冥界の愛

文字の大きさ
上 下
84 / 107

継承の儀式

しおりを挟む



「え?じゃあ どこの誰かもわからないの? なのにコレーはそれをずっと信じていたの?」

「えぇ、信じたわ。だってその方は私のお祖母さまだと仰っておられたもの。」

 お母様は信じられないって顔をして、私を見つめる。

昔から、いったん神殿から外に出ると、『デーメテール様には内密で』と私を訪ねてくる人や、不思議な出来事はよくあった。

もちろん 危険な事や、いかがわしい時は母の『護りの力』が作動して近づけない。不埒者には天罰が待っていた。
そんな事も全てを母に告げた訳ではなかった。地母神である母に嫉妬して、その娘になら何とか出来ると思ったのだろう。悪口や嫌味を言ってくる神々や使徒もたくさんいた。いちいち告げ口してたらキリが無い。私と母とニンフ達がここで暮らして困らないなら、例え幼い私の心が多少傷ついても何も言う必要はない。『護りの加護』が発動しない程度なら母も感知はできない。
それに幼い私には、傷ついた心を慰めてくれる素敵な友がいた。周りの花々でもチビニンフ達でもなく、温かく穏やかなオーラで包んでくれる、姿の見えない声だけの不思議な友だった。幼い子どもの私に『悪意の真実』を突きつける綺麗な顔をした神々。母に心配かけたくないと誰にも打ち明けられずに。心が壊れてしまわなかったのはその友のお陰だった。

 デーメテールの神殿のお家に母の不在時に訪ねてきて、しかも私だけに用がある人もいた。その中でも最も印象的な方がいた。「あれには言ってない」と言われると、母よりも高貴な神で知り合いなのだろう。

 
幼い頃の出来事を思い出していると、お母様がまた尋ねる。


「貴女のお祖母様ですって⁈」

「えぇ、お名前は仰らなかったけど、『お前の祖母だ』とだけ。何よりもお母様と同じオーラだったわ。」

 他の方ならそんな話は信じなかっただろう。
でも、その祖母という方は『既にその力とその役目は受け継がれてしまった』と言われたの。何か悲しそうな目が忘れられなかった。
だから、その力は悪い物なのかと思ったけど。『お前の母はその役目によってこの約束の大地に結び付けられている』と続けられたから。
私は
『母さまと同じならいいわ。コレーもここにいるから。みんなでここを幸せにする様に頑張るから』って言ったの。
そうしたら、お祖母様は地母神の役目や結婚について、話始めたわ。それがなんだか長くて、低い声で同じ調子で喋るから子守唄みたいに。気がつくと神殿の前で寝ていたわ。痛くない様に干し草が敷いてあったの。その後もお家に帰ってバタバタしてたから色々あってお母様に話しそびれてたわ。何度か思い出したけど、どうせ運命だから話してもそれは変わらないし。何かのタイミングでも話せばいいわと思っていたの。まさか今がそのタイミングが来るとは思わなかったけどね」


デーメテールの心の声
( な、な、なんてこった。



 あぁ!次代の継承の儀式は既に終わっていたなんて。


そう確かにアレは眠くなるわ。滔々と語る、まるで呪文の様な長く言の葉に成せる継承の始まりの意義や終わりまでの伝承。あれを、あれを、まだまだ覚醒もしていない幼な子にするなんて! 娘ならば女ならばなんでもいいのか?


まだまだ他にも継承出来る娘はいるだろうに。わざわざ抵抗できない幼な子に自覚も、無いまま。それに母の私に何も相談も無しになんて事をしやがる!!(いや、ごめんあそばせ)

 あの人は!本当に私の事なんて全くなんとも思ってないんだろう。他にも女の孫ならたくさん沢山居てるだろうに。何も私の娘にしなくてもいいのに。
 やっぱり、いえ確信して、あいつは私の母ではないわ。あの神が母だと言うなら私は岩から産まれたことにして欲しい。私の大事にしている物をことごとく壊しに来るんだ。あの女にとって大事な子はゼウスただその息子一人のみ。後はただの駒に過ぎない。私はもういまさら少しもいえ、全く母の愛など求めないが。)

 



「ところで、お母様は何しに天界にいらしたの?」


 (そうだわ。すっかりあの女の話に気を取られてた。大事なのは、この子の事よ。そうそう。)

「あなたの事でヘルメスに色々と世話になったのよ。そのお礼を言いに行ってたのよ」

「そうなの?元気にしてた?ヘルメスって意地っぱりだから、ありがとうって言われても素直にうんって言わないでしょう?どうせアポロン様のご依頼だからとか、ゼウス王の御命令を遂行したまでですとか言ってなかった?」

「コレー、随分とヘルメスの事知ってるのね?実はアポロンとも仲が良かったりする?」

 あら? これもアポロンとヘルメスとは昔から実はよく遊んでいたって事も言ってなかったわね。今日は内緒がよくバレる日だわ。何月何日だったけ?


「えぇ、まぁそれなりには。何かと華やかなお二方ですから。」

「そう、じゃあ コレーは二人の事どう思ってるの?」


「えー なんだか嫌な予感がするんだけど。その感想はさっきの結婚相手の話に繋がったりするの?
だったら、まーったくそんな感じではないわよ。お母様、もうほっといて欲しいわ」


そうお返事すると、

「そう?そうなのね。それならば仕方ないわ。それに、なんか今日は私も色々とびっくりする事が多くて。母さま疲れてしまったわ。もう休ませてもらうけど、コレーも早めに休んでね。じゃあ、おやすみなさい」


お母様はそう言って、なんだかふらふらと部屋を出ていった。



「私、そんなまずい事言ったかしら?メンテ、後でお母様のご様子見てあげてね。ところでお母様が、私に何か用事で部屋に訪ねたのではないのかしら?」

そう言うと、メンテが

「コレー様のお部屋の植木鉢の事をお聞きになりたかったようですよ。お帰りになられた時に私にお聞きになられましたから。」

「そうなのね。植木鉢が割れた事はお母様にお話した?」

「はい、『花を持ってどこかにお出かけになり、先程お帰りになられたご様子で、今はお部屋にいらっしゃいます』と、デーメテール様に申し上げて ここまでご一緒しましたから。」

「そうなのね。私が植え替えるならここの庭か、あのお気に入りの丘だとお母様も思ったでしょうね。まぁいいわ。
後でお母様に良く眠れる様なお茶でも持っていってあげてね。
じゃあ、私はお昼にサボった分 もう一仕事してきます。行ってきます!夕方には帰るわ~」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...