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第三章 中核都市エームスハーヴェン
第五十一話 傭兵団との一戦
しおりを挟む ただただショックだった。
現れてくれるなと思っていたリアスが来た。
それだけでなく、彼が謎の女性と密会しているという事実を、この目で見る日が来てしまったことが。
ここからは彼らの横顔しか見えないが、一瞬だけ見えた女性は異国情緒溢れる妖艶な雰囲気を纏った人物のようだった。
きっと、あの見た目だけで男性を陥落させるなど、彼女にとっては容易いことだろうと想像させるほどの余裕も感じる。
見間違いであることを祈って、もう一度彼らを一瞥する。だが、視界に映るのは間違いなく、愛する夫と少しあどけなさ残るエキゾチックな面立ちの美女の姿だった。
――まさか彼女と会うために、ここに来ていたの?
何を話しているかははっきりと聞こえないが、後方から時折女性の楽しそうな笑い声が聞こえる。
そのたびに、この女性はきっとリアスに好意を持っているのだと思い知らされた。
眉目秀麗、高身長、細身ながら鍛え抜かれた精悍な身体を持つリアスは、声も良いうえ賢さまで兼ね備えている。
しかも、彼のまさに黄金比と言えるほど、左右対称の完璧な顔の左目の下には、人間味を感じる小さな可愛いほくろがあるんだから、ほっとけない気持ちも分かる。
それでいて、優しくて健気なうえに真面目だから好きになっちゃうわよね……分かるわ。
――どうしたらいいの……?
あまりのショックに自分が何を考えているのかもよく分からなくなり、ユアンさんの顔を見る。
刹那、ある言葉が脳内でリフレインした。
『ああ、あのときはエリーゼ様への片想いで、恋煩っていたんです。まさに、今のような感じでしたよ』
――まさか、リアスの不調は恋煩い……?
新しく好きな人が出来たから、最近おかしかったのだろうか。そう考えると何だか辻褄があってしまうことに、とても嫌な気持ちが込上げる。
でも、でも……もしかしたら仕事の話をしているだけかもしれない。だって、彼は決して不倫なんてするような人ではないもの。
仮にほかに好きな人ができたとしても、絶対に私との関係を精算してから関係を持つ。
私の知るラディリアス・ヴィルナーとは、そういう男なのだ。
そう思った矢先、彼らの会話の一部が明瞭に耳に入ってきた。
「そんなに好きになって大丈夫? ふふっ」
「本能だから仕方ない……。好きなんて言葉じゃ足りないくらい愛してるよ」
ポタリっ……。
固く握り締めた手の甲に水滴が落ちる感覚がした。
ゆるゆると震える拳を広げ、そっと頬に触れる。すると、氷のように冷たくなった指先が涙で濡れた。
「エリーゼ様」
決して周囲には聞こえない、細心の注意を払ったユアンさんの声が耳に届く。
ハッとユアンさんに集中すると、青筋を立て、見たこともないほど怖い顔をした彼が口を開いた。
「あなた次第です。乗り込みますか? もしそうでしたら、私は全力であなたの味方になりましょう」
さあ、どうする――そんな視線でユアンさんが見つめる中、私は力なく首を横に振った。
「突入しません。もしするにしても、もう少し状況証拠を集める必要があるわ。それに……場所が悪すぎよ」
どれだけショックであろうと、感情任せに今すぐ勢いで突入しても、ろくな事にならないということだけは理解できる。
悪いことはあれど、良いことなど何も無いのだ。
すると、そんな私の意図が伝わったのだろう。
依然としていつもの色気など台無しなほど厳しい顔つきのままではあるが、ユアンさんは少し冷静さを取り戻した。
「確かにその通りです。すみません、少々頭に血が上っておりました」
「……」
大丈夫だとでも言ってあげた方が良いのは分かっている。だが、そんな声掛けをするほどの余裕は、今の私にはなかった。
「っ……! 二人が席を立ちました」
神妙な面持ちのユアンさんが、囁き声で報告してきた。
「一緒にですか?」
「はい。ただ……」
ユアンさんの返事と重なるように、カランカランと店の扉のベルが鳴る。きっと二人が出て行った音だろう。
私はユアンさんの返事を聞く前に、思い切って二人の動向を追うべく背後に振り返った。
すると、一部ガラス張りになった店内に置いてある観葉植物の隙間から、別れる二人の姿が見えた。
「どうやらここで解散みたいですね」
恐ろしいほどに冷静なユアンさんの声が耳に届く。その声を聞き、私は彼の方へと振り返った。
「っ……」
振り返った私の顔が、きっと酷く情けないものだったのだろう。ユアンさんは私の顔を見るなり、痛ましげに表情を歪めた。
「エリーゼ様、今日は戻りましょう。私はあの女をつけますので、母と一緒に先にお帰りください」
「ええ……お願いします」
何とか彼の言葉に返事をした私は、ユアンさんとともに店を出ることになった。
幸い女性は、喫茶の目の前の建物に入っていった。
そのため、ユアンさんは女性を見失うこと無く、私をメリダさんが待つ馬車まで送ってくれた。
「奥様、まさかっ……」
馬車で待機していたメリダさんは、きっと店から出てきたリアスと女性を見たことだろう。
そして今、私とユアンさんの表情とその情報を照らし合わせ何かを察したのか、いつも温和なその表情を悲痛に染めた。
彼女は私が馬車に乗り込むと、嘆きながら私の手を包み撫でてくれた。
ただ、女性といるリアスを目の前にしても私にはまだ彼を信じたい気持ちがあった。
だからだろう。
そのメリダさんの優しく慰めるような手の温かみを感じるたび、私の心はひどく痛んだ。
現れてくれるなと思っていたリアスが来た。
それだけでなく、彼が謎の女性と密会しているという事実を、この目で見る日が来てしまったことが。
ここからは彼らの横顔しか見えないが、一瞬だけ見えた女性は異国情緒溢れる妖艶な雰囲気を纏った人物のようだった。
きっと、あの見た目だけで男性を陥落させるなど、彼女にとっては容易いことだろうと想像させるほどの余裕も感じる。
見間違いであることを祈って、もう一度彼らを一瞥する。だが、視界に映るのは間違いなく、愛する夫と少しあどけなさ残るエキゾチックな面立ちの美女の姿だった。
――まさか彼女と会うために、ここに来ていたの?
何を話しているかははっきりと聞こえないが、後方から時折女性の楽しそうな笑い声が聞こえる。
そのたびに、この女性はきっとリアスに好意を持っているのだと思い知らされた。
眉目秀麗、高身長、細身ながら鍛え抜かれた精悍な身体を持つリアスは、声も良いうえ賢さまで兼ね備えている。
しかも、彼のまさに黄金比と言えるほど、左右対称の完璧な顔の左目の下には、人間味を感じる小さな可愛いほくろがあるんだから、ほっとけない気持ちも分かる。
それでいて、優しくて健気なうえに真面目だから好きになっちゃうわよね……分かるわ。
――どうしたらいいの……?
あまりのショックに自分が何を考えているのかもよく分からなくなり、ユアンさんの顔を見る。
刹那、ある言葉が脳内でリフレインした。
『ああ、あのときはエリーゼ様への片想いで、恋煩っていたんです。まさに、今のような感じでしたよ』
――まさか、リアスの不調は恋煩い……?
新しく好きな人が出来たから、最近おかしかったのだろうか。そう考えると何だか辻褄があってしまうことに、とても嫌な気持ちが込上げる。
でも、でも……もしかしたら仕事の話をしているだけかもしれない。だって、彼は決して不倫なんてするような人ではないもの。
仮にほかに好きな人ができたとしても、絶対に私との関係を精算してから関係を持つ。
私の知るラディリアス・ヴィルナーとは、そういう男なのだ。
そう思った矢先、彼らの会話の一部が明瞭に耳に入ってきた。
「そんなに好きになって大丈夫? ふふっ」
「本能だから仕方ない……。好きなんて言葉じゃ足りないくらい愛してるよ」
ポタリっ……。
固く握り締めた手の甲に水滴が落ちる感覚がした。
ゆるゆると震える拳を広げ、そっと頬に触れる。すると、氷のように冷たくなった指先が涙で濡れた。
「エリーゼ様」
決して周囲には聞こえない、細心の注意を払ったユアンさんの声が耳に届く。
ハッとユアンさんに集中すると、青筋を立て、見たこともないほど怖い顔をした彼が口を開いた。
「あなた次第です。乗り込みますか? もしそうでしたら、私は全力であなたの味方になりましょう」
さあ、どうする――そんな視線でユアンさんが見つめる中、私は力なく首を横に振った。
「突入しません。もしするにしても、もう少し状況証拠を集める必要があるわ。それに……場所が悪すぎよ」
どれだけショックであろうと、感情任せに今すぐ勢いで突入しても、ろくな事にならないということだけは理解できる。
悪いことはあれど、良いことなど何も無いのだ。
すると、そんな私の意図が伝わったのだろう。
依然としていつもの色気など台無しなほど厳しい顔つきのままではあるが、ユアンさんは少し冷静さを取り戻した。
「確かにその通りです。すみません、少々頭に血が上っておりました」
「……」
大丈夫だとでも言ってあげた方が良いのは分かっている。だが、そんな声掛けをするほどの余裕は、今の私にはなかった。
「っ……! 二人が席を立ちました」
神妙な面持ちのユアンさんが、囁き声で報告してきた。
「一緒にですか?」
「はい。ただ……」
ユアンさんの返事と重なるように、カランカランと店の扉のベルが鳴る。きっと二人が出て行った音だろう。
私はユアンさんの返事を聞く前に、思い切って二人の動向を追うべく背後に振り返った。
すると、一部ガラス張りになった店内に置いてある観葉植物の隙間から、別れる二人の姿が見えた。
「どうやらここで解散みたいですね」
恐ろしいほどに冷静なユアンさんの声が耳に届く。その声を聞き、私は彼の方へと振り返った。
「っ……」
振り返った私の顔が、きっと酷く情けないものだったのだろう。ユアンさんは私の顔を見るなり、痛ましげに表情を歪めた。
「エリーゼ様、今日は戻りましょう。私はあの女をつけますので、母と一緒に先にお帰りください」
「ええ……お願いします」
何とか彼の言葉に返事をした私は、ユアンさんとともに店を出ることになった。
幸い女性は、喫茶の目の前の建物に入っていった。
そのため、ユアンさんは女性を見失うこと無く、私をメリダさんが待つ馬車まで送ってくれた。
「奥様、まさかっ……」
馬車で待機していたメリダさんは、きっと店から出てきたリアスと女性を見たことだろう。
そして今、私とユアンさんの表情とその情報を照らし合わせ何かを察したのか、いつも温和なその表情を悲痛に染めた。
彼女は私が馬車に乗り込むと、嘆きながら私の手を包み撫でてくれた。
ただ、女性といるリアスを目の前にしても私にはまだ彼を信じたい気持ちがあった。
だからだろう。
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