冥界の愛

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君にふさわしい場所で

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 コレーは冥界から持ち帰った花にそっと話しかけた。

 「君は、宝物よ。」

 なのに、朝日も浴びることない、心地よい風も吹かない、あんな部屋に君を置いててごめんなさい。

 『君にふさわしい場所』で生きていける場所に植え替えてあげないと。遅くなってごめんね。なかなか君と離れられなかったの。側に置いておきたかったの。『せめてこの花だけは…』って何故か思ってしまったの。私のわがままで私の未練なんだわ。

 鉢植えが割れて花がダメになるかも、となって、初めて気がついた。君の短い命を私のわがままで、何をしていたのかって。こんな所に閉じ込めてて、ごめんなさい。



 そう言って、家から出たコレーがしばらく行くと、目的の場所に着いた。



 ほら、ここよ。

そこは、森の奥を抜けるとデーメテールの丘と言われる広い野原だった。



 あー 何て気持ちいい風。キラキラ光る太陽の心地良さ。
ここはね、寒い日も日当たりがよくて暖かいし、ギラギラと熱い日差しの日には風がよく吹いてとても涼しい所なの。
 近くの森の泉の水が流れ込んでいる。いつも君にあげてたお水と同じよ。向こうに青い海も見渡せるし。私の達の街も見えるでしょう?
どう?私の一番のお気に入りの丘よ。
 君も気に入ると思うの。君に似た鈴蘭の花達もいるわ。君も他のお友達とはお喋りできるんでしょ?
 相変わらず私にはお話はしてくれないけど。

 「ここに私の宝物の未練を置いて行くわ」
 そう言って、そっと持ち上げると花が揺れた。

 慎重に鉢植えを植え替えて、たっぷりの水をあげた。
最後に花に『さよなら』と、口付けをするとパァーっと辺り一面が光り輝いた。

 そして神殿に戻った。









 家に帰ると、チビニンフ達が既に部屋にいてた。
あの花が無くなった途端に部屋に入るなんて、「もう~ 変わり身の早い奴だ」と笑っていると、扉からノックが聞こえてお母様とメンテが部屋に入ってきた。


 「お帰りなさい、お母様。お仕事はもう終わりましたか?  私は今日は急に帰ってしまってごめんなさい」

「ただいま。あら、コレーは今日は早くに帰っていたのね?知らなかったわ。どうしたの?どこか具合が悪いの?」

「いいえ、ちょっと用事があって。いつもの丘に行ってサボっていたの」

「そう、帰ってから働きすぎだから。まだまだゆっくりしてていいのよ。」

「いいえ、お母様こそ、働きすぎよ。もう大丈夫ってゼウス王も仰られたじゃない。もう少し休んだら?」

「ありがとう。今日は天界に行ってたの」

「えー! めずらしいですね。嫌がってる天界に?会議に行く時もぶつぶつ文句言いながらおめかし支度するのに。何があったの?」


「いいえ、何にも無いわよ。でもそんなにぶつぶつ言ってるかしら?」

「フフフっ  天界に行く時は『あー嫌だわ』とか『まったくもう』なんて、いつもずっと文句を言ってるわよ。ねぇメンテ?」

 お母様に続いて入ってきたメンテに話しを振った。

「はい、コレー様のおっしゃる通りですね。でもコレー様、天界には魑魅魍魎がいてるらしいですわよ。デーメテール様が会議で天界に行くたびに、それらの相手をしないといけないのでしょう。ウンザリなさる気持ちもわかりますわ。」

「天界にはそんな恐ろしい物がいてるの? お母様は だ、大丈夫?」

「ええ、無視よ無視! 二重音声なんて、わかりませーん聞こえませーんって目と耳を閉じて通り過ぎるのよ。
びっくりするのが、妹の形をしている魍魎が居てて一番心臓に悪いわね。でもそんなのばっかりよ。
そう考えると、本当に貴方の結婚相手は探すのが難しいわ。誰か魑魅魍魎がついていない者がいてないかしらね。」


「結婚なんて冗談でしょ?お母様。ずっと私は、お母様の側で誰とも結婚なんてしないで、ここの地上の人々とともに生きていきます。」

「私も、前はそう思っていたわ。
コレーが愛して、向こうもコレーの事を愛してくれる、そんな人と出会わないならば、ずっと母と一緒に暮らしたらいいと。
 だけど、今回の事があったでしょ?私が守ってあげるにしても、ずっと部屋に閉じ込めておくわけにはいかないから。
いくら加護の力を張り巡らせてても、無理矢理に攫われたりする事もあるわ。私も信頼できる方で、コレーが愛して愛される、その方と結婚したほうが、いいんじゃないかって。リスクが減ると思うの。今度の事で本当に心配したわ。貴方が誰かに攫われて結婚させられたのかと思って。もう二度と帰ってこれないかもって。無事に帰って来て良かったわ。」

「ごめんなさい、お母様。心配かけました。でも、そんな方には もう会えないでしょう。」

「え? もうってどう言う事?コレーは、もしかして好きな人がいてるの?誰?」

「え?私 『もう』なんて言った?」

「言ったわよー」
「はい、仰いました」

 「あら?無意識だわ。
好きな人なんていないし、愛して愛される方なんて夢の中みたいなあり得ないでしょ?
だいたい、私には、えっとなんだったけ?『地母神の娘として、次代の覇者の王の妻としての役目』があるんでしょ?

そんなロマンティックな素敵な話は、私達地母神の使命とは相入れないわ。確か、幼い頃にそう教えてもらったわ」

「え? どこでそんな事をきいたの? 幼い頃っていつ? 誰が?何を教えてるのよ?だれよ!?
勝手にコレーにそんな事を、吹き込んだ者は! だれ?!」

「お母様、落ち着いて。誰って言われても。名前は言わなかったから知らないわ」

「まさか!ヘラが来たの?あの子は嫌がって滅多に地上には降りてこないくせに。」

「いいえ、ヘラ叔母さまではないわ。」

「え?じゃあ、本当にどこの誰かもわからないの? なのにコレーはそれを幼い頃こらずっと信じていたの?」

「えぇ、信じたわ。だってその方は私のお祖母さまだと仰っておられたもの。」

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