冥界の愛

文字の大きさ
上 下
75 / 107

帰還

しおりを挟む


 界を渡ると、言われた通りヘルメスが待っててくれた。

「コレー お帰り」

「迎えに来てくれてありがとう。」

「心配かけんなよ。さあ早くおばさんとこに戻ろう」

「ごめんなさい。心配かけて。」

「それは? 冥界からは何も持っていけないはずだけど?」

「結界を越えるのに、この花の力が必要だったと言ってたわ。界を越えると力を失うらしいわ。だからもう持っていっても大丈夫なんじゃない?ただの花らしいわ」

「ふーん。その花で結界をくぐり抜けたの?コレーの力を使わなかったの?」

「…たぶん。あまりよく覚えてないの。でも、もしもダメなら結界を出る時に消滅してたはずだわ。きっと。」

「ふーん。髪、切ったの?切られたの?酷い事されなかった?覚えてる?」

「ヘルメス、質問ばかりね。とりあえずお母様のとこまで帰らない?」

「そうだね、ごめん。他にも心配してる人居るしね」

「歩きながら話すわ。でも、なんだか色々と覚えてない事が多いの。昔の事を考えても思い出せないみたいな感じで。」

 コレーは困った顔でヘルメスに微笑む。

「まぁ、コレーが辛くないならいいんじゃない?」

「えぇ。でも、これだけははっきり言える。私、苦しいとか辛いとかそんな事はなかったわ。ましてや怖いとかも。」

ヘルメスは一度様子を見に行った時の事を思い出していた。

(確かに、VIP待遇だったな。反対によく何もなく返したと思うぐらいだよ。ちゃんと、何も覚えていない様にしてあるし。コレーに、関しては覚醒もしたし例外で記憶を残したまま返すと思ったんだけどな。よほど触れてはまずい所も見たのか?好奇心旺盛なコレーの事だからあり得るな。それとも、ひょっとして何か他に意図があるのか?しばらく様子見だな)


 長いトンネルを抜けると深い森が広がっていた。

(こんな所に冥界の入り口に繋がるトンネルがあったのか。初めて知ったわ。それはそうね、誰でもわかる所じゃ困るもの)

森に入ると、


 「ひどいわね」「凄いな」

と 二人の声がかぶった。



「「 何が? 」」

ふふふふ ハハハハハ 

昔からヘルメスとは、なんだか話すタイミングが同じでよく何度も何度もかぶってはアポロンに笑われてたな、それにジャンケンも必ず同じになっちゃって決着がつかない、なんだか懐かしい。

「お嬢様から、どうぞ」ってウインクしてくれるのもいつもと同じ。あぁ帰ってきたんだな。

「この森よ。なんて酷い事になってるのかしら。」

「そう思ってるだろうと思った。だからだろ?コレーが少し歩くだけで葉っぱや花や木があちこち蘇るし。以前に比べて力の差が半端ないね。全く力を出してるように見えないのに、何?その影響力は。」

「そうね、何より地面が冷たい。凍りついてるみたい。だからなおさら水を吸えないで立ち枯れてる様ね。」

「コレーが歩くと地面の温度が変わってきてるんだ。歩きながら溶かし回ってる。疲れてない?」

「ううん、全く。力を使ってる感じはないけど、さっき萎れた花を見た時には少し回復する様に意識して力を流しただけ」

「それであの一帯が花畑になったんだな。急に花があちこちから咲き始めるからビックリした。」

「うん、今までごめんなさい。」

「向こうで覚醒したんだ?力が歴然と違うのわかる?まだ聞かない方がいい?」

「いいえ、大丈夫。ヘルメス、私の髪色は何色に見える?瞳の色は?」

「髪は、短くなったけど変わらずブロンドだよ。瞳もデーメテールの丘から見えるエーゲ海の色と同じだよ。違っていたの?」

「わからない。覚えていないけど、覚醒したら変わる人もいてるって聞いたから。 私も大人になったのかなと思っただけよ。大丈夫そんな顔しないで、多分髪は自分で切ったのよ。ずっと長い髪が、めんどくさいなって思ってたもの。お母様がいなくて私の事だから早速手入れも面倒になって切ったんでしょ。」

さぁと、促されて歩き出すが深い森が緑を取り戻すのに時間はかからなかった。

 あちこちに、草木を復活してさせて花畑を作りながら地面の凍りついてるのを溶かして行く。その光景を人々が涙を流してコレーに感謝を捧げる。コレーがデーメテールの居る神殿に着く前に、人々の歓声と緑の復活で、ヘルメスが送った先ぶれが着くよりも先にデーメテールが此方に駆けてくる。

大泣きのデーメテールが、コレーを抱きしめると途端に、ここを起点に周囲一帯の地面が暖かさを取り戻す。木々が復活して作物が育って行き、全ての緑が覆い尽くす。光が降り注ぎ、花が舞い、どこからか本当に歓喜の歌声も聞こえる。
その後もデーメテールとコレーが動くとあちこちで同じ事が起きて、神殿に帰るよりも先ず人々の暮らしに困らぬ様に生きて命を繋げれる様にと、コレーは地上をあちこち緑を復活させて回る。

後にこれが春と言われ春の祭の起源となる出来事だった。死者の国から戻り、地上に生命の息吹を取り戻したコレーの文字通り復活の祭りだ。長くこの古い地で春の復活祭はこの出来事だったが、やがてキリストの復活祭に意味が変わり後の世ではもうエレウシスの奥義だけがデーメテールの祭りとして残る。



ヘルメスはそっと地上を後にして、使者としてゼウスに報告に天上界に戻った。



天上界からも、もちろん地上の出来事は見えており、人々だけでなく神々も地上の女神、大地の女神のその力を影響力を見せつけられて、その権力の次の後継者がコレーである事を改めて再確認した。

二度とデーメテールを大地の女神の力をみくびってはいけない、コレーに手を出す事はタブーだと神々に知らしめていた。






~~~~~~



 地上界の様子を見下ろしながら拳を握りしめ唇を強く噛む女神の毒吐く(独白)



 「何故!あの娘は帰ってきたのか!あのまま地上が枯れ果て、人間が滅んでしまえば次の地上の大地の女神は交代せざるおえなかったのに。もう少しで責任を取らせたのに。そうすれば大地の女神の力は私の物だった!何故?計画通りに行かない!ハデスもあの娘を気に入っていただろうに。だからあの丘でこっそり盗み見たり、声をかけたりしていたのではないのか?デーメテールの代わりに娘を向こうに放り込むのに、どれだけの手間がかかったか!何もかも無駄になったじゃないか。それどころか、あの娘が継承者を産む地母神の大女神である次期女神だと知らしめてるようなこの騒ぎとなってしまったではないか。ハデス!何故あの娘を逃したのだ!
いいや、まだまだだ。もう一度、何としても冥界に落としてやる!あの娘はあそこでハデスに捕まって入れば良いのだ。もう一度、計画を練り直そう。あいつを呼び、この失敗の責任を取らせないと!おのれ、デーメテールめ!必ずその涙を悲嘆の涙に変えてやる。」


しおりを挟む

処理中です...