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悲しみに、負けないで。幸せになれるわ。
しおりを挟む彼女の言葉は心に刺さる。怒って大声で目の前にいない夫に向かって叫んでいる。 それは生前言えた文句なのか?いや、言えなかった言葉だ。
どうしても泣いている様にしか聞こえない怒りの罵声が、彼女の夫に届く事はあるのだろうか?
少し視線をずらすと彼女の夫の姿も見えた。
彼女の夫は彼女よりも先に人生を終えてこの冥界に来ている様だった。
夫は自らの手で人生を終わらせてしまっており、冥界の深い暗いところでまだまだ苦しんでいる。
なぜ自殺したのだろう。それは仕事の上の失敗を責任取る形の死だったらしい。ただ、誰に責められた訳でもなく彼の心がもう折れてしまった故の自殺の様だった。他に生きて失敗を取り戻す形もあっただろう。
あまりの突然の事で誰も責める事も出来ず、家族にも同情的だった。しかし悲しみに暮れる者はいてその後始末に追われたのは、やはり彼女だった。
もう、充分に尽くしたと。その尽くしたお返しがこの仕打ちなのか!
彼が夫が、ここまでの地位を得たのは本当に彼女のお陰と言っても決して大袈裟ではない。彼の頑張りもあったが彼女と結婚した上で頑張る事ができ、多少の無理をしても仕事にのめり込む事ができた。それは彼女が他の全てをフォローしてくれていた事を知っていたのだろうか?
ただ見えてくるのは、彼は本当の姿は非常に気が弱くそんな荒々しい仕事ができるタイプでは無かった。かなり無理をして働いていた様で毎日、心が折れそうになりながら生きていた過去だった。
そんな中、同郷の女性と出会った。
初めは同じぐらいの子ども達の事や、近所での治水に関連する地域の人の意見として聞いていた。もちろんその女性にも夫がいたので、お互いそういう目で見られる事も無いので気軽に話ができた。
そして、その女性は彼の心の弱さを見抜いた。
そこからは、その女性のペースだった。強引な上に彼の心理をわかった上で付き合わせた。その女性は夫とはうまくいっておらず暴力を受けていたが、他に逃れようが無かった。
そこに彼も同情すると、その後は女性の思うままに体も重ねた。体の関係になった事を脅される様に泣かれてなかなか関係を切る事は出来なかった。
妻にバレた時にも女性は太々しく振る舞ったが、それは他の人から見てもわかった。しかし彼だけは女性の本質を理解していなかった。健気だと信じていた。
夫に暴力を振るわれると言いながら他の夫に言いより、体の関係になってからもその関係を夫と別れる事もなく平然と続ける。
しかもそれは彼女の夫だけではなかった様で、他にも男はいて、何度も繰り返していた。だからなのか女性の夫が切れて暴力を振るったみたいだ。
ある時は妻である彼女がそこに居てると知りながら彼女の夫と体を重ねた。見せつけるなんて趣味が悪いが最大の屈辱感を与えるのに成功だった。
その女性は自分の夫の事を自慢する彼女の事が憎かったのだ。自分だけ不幸なのに。自分達の夫婦仲の良さを聞いてもいないのにひけらかす彼女の事が何より許せなかった。
そんな女性に捕まってしまった事も長きに渡って愛人関係となった一因だ。
しかし彼の方もそこに言われるがままにしている方が楽だと気が付いてしまった。
自分で考えて自分で責任とって取る、それが辛かった。仕事でも家庭でも。
その女性といると何でも笑って女性が決めてしまう。その心地よさが後先を考えない仕打ちとなっていることも考えられない。
そして最後は、大きな失敗をして我に帰ると心が折れてしまった。
彼女は自殺の原因を作った女性を恨み、女性は愛する人?を自殺するまで責めた妻の彼女を責めた。
ただ、彼女の高い高いプライドがそのケンカをする事を許さなかった。
なりふり構わずをに夫を取り戻す事を良しとしなかった。
本当はそれをして捨てられる自分が怖かったのかもしれない。
捨てられたらどうやって生きていけばいいんだろうと、足が止まった。
彼女は涙が出ない。腹が立って悔しくて屈辱感で泣くどころではない、と思っている。悲しみではないと思っている。
だけど。
愛してほしいと願う想いは、
届かない想いは、
いったい何処に行くんだろう。
どこに向かって想いを伝えればいい?
愛してる
愛して欲しい
私を見て
私のそばにそばにいて
どうして他の女に行くの?
どうして。
私、こんなにあなたに尽くしたのに。
早くその奥にある悲しみの言葉に気づいてあげて。お願い。
悲しみを奥の奥に引き込まないで。
ほら体ももう壊れたんでしょう?
いいえ、先に心が壊れていたわよ。
悲しみを見る事は辛い。向き合う事はもっと辛くて恐怖よね?
わかるわ。
そう何がわかるというの。何人にも同情されて。
あーうちは愛人なんて事無くて良かったって思ってるでしょ?あの人、あの女に夫を取られてるって見下してるでしょ?
悲しみに目を向けると、やはり屈辱感まで出ており怒りに気持ちが向かう。
まさか、まだまだ愛情を求めているからこその怒りだとは認めたくない。
本当に愛情が無いならとっくに執着が無くなっている事を認めない。
ただ、私。
あなたに幸せになってほしいの。
だから、だから、辛くてもあなたの中の悲しみと愛情に目を逸らさないで。
悲しみに負けないで。
幸せになろうとして欲しい。
あなたに心から幸せになってほしい。
あなたが頑張って生きてきた事を教えてもらったわ。頑張りすぎるほど頑張っていた様ね。
でも、お願い。
自分が幸せになる事だけを頑張って。
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