冥界の愛

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お世話係のニンフ

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私はコレー様の産まれた時からの子守りニンフ。
 本当に無事にお帰りになられて良かったです。
 コレー様がどれだけ皆の希望となっていたのかを知りました。デーメテール様だけでなく、あちこちからあの笑顔が見えないだけでどんなに辛かったことか!と言われて、大袈裟でなくこの世の終わりだと思いました。行方不明から、ようやく居場所が判明したと思ったら、何と死者達の国にお渡りになっていたと。この事は箝口令が敷かれてましたが、もう公然の秘密となってました。このままお戻りになれないと皆がどれだけ心配し泣いて暮らしたかた。本当に本当にお帰りになられて良かったです。

 お帰りになった後は、それはそれは休む暇もなく、常に私たちの主様であられるデーメテール様と一緒に、地上界をもとの緑豊かな場所に、私たちの妖精ニンフが住めるような所に戻す為に、森や山や川や泉や畑などあらゆるところを回ってお力を使ってくださっています。
 あまりにもお忙しくされており、少しはお休みになられるように申し上げるのですが、
「ありがとう!メンテ。大丈夫よ。前と違って力が増えてるみたい。身体が変わってしまったのね。それに、これぐらい忙しくしていた方が色々と考えなくて済むからいいの。えぇそれでも、十分気をつけるわ。それよりも私達に付き合ってなくてもいいから、交代でもいいから皆んなはちゃんと休んでね。妖精ニンフ達と私達では体力が違うもの。メンテが倒れたらせっかく帰って来たのに悲しいわ。」

 そう、私達お世話係のニンフの事迄気を遣ってくださる。思わず、
「コレー様、立派にお成りになりましたね。あんなに泣き虫で『母さま母さまがいない』とお仕事で祈りの神殿に行かれるデーメテール様を困らせておられたコレー様が、、、、 こんなに成長されて私は感激致しております。」

「やだ、もうメンテー泣かないで。赤ん坊の頃からのお世話してくれてるメンテーには、敵わないのは知ってるでしょ? 
はいはい、もうメンテーは他の人と交代して休んでね!じゃあ、もう一回、今度は西の方を見回ってくるわ。行ってきます!」

 そう仰ってまた出ていかれる。
 体調はこれだけ力を使っておられても全く問題が無いようにお元気そうにしておられる。 流石に夜の帳が下りる頃に帰ってこられて親子で楽しそうにお夕食を召し上がり、すっかり日常が戻って来たように見える。
 ただ、真夜中に目を覚ました私は、お嬢様のご様子を見に部屋を覗くと、
 ベッドの座って、両手で顔を覆いながら声を殺して泣いておられた。
そのご様子は、声をかけられる様な雰囲気では無くて、私は思わず顔を引っ込めた。しばらくすると、お水を飲まれた後に、再び横になった様子を見て、私もその場を離れた。
 しばらく行くと、デーメテール様がこちらを伺うように廊下におられた。静かに頷いてデーメテール様の部屋に入るように促されて部屋に戻られたので、私もその後に続いた。
 
「やっぱり泣いていた?」

「はい、お辛そうです。誰にも知られないように、泣き声もお部屋から漏れない様にしておられました。」

「なぜかしら?あの世界での怖い思いを夜中に思い出しては、または夢の中でうなされて苦しんでるよね?」
 そう聞かれたが、私は返答に困っていた。
「メンテー、いつもコレーの事を見守ってくれてるだけあるわね。あの子がいくら冥界に行って、しかも向こうで覚醒迄して記憶を消して帰ってきたとしても、あんな泣き方をする子では無いわ。もしも怖い思いをして、それをトラウマになってるとしたら自分でなんとかしようと足掻く子だし、それなら私やメンテーに甘えてきてもおかしくないわよね?何かが違う気がするの」

 私は、コレー様がデーメテール様のお腹に居てた時からお世話係になる事が決まってそれはもう随分と張り切りました。難産の後に、お産まれになってからは、そのお可愛らしさにどれほど胸をキュンキュンさせたことか。
 ですから、あの冥界に引き込まれた時には妹の墓参りに泉に行っておりお側を離れてた事をどれほど後悔した事でしょう。もう二度とお側を離れる事をしないと申し上げて、私を一緒の部屋にお側に置いてくださいと、何度も申し上げましたわ。 『さすがにそれは赤ん坊じゃないから勘弁して』とお断りされるのに、外からも中のご様子を見える小さな窓をつけてもらう事と、お出かけになるのは必ず私か信頼できるニンフから離れずにいてもらう約束を取り付けました。
 そんな私の何よりも大事なコレー様があんなにも辛そうに声を殺して泣いておられる。いったい、あの死の国で何がどんな辛い事があったか?
 コレー様が帰ってこられて、ようやく生きる希望をこの地上に溢れた皆とは違い、独りお苦しみになられているご様子を見てられない。どうすれば?まず何を苦しんでるのか?あのご様子から尋ねたとしてもお答えして頂けないようだとはデーメテール様も感じておられる。
 では、誰に尋ねれば。

「とりあえず、明日あの子を迎えに行ったヘルメスにどんな様子だったのかもう一度聞いてみるわ」
「えぇ、私もお聞きしたい所ですがコレー様のそばを離れるよりは後でデーメテール様からお聴きする方が良いと思います。よろしくお願いします」
「本当は私が迎えに行った方が良かったんだけど。万が一でも私が冥界に行く事になると色々と大変な様でダメだったの。
 ここで待つ事、ヘルメスを代わりに行かせる事を条件に記憶障害を起こさせない様に無事に返すと説明されたわ」
「そうですか。ところで、コレー様は向こうで覚醒した事は気付いてないのでしょうか?冥界での記憶を全て無くしてるのなら、気が付かないうちに身体だけ変化している事にはどう思っているのでしょう。デーメテール様から何かお聞きになりましたか?」
「それが、なんだか冥界の記憶迄戻りそうで聞けてないの。あの子何か言ってた?」
「力が今までと違って溢れる、身体が変わってしまった様だとは仰っておられましたが、特に混乱されてる感じではお見受けしませんでしたが。神の覚醒とはそんな自身では覚醒したとははっきりわかるものなのですか?」
「それは、身体は全く違うわ。神によっては姿形が全く変化してしまう我々の仲間もいるわ。コレーは特にちょうど成長期だったから、かなりの娘から女神の姿に変化してもおかしくなかったかもしれないわね。どこでどんな風に覚醒するかにも、その後の変身も違ってくるらしいわ。まぁでも身体は変わりなく帰ってきたから、あの子は変身するタイプではなかったのでしょう。髪は自分で切ったと言ってたけど、可愛い姿形のままで私は安心したわ」
「左様でございますか。私はコレー様がコレー様で有ればどの様な姿に代わろうとも私の可愛いコレー様ですが。」
「ありがとう、メンテ。これからもコレーの事、よろしくね。じゃあもう、泣き声もしないし眠った様だからあなたも休んでちょうだい。明日私は朝からヘルメスの所に行くから、あなたはコレーがあまり無理しない様に見張っててね。おやすみ。」
「はい、かしこまりました。おやすみなさいませ、デーメテール様。」








 眩しい太陽の光。暖かい空気。穏やかな風がお気に入りだった岡を吹き抜ける。風に楽しそうに揺れる花々も彩度に鮮やかに輝いている。向こうにはキラキラとした蒼海面が白い砂浜と美しい風景を作り出している。
 なんというか、これぞまさに正当な地上の楽園という景色だ。
その美しさは正に天上界からの祝福の光に海界の穏やかな水面にこの地上の恵をここに称えており、結ばれる三界の美はどこにも綻びがなく完璧で裏や影などこの世界には全く存在しないしない様に見える。

 そう、冥界はそういう、本来はあってはならない影や隠や人々の神々の醜い所を追いやった世界だ。ここには存在しない世界が冥界で、ハデスの治める世界だ。本来なら決して交わってはいけない光の中の女神の中の娘と、膨大なる力の治める影の国の忌み嫌われた世界の王。

 ペルセフォネとハデスの物語はギリシャ神話の中でも初めは箝口令によりほとんど話される事はなかった。
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