、倉庫、工房などがあった。

 中には、十人ほどのトラキア人の男達がおり、それぞれ、忙しく動き回っていた。

 アクエリアスが口を開く。

「ようこそ、トラキア解放戦線のアジトへ。まさか、農業用サイロがアジトだとは思わなかっただろう?」

 キャスパーは感心する。

「ああ、よく作ったな」

 アクエリアスが得意気に答える。 

「ふっ。世界最高の頭脳である、このオレが仕切っているんだ。これくらい楽勝だ」

 キャスパーが尋ねる。

「・・・お前達、トラキア解放戦線の本部はどこにあるんだ?」

 アクエリアスが答える。

「トラキア第二の都市カルロフカさ。あの街は未だ帝国軍に屈せず抵抗している。同志が帝国軍の重包囲を突破して、このアジトと連絡している」

「ほう」

 アクエリアスは、工房で男達が作っている物を指で指してキャスパーに告げる。

「アレが見えるか?」

「・・・アレは?」

 アクエリアスは楽しそうに答える。

「爆弾さ。帝都で爆発させて、一面、血の海にするのさ。・・・ククク、今から楽しみだ」
 
 キャスパーは、爆弾テロを楽しげに語り、極左の狂気を醸し出すアクエリアスに嫌悪感を感じるが、あえて触れないでおく。

 キャスパーが尋ねる。

「・・・それで、私は、どの部屋を使えば良いのだ?」

 アクエリアスが答える。

「生憎、アジトは満室でね。済まないが、農家の廃屋を使ってくれ」

 キャスパーは、渋々、了承する。

「・・・判った」

 キャスパーは、トラキア解放戦線のアジトのサイロを出て、農家の廃屋へ向かった。







--数日後、帝都 皇宮

 ソフィアは、自分の部屋で髪の色と同じ赤いドレスを着て、緊張した面持ちで姿見の鏡を繰り返し見て、入念に自分の服装を確認していた。

 ジークの母親であり皇妃であるナナイから、「二人きりで会いたい」と、お呼ばれしていた。

「ドレスを着て来るように」

 それがナナイからの要求であった。

 ソフィアは、伯爵家筆頭のゲキックス家の生まれであり、帝国竜騎兵団を率いる帝国四魔将アキックス伯爵の孫娘である。

 家柄的には、皇太子妃として十分であり、ソフィア自身も誇りに思っている。

 しかし、皇妃のナナイは、帝国最大の領地を持ち最上位の貴族であるルードシュタット侯爵家の出身であり、貴族としてソフィアより格上の家柄の出であった。

 先の革命戦役で皇帝ラインハルトと共に数々の戦場を戦い抜き、遂には革命政府を倒して帝政を復活させ、数年で帝国を復興した英雄達の一人でもある。

 ちなみにバレンシュテット帝国に公爵家は存在しない。暴力革命で「帝室に連なる者達」として全て粛清されていたためである。

 気が強く、気性の激しい性格のソフィアであったが、さすがにナナイと二人きりで会うとなると、落ち着かず、緊張を隠せないでいた。

 ソフィアは美人でありスタイルも良く、着飾れば『貴族の淑女』としても華があるのだが、いかんせんソフィア本人が普段、軍服や竜騎士の甲冑を好んで着ており、ドレスは着慣れていなかった。




 侍従がソフィアを迎えに来る。

「ソフィア様。お時間です。お迎えに上がりました」

 ソフィアは自分の部屋を出て、侍従と共にナナイの居る皇帝の私室に向かって廊下を歩く。

 廊下で、すれ違う者達は、珍しいドレス姿のソフィアに驚いた表情で一礼する。




 自分の服装におかしなところは無いか。

 何か失礼に当たる事は無いか。

 話題は何を話せば良いのか。

 色々とダメ出しされるのではないか。

 不安が頭をよぎり、歩きながら色々と考えているうちに、侍従とソフィアは皇帝の私室に着く。




 侍従がドアをノックして声を掛ける。

「皇妃殿下。ソフィア様をお連れ致しました」

「どうぞ」

「失礼致します」

 侍従がドアを開けてソフィアを中に案内する。

 ナナイは、風通しの良い部屋の日陰で、椅子に座って本を読んでいた。

 妊娠中で胸が張るためか、お気に入りのゆったりとした白いワンピースを着ており、いつも上げている金髪は三編みにして一本にまとめて肩から下げており、涼しげに見えた。

 ナナイは、自分の居るテーブルにソフィアを招く。

「ソフィア。こちらへ」

「はい」

 ガチガチに緊張して同じテーブルの席に座るソフィアに、ナナイは紅茶を淹れてソフィアに勧める。

 ナナイは席に座ると、ソフィアのドレスを褒め、ドレスを着て来たソフィアを褒め、当たり障りのない世間話をする。






 半時ほどした時、ナナイは三面鏡のある自分の化粧台の前にソフィアを招く。

 ソフィアは、ナナイに招かれた通り、大人しく三面鏡の化粧台の椅子に座る。

「良いというまで、目を閉じていてね」

 ソフィアは、ナナイに言われた通り、目を閉じる。

 ナナイが自分の髪をセットしている事は判るが、ソフィアはナナイにされるがままにしていた。

 


 やがて、ナナイの声がする。

「良いわよ。ソフィア、目を開けて」

 ソフィアは、目を開け、鏡に映る自分を見て驚く。

 綺麗に結い上げた自分の髪と、頭上には『皇太子妃のティアラ』が乗せられ輝いていた。

「皇妃様! これは!!」

 ナナイは、ソフィアの後ろに立ち両肩に手を置くと、驚くソフィアに語り掛ける。

「良く似合っているわ。・・・これは、我がバレンシュテッド帝室に代々受け継がれてきた『皇太子妃のティアラ』よ。これを貴女に授けるわ。ジークとの結婚式には、これを着けてね。・・・アストリッドとフェリシアのは、今、新しく作らせているけど」

 ジークの母親であり皇妃であるナナイから『皇太子妃のティアラ』を授かるという事は、ソフィアはジークの妻として、皇太子の妃として認められたという事であった。

 感激のあまりソフィアの目に涙が浮かぶ。

「・・・皇妃様」

 ナナイは、ソフィアの両肩に置いていた手を放し、後ろから包むように首に腕を回してソフィアを抱き、穏やかに告げる。

「ソフィア。皇妃になれるのは皇太子の正妃となる貴女だけよ。・・・ジークの事をお願いね」

 ソフィアは涙声で答える。

「・・・はい」
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