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北方動乱

第七十二話 帝都にて

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 アレク達は皇宮を後にし、皇宮の正門からまっすぐ大通りへ出て歩いていると、久々に帝都の喧噪を肌で感じる。

 道端で大道芸を披露する人。

 大通りに面して点在する噴水と東屋のベンチに腰掛けて休む老人。

 大通りを行く人々に向けて声を張り上げ、商品を売り込む売り子達。

 どこかの貴族が乗っているであろう四頭曳きの高級馬車。

 せわしなく行き交う人々と亜人達。

 アレクがおもむろに口を開く。

「やっぱり、帝都は都会なんだな・・・」

 アルが呆れたように答える。

「当り前だろ。ここは皇帝陛下が居られる、我らがバレンシュテット帝国の首都だぞ? ゴズフレズやトラキアが田舎なだけだよ」

 トゥルムも口を開く。

「うむ。帝国の繁栄を示すような賑わいだ」

 ドミトリーも口を開く。

「それに平和だ。・・・見ろ」

 ドミトリーが鼻先で指し示す先には、通りに面した店の軒先に日除け傘が付いた白い円卓と椅子を並べたカフェがあり、着飾った若い男女がお茶を飲みながら語らっていた。

 ドミトリーが続ける。

「平和でなければ、のんびり逢引きなど、できないだろう?」

「そうだな・・・」

 ドミトリーの言葉に返事をしたアレクは、歩きながら考える。

(帝国には、黒死病ペストのような疫病は無い。傭兵も人狩りも居なければ、奴隷商人も居ない)

(人種差別も無ければ、亜人達への偏見や差別も無い)

(帝国本土は戦争には無縁で、他国が侵攻してくる事も無い)

(・・・外国に出て、帝国に戻って来て、初めて気が付いた。帝国本土は平和で豊かで、人々がどれだけ恵まれているのか)

 あれこれと考え込み、物想いに耽るアレクを他所に、久々に帝都の賑わいを見たルイーゼは楽しそうにはしゃぐ。

「みんな! 見て、あそこ! カフェがあるわ!!」

 ナタリーが答える。

「新しくできたお店みたいね」 

 エルザが口を開く。

「ねね。せっかく帝都に来たんだし。あのお店で、お茶して行こうよ!」

 ナディアが同意する。

「良いわね。みんな、カフェに寄って行きましょう!!」

 エルザとナディアを先頭に、ルイーゼがアレクの、ナタリーがアルの腕を取り、カフェの方に連れて行く。

「やれやれ」

「婦女子というのは、流行りものと新しいものが好きだな・・・」

 トゥルムとドミトリーは、六人の後を付いて来る。





 アレク達は、大通りに面した軒先に円卓と椅子を並べたカフェに入り、席に着く。

 早速、女の子達は、店員にお菓子とお茶を注文し、アレク達は飲み物だけを注文する。

 程なく、店員が注文した物をアレク達の席に持ってくる。

 女の子達は、他愛のないおしゃべりをしながら、お菓子とお茶を楽しみ始める。

 アレクは、お茶を飲みながら大通りと街並みを見渡すと、再び物想いに耽る。

(・・・帝国は、水も食べ物もふんだんにある。帝国の人々は、こうしてお茶やお菓子を楽しむことが出来る)





 アレク達は、カフェでのお茶を済ませると、再び大通りを歩き、帝都都心部近くに位置するハーヴェルベルク駅に着く。

 駅の窓口で切符を買い、帝国造兵廠のある南方行きの列車に乗り込む。

 アレク達は、四人一部屋の客車の二部屋を手配し、アレク、ルイーゼ、アル、ナタリーの四人と、トゥルム、ドミトリー、エルザ、ナディアの四人に分かれて客車の席に着く。

 やがて発車時間になり、列車は汽笛を鳴らしてゆっくりと動き始める。

 アレクは、ぼんやりと窓の外を眺める。

 車窓から見える景色が流れていく。

 列車が線路の継ぎ目に差し掛かる度に重い金属音を立てる。それは列車が加速していくにつれ、その間隔は短くなっていく。

 先ほどから度々、物思いに耽るアレクの姿を見かねたルイーゼが話し掛ける。

「アレク。どうしたの? さっきから考え込んでいるようだけど??」

 心配げに様子を窺うルイーゼにアレクは微笑み掛ける。

「・・・帝国の中に居た時には気が付かなったけど、改めてバレンシュテット帝国は豊かで、凄い国なんだなって思ってね。任務でトラキアやゴズフレズといった外国に行って、帝国に戻って来て、初めて気が付いたんだ」

 アルが呆れたように告げる。

「アレク。そんなことに今頃、気が付いたのか? 帝国は都会で、外国は田舎。それだけだぞ??」

 アレクは、苦笑いしながらアルに答える。

「それはそうだけどさ。・・・じゃあ、『帝国と外国の差』って、どこからきているのかな・・・とか、思ってね」

 ナタリーが口を開く。

「それは、帝国と外国の『文明や技術の水準の違い』じゃない?」



 浮遊フローティング・水晶クリスタル魔力マナ・水晶クリスタル、魔導石を扱える技術や、上下水道、鉄道、石畳などで舗装された道路といった社会インフラなど、バレンシュテット帝国は諸外国に比べ、抜きんでていた。



 ナタリーにアレクが答える。

「・・・単に技術的にだけじゃなく文化的、文明的にもね。・・・帝国は、亜人達への差別も偏見も無いし、黒死病ペストのような疫病も無い。人狩りも奴隷商人も居ない。トラキアの人々のように、水の出る井戸を巡って争う事も無い。ゴズフレズの人々のように、飢えに苦しむことも無い。帝国の人々は、国内で争う事も無く、豊かに暮らしている。その事に気が付いたんだ」



 アレクは、ナタリーに当たり障りなく答えるが、帝国と外国の一番の違いに気が付く。

(帝国と外国。一番の違いは『統治者』だ)

(国内の人種や種族間の融和を進め、産業を発展させて経済的に豊かにする)

(これが・・・バレンシュテット帝国。父上の治世・・・)

(父上・・・、兄上・・・)




 アレクは、人々が豊かに暮らし、平和と繁栄を謳歌するバレンシュテット帝国を造り上げた父ラインハルトの政治手腕に改めて気が付く。

 アレクの父、皇帝ラインハルトは、革命戦役で各地を戦い抜き、革命政府を倒した騎士の英雄であるだけでなく、内戦で荒れた帝国を数年で立て直し、経済も産業も発展させて帝国を軍事大国から超大国に押し上げた優れた統治者でもあった。




 アレクとジーク。二人の父ラインハルトは、騎士としても、帝国の統治者としても、偉大な英雄であった。

 皇太子として、偉大な父の後を引き継ぐ兄に掛かる重圧は、想像を絶するものだろう。

 長男である兄のジークが必死に勉強し、鍛錬に励んでいた理由が、今になって痛いほど理解できる。

 アレクは、トラキアとゴズフレズの戦いで勲章を貰い、上級騎士パラディンになって、自分は、多少なりとも父や兄に近づいたと思っていたが、まだまだ及ばない事に気が付く。


 

 ルイーゼが微笑みながらアレクに話し掛ける。

「アレク。いろいろと考え過ぎよ。・・・そろそろ、列車が駅に着くわ」

 アレク達が乗る列車が帝国造兵廠のある帝都郊外の駅に到着する。
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