冥界の愛

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帰還準備

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 コレーの記憶。ペルセフォネの思い。



 照れて横を向いたハデス様をしばらく見つめているうちに、思い出した。
いえ、記憶が戻ってる事を思い出したの。


そう、

 私は、コレーだ。
 私は、地上界で暮らしていた。
 私は、地上界において女神の娘でした。
 私の、お母様はデーメテールと言い地上界の偉大なる女神です。
 お母様は、母なる大地の意味の通り、大地の女神であり地上の恵、豊穣の全てを司り、その影響は、地上界だけでなく天候でさえあらゆるところに及ぼしている。
 穀物の栽培を人間に教え、小さき人々の守り神として、人間界に多大なる信者がおり崇められている大女神だ。
 そして母は、オリュンポス十二神の一柱でもあり、あのティタン神族12神であるクロノス神とレア神の娘だった。
 
 初まりの混沌のカオスから大地の化身ガイアが産まれた。
そして、大地神のガイアはウラノスとの間にティタン神族を産んだ。
 そのティタン神族の中でも唯一の神格化した大地の化身となったレアーは同じくティタン族のクロノスと結ばれてやがてオリュンポスの神々を産む。
 そのオリンパス神族の中でも大地の化身としての遺伝子を、引き継いだのが私の母デーメテール神だった。
 言うなれば、神々を生み出すのに次代を担う正当な女神がデーメテールなのだ。そうなると、デーメテールは野心溢れる男神達からあらゆる求婚をされた。もちろん、かなり強引な手段を取る神々も居た。

 私はその有名な母の娘でした……


 そう、
 私は、私の父神は、全知全能の神々王と言われるあの、ゼウス神でした…

 そうね、結構な血筋かも。
 そう言えば、尊き御子神とか言われてたわ…


 記憶の整理がついてきて、徐々に思い出すたびに、気分はだんだん落ち込んでくる。


 そうだ。これ、思い出すと私…….。


 ここを出ていかなければならないんだわ。
 いえ、間違ってるわね、地上に帰らなければいけないって考えないと。

 私が拡散してしまってる途中に地上の様子が見えた。ショックだった。あんなに緑で生き生きとしていた大地が、人達の営みが壊れていた。作物が実らず花の一つも咲かず、ただただ荒れゆく大地に変わり果てていた。
 お母様はらいつもいつも私に溢れる愛情を注いでくれたわ。私が長く居なくなってお母様の心痛が地上界に及ぼしてしまってるのね。
 ヘルメスが私を迎えにきたのはこの事だったのね。
 このままではいけない。大事な小さき人々が死に絶えてしまう。大地を元に戻さなければ。お母様の心痛を取り除かねば。


 …そうよ。 カエラネバ…



 
 「どこか痛むのか?」
私の様子に気がついたハデス様がこちらを心配そうに覗き込む。
 深緑の瞳が合ったら留めていた涙が溢れ落ちた。

 「心配ない。ここを出る時にはその髪も元に戻るだろうから。」

 涙を優しく拭いながらハデス様が言った。

 何?かみって?神??えっ?髪なの?

 見ると私の父似のブロンズの髪が真っ黒な漆黒色に変わっている。髪の長さもかなり長くなっているようだった。
 あら?なんだか体も。え?私?こんなに胸あったかしら?いや、絶対になかったはず。谷間出現!だもの。ちょっと背も伸びてる?
 えーー!って驚いて自分の身体を確かめようとしたら、ハデス様がゆっくりと抱きしめて私を立たせてくれた。離れるのが淋しい。そう思ったけどフラつかないかを確かめてハデス様がそっと離れてしまった。

 一周回ってみてビックリした。完全に別人とは言えないけど、かなり変化していた。進化系?ハハハハハ

 「覚醒後は変化する。ここ冥界での覚醒だったので影響を受けたが、地上に戻れば元の姿だ。もちろん覚醒による力で好きな姿に変身できると思うが。試すのはまた戻ってからにしたほうがいい。」


ハデス様は私の涙の理由をこの容姿変化だと思ったのだろう。反対にハデス様と同じ色で嬉しいのに。

 しばらく私を見つめていたが、一瞬苦しいような表情をしたと思った途端に目を瞑ってしまい、次に目を開けて視線があったら告げられてしまった。

「思い出したようだな。お客人の帰る準備をしよう。界渡りの花もちょうど新しく用意ができた様だから今から持ってこさせる」



 え?待って?いや、本当に帰らないといけないんだけど。もう?そんな急になんて。心づもりも出来てないんだけど。

 「ヘカテー、後は頼んだ。早急に取り掛かってくれ」

そう言い残して出ていこうとするから

「あのっ!あの、少しでいいのでお別れをさせて下さい!
お世話になった皆様にせめてお別れの挨拶してぐらいさせて下さい。
頂いた名前で挨拶したいんです。」

振り返らずにハデス様が言う。

 「その名は、ここに置いてゆけ。」


 「どういう事ですか?もしかして私、この名前も忘れてしまうの?此処で会ったこと出来事すべて忘れる様にと言われたけど名前もダメなの?私が貰った私の名前なのに!」


 冷たい背中がドアを出てゆく。もうどうやっても振り返ってくれない。

 押さえようとした涙が漏れ出てしまう。

 そう掟なのだ。冥界の掟は何者にも破る事はできない。生きたまま地上に帰れるのも例外中の例外なのだ。何一つ、記憶さえも持ち帰る事は許されない。
 もしも持ち帰えろうとすると、ここ冥界から出られない、戻される、その後は転生するまで冥界で死者と同じになる。


 わかっている、ハデス様がわたしのことを思ってそうしてくれる事、冷たくする事を。ここで少し暮らしただけでどんなにあの方が愛溢れる人だったのかを知ってしまった。私の幼い頃に慰めてくれた声はあの声がハデス様だったなんて。私、小さい頃にお気に入りの丘のお花の声の一人だと思っていたわ。あの声をまた地上で聞く事はあるのかしら?もう二度と会えない声も聞けないのかしら。

 涙が止まらなくて、とうとう嗚咽まで出てきた。



 泣いている私を他所に、私が帰る為の準備が始まっている。
 ある花が部屋に持ち込まれる。一見してスズランの様な花な可憐な白い花だった。
 見覚えのある薄紅色のルクリアに似せた大きな花では無かった。


 ヘカテーさんがまだ泣き止まない私に優しく言った。

「この花はあなたの花ですよ」

    

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