冥界の愛

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さてさて、俺様の出番かな?

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 しばらく、様子を見ようとコレーの希望通り、世話をする最低限の者しか部屋を訪れなかった。もちろんコレー自身もその扉を出て外に出ることはなかった。

 それはまるで、冥界には地上の豊穣の女神の力が弱まっている原因とは全く関係ないように穏やかな日々だった。





「  今までは何とか持ち堪えておったが、そろそろ地上からの餓死者が増えてくるようじゃな。」
 
カロンが、死者が渡るとされるステュクス河の向こう側にいる人々の群れを見ている。
  同じ景色を見ているミノスの表情も暗かった。
 

 二人とも今、冥界に居てるお客人のことを考えていた。

「 俺は名前を呼びそうだからと出禁だからなぁ。
あれからカロンの爺さんも会ってねえのかい?寂しいねえー。」

「 あぁ、良い子じゃったのにな。年寄りから楽しみを取り上げるのは酷いじゃろう?」

「もう界渡りの花の方は、ほぼ準備が終わりそうらしい。それにしても、あの子がしばらくここに滞在すると聞いた時には皆んなと仲良くなるだろうと思ったけどな。」

と、ミノスは独り言の様に呟く。


「 体調はどうなんだろう?ケイロンさんが時々見に行ってるらしいけどな。爺さんは何かケイロンさんから聞いたかい?まだまだ何も思い出してないのか?」

「 そうさなぁ。思い出すと言うより、まず心を閉じてしまってる様な感じだと言っておったぞ。
まず、心を閉じたままで 記憶の回復だけなど心の中の問題だのに、できんじゃろうて。
ハデス様も随分と悩んでおられるようじゃ。」

「 ハデス様が?ウーン。
俺はヘカテー嬢が珍しく何か落ち込んでる様に見えたけど。 何か関係あるのかな? 」

「ヘカテーさんは、デーメテール様の事を怒ってたからのお。あのお嬢さんの事は重なって仕方ないのかも知れんな。あの子はあの子なりに悩んでおる。」

「 あぁ、それは初めからそうだった。だからヘカテー自身もケイロンに任せてあまり関わらない様にしてたはずなんだが。
 だから余計に疑問なんだよな。ハデス様が自ら部屋に花を用意したりして、ヤケに過保護にしてるのを気に入らない!って怒っているならともかく。何を悩むのか?何に落ち込んでるのか? 」


 そんな話をしていると、ヒュプノスがこちらに向かって眠そうにやって来た。


 「 ミノ~。ハデス様がミノスを呼んできてくれって。」

 「 ハデス様が?そうか、ありがとうさん。
 ヒュー お前また何か食べながら寝ただろう?口の端に付いてるぞ~。違う、反対側だよ。そうそう、いやまだだ。お前何食ったんだ?
 ……今日もタナトスはケール達と地上に行ったのか?
 随分と、こちらに来るな。やっぱり上はだいぶ飢饉が進んでる?」

「 知らない。でも、にいちゃんずっと休みなしだから僕はずっと一人で寝てる。」

と、ムスッとしてほっぺたを膨らませる。
 それを笑いミノスは考える。


いつでもどこでも眠ってるヒュプノスは まぁだいたい一人で寝ている。でも、目が覚めた時にタナトスが居ないと不機嫌になるのはみんな知ってる。
 あの氷冷のタナトスがこの癒しの弟のヒュプノスを可愛がってるのは、見るものを安心させる。
 地上だけでなく、死者を刈り取る役目は心を削る仕事だ。

 納得してすぐに冥界に旅立つのは10万に一人あるかないか。それはどんなに長寿だろうと、どんなに長患いの末だろうと肉体を離れた途端に、まだこの地に未練を残す。4と9とに、ちなんで心の整理の執行猶予を置くが、その後が無理矢理連れて来る時の大変さはタナトスに頭が下がる。給料を上げてやって欲しい。
 でも、子供を置いていけないと泣いて頼まれるのよりはましだとヒューのよだれを拭きながら話してた。え?弟だろ?ヒューは。子どもなのか?
 まあこっちにきても素直に昇天するのなんて、稀だけどな。



 さてさて、ゆっくりと主様の御前に参上仕りに行こうか。
 なんたって、こっちは一度面会を断られたからねー。俺がお嬢さんに会わせろと何度も言われるのが鬱陶しかったんだと思う。


 ようやくかと、思いながら俺はこれから向かう主に呟く。






「 ハデス様、何を怖がってる?」
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