冥界の愛

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柘榴の実のプレゼント

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 「まだ、こちらにいらっしゃいましたか?」



 ケイロンさんがそう言いながら、こちらに歩いて来た。

「ここだとお聞きして、迎えに来ましたよ。お部屋に戻り少し診させてくださいね。大丈夫だと言っても心配症の方がいてますからね。
 そう言えば、部屋には誰もついておりませんでしたか?何かあって出られたのですか?」

「あっ!そうだ。誰かにどうしたらいいのか聞こうと思ってたんだ。勝手に外に出てしまいましたが、そのせいで誰かが叱られたりしませんか?」
 あー、やってしまった!

「大丈夫ですよ。まず、何よりハデス様が居場所を知ってましたから」
 あーよかった。

Kerberos君達を見てケイロンさんは不思議そうな顔をした。

「随分と懐かれたんですね。ハデス様にいつもくっついてるのに、大変珍しい。貴方の魔法は、ここの住人にあますことなくって感じですね。うちの地獄の門番と言われる者さえも懐くようですね」

「うーん。そう言われると。約1/3頭には嫌われているようですね。ほら、吠えられてるでしょ?」

「あぁ。でも、基本的に嫌いな者は相手にしない犬ですよ。肉を投げても冷たい目で無視されるって聞いた事ありますから」

「ケイロンさんにも?」って少し怒り口調になった。

「うーん。私の場合はよほど大きな怪我や病気でもない限り、あまり近付きません。まぁ馬半身なので少し手加減してくれるかも知れないですけどね。
そうだ。一度大きな怪我をした時ぐらいかな。かなり暴れてて塗り薬だけ処方してハデス様に渡しました。誰かれかまわずに近づくと余計に興奮して危険だと言われて。」

「ほら!お世話になってるじゃないの!」

そう言うと、二頭が少し頭を下げた。ギーゴス君は思い出したのか顔がこわばってる。

「凄いですね、お嬢さんは。まるで会話ができるみたいだ。ハデス様とは話をしなくても通じるんですが、お嬢さんもそれができるんですか?出来るようになったんですか?」

「いやいや、そんな技は持ってないですよ。ただ何となく言ってるだけで、賢いこの子たちが空気を読んだだけでしょう。」

「そうですか。まぁいいですよそれでも。何にしろお嬢さんの力だ」

「そうだ。ケイロンさん! 私は、もう、お嬢さんじゃなくて『ペルセフォネ』というカッコイイお名前をいただきました。
どうぞ、そう呼んで下さい。よろしくお願いいたします~」
 えへへへへ って笑ってケイロンさんに報告する。

「素敵なお名前ですね。」って言ってくれた。


「他のみんなにも挨拶したいの。お願いします。ケイロンさん。私の最後のわがままを叶えさせてください!
 急がないといけない状況もわかりました。もちろんお別れの挨拶の許可は私がハデス様にお願いしますから。だから、また皆さんの所に連れて行ってもらえますか?」

「それは役得ですね。また背負ってお送りするのは、嬉しいですが。それをするとハデス様にこの先ずっと睨まれたり、拗ねられそうですね?」

「そうですか。やっぱりダメですかね😢」

「違いますよ、ペルセフォネ様。
ただ貴女様は、もう、この冥界で自由にどこでも『行きたい』と思うだけで行けますよ。覚醒した高位神はどこでも、そう思うだけで移動できますよ。」

え?本当に?うそ?じゃあハデス様のそばにも?会いに行ったりできる?

「さすがにハデス様の部屋はダメでしょうね。はい、考えてる事が顔に出てますよ、ペルセフォネ様。 まぁ、誰も試した事はないんじゃないかな~。 いくらなんでも、ハデス様が結界を結んでる場所は行けません。危険ですからね。」

 やっぱり、ここの人たちは顔みたら、心の中がわかるんだ。

「じゃあ、診察してから許可もらいにハデス様のところに行きますか?」

「はい、ありがとうございます。あと、ヘカテー様にも謝らないと。私を庇って一緒に倒れてしまって。大丈夫でしたか?」

「ハハハハ。それこそ、ヘカテーさんの記憶には全く問題ないですね。どこも何ともありませんよ。あれだけの力を持つ者は多少のレテの河の水では効かないでしょう。レテの河でたまに暑いからと水浴びしてますよ。覚醒したペルセフォネ様にも効かなかった様ですしね。でも、ハデス様はガッカリしていたでしょう?」

「あーーー。 
納得しました。私、何をやらかしたのか?って思ってましたが、そうですか。
あの時にちょびっとだけ降りかかったレテの河の水で、本当はもう何もかも忘れていなければならなかった筈なんですね。それでガッカリされてたんですか。」

 言ってて少しショックだった。
ハデス様にもう忘れてるだろうと思われてたなんて。忘れてなくてガッカリされたのか。地味に落ち込むな。


 「では部屋にお戻り頂けますか。いきましょう。」

そうしてKerberos君達にサヨナラしようと見ると、マルゴスが何か咥えていた。
近づくと真っ赤な柘榴の実だった。
「くれるの?」と聞くとすごくいい笑顔で何度も頷いた。その度に柘榴の実が溢れてしまう。
「ありがとう😊」
忘れないわって言えないのがこんなに辛い事とは思わなかった。
「皆んな仲良く、元気でね」
私は柘榴の実をポケットに入れて、両手で三頭の頭を抱きしめた。嫌がるかなと思ったお兄ちゃんもジッとしててくれた。ありがとう本当に。

そして、待っていてくれてるケイロンさんの元へと急いだ。



ケイロンさんは、そっと、だけど真剣な目で言いました。

「受け取ったのはお優しさからだと思いますが。間違っても口に入れないで下さいね。万が一があってはいけないので後で私にお渡しください。」
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