冥界の愛

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ペルセフォーネの花

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 ハデスが出て行った部屋で、取り残され未だに泣いているペルセフォーネにヘカテーが声かける。


「私の花?」
「はい、界渡りをする為に、その方に相応しい気を込められております。お身体や精神にご負担をあまりかけない様にとお嬢さんに合わせた花になっています。」

「ハデス様のその様な指示で作ってくれたのですか?」
「いえ、ハデス様自らお力を注がれました。」
「えっ?」
「はい。もちろんいつもはそんな事はしませんよ。お嬢さんはハデス様にとってすべて例外でした。」


「ヘカテー様。私、私の名前ですが『ペルセフォネ』と名付けてもらえました。
 申し遅れましたが、私は、ペルセフォネです。よろしくお願いします。もうお別れになってしまいますが。(グスッ)」
「えぇ。ペルセフォネ様、いいお名前をつけてもらいましたね。おめでとうございます。ほら、もう泣かないで」
「ペルセフォネって呼んでください。」
「えぇ、わたしの事もヘカテーでいいですよ。短い出会いでしたけど、出会えてよかったですよ。色々と嫌な事を言ってしまってごめんなさいね、ペルセフォネ。」
「うわーん、ヘカテー様!私も、私も出会えて嬉しかったです。もっともっと居たかった。それに私、このまま忘れさるなんて嫌です。我儘?」

 ヘカテーは優しく頷き、花をペルセフォネの前に持ってくる。
 

「この花でまた地上に戻るんですか?」
「えぇ、この花に意識を合わせて力を融合させて下さい。まず力を馴染ませないと。ここに来られた時よりも気持ち悪くなく帰れますよ。地上の界渡りの花は目的地をここに定めてましたが、この花は地上のデーメテールの丘に渡る様になっています。」
「界渡りの花はヒガンバナ科だと聞きましたが?」
「そうです。一見スズランに見えますが立派な水仙の花でヒガンバナ科です。この花の根や葉には少量ですが毒もあるんですよ。」
「私が界渡りした薄紅色のルクリアに似た美しい大きな花とは違う感じですね?この花は白く小さく可憐な花なんですね。スミレの様ないい匂い。」
「そうですネ。この花はペルセフォネ様を思われて、主が作られましたから。」
「前の花は、もしかしてお母様の花だった?そう言えばあの花はお母様のイメージだわ」
 ヘカテーさんは優しく笑顔のまま否定しなかった。

 そう言えば、ヘカテーさんはお母様の事あんまり良い印象ではない感じだった。不思議だ。地上界に居てる時は、とある女神(姉妹)から口や態度には直接では無いがすごく嫌われていたが、それ以外は、母の信者は神も人もたくさんいて、大絶賛しか聞いた事なかった。母のイメージがこの冥界ではちょっと違う。何があってここでは地上界とは真逆なんだろうか?


 「この花は、私が界渡りをすると向こう地上ではどうなるんですか? ここに一緒にきた花の様に枯れて、お終いですか?私がもう力を流してもダメ?」
「はい。この花にもう一度界を渡る力を込められるのは、ハデス様とレア様だけですから。もしかして枯れずにただの可憐な花として、咲き続ける事は地上の花娘のコレー様のお力で出来るかもしれませんが。界を渡る力は失われるでしょう。」


 ヘカテーが界渡りの花の説明をしていると、再びノックがされてある小瓶が持ち込まれた。


 これは?(嫌な感じ、予感がする)

「レテの河の水です」
「それは、忘却の河の水ですか!もう、それを飲めと?」
「まさか!絶対に飲んだりしてはいけませんよ」
「これを振り掛けるだけで充分です。転生するわけでは無いので。」
「大丈夫ですよ。記憶がない時から力は使えてましたから。界渡りの花に力を注ぐぐらいには全く支障は出ません。むしろペルセフォネとして覚醒したまま界渡りの花に力を流す方が、巨大な力過ぎて危険性が高いでしょう。貴女は加減を知らないんだから。」
「でも、でも、待ってください。ね?お願いします。心づもりが。待って、待って。そんな急に!嫌!止めて!」


 コレーとして思い出した途端に忘却の水をかけられるとか!そんな!

 小瓶を持っているヘカテーさんから逃れようとして反対に後ろにつまずいてしまった。
 後ろに倒れそうになったところをヘカテーさんが手を差し伸べてくれる。その手に捕まろうとした途端に反対の手の小瓶を見て恐れてしまいパニックになった。多分無意識に力を使ったんだと思う。ヘカテーさんごと後ろに引き込んでしまい、ヘカテーさんの手から小瓶が離れる。それを見て一瞬、ホッとした。

 が、なんと小瓶が机の角にナイスな角度で当たってしまい、蓋が外れた状態でこちらに私に向かって、小瓶の中の水が!レテ河の忘却の水が!降りかかる。

 あっ!やっぱりダメだった。運命なんてこんなにも無情なんだって絶望感出してたら、なんとヘカテーさんが私を庇ってくれた。どうやら、ヘカテーさんも何も今すぐ忘却の水を使おうとは思ってなかったみたい。
 でも飛び散った中身は細い麗しの女神一人の身体だけの幅では避けきれず、結局二人とも一緒に忘却水を被ってしまった。
 でも、あぁ、やっぱりヘカテーさん大好き!ここの人たちの本物の優しさに私、私は‥…
 そこまでで、段々と意識が遠くなる…
 たぶん忘却水が効いてきてるんだろう。
 ヘカテーさんが私に向かって叫んでる。遠ざかる意識の中で聞こうとするけど……


「忘れてもいいけど。言っとくわ。私、貴女のこと案外気に入ってたわ。初めデーメテールの娘はなんて、と思ってだけど。ペルセフォネならここで一緒に暮らしてもいいって思ったわ。私は貴女のこと忘れない!」



(やめてよ、惚れちまうだろ)
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