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ここには長く置いておきたくない
しおりを挟む足音はヘルメスだった。
振り返った二人が見たものは、右手を火傷した天界からの使者だった。
「 お客人の部屋に行ったんですか?」
ケイロンが声をかける。
綺麗な外面様の口角を上げながらヘルメスが言い返す。
「 私は使者としてここに来ています。そしてコレー様のご様子も見る事も冥府の王に許されましたよ。
ケイロンさんがコレー様のお世話されていると聞いて探していたのです。」
答えるヘルメスを見ながらカロンが声をかける。
「 ほー。マイアの息子か、大きくなったのぉ。」
なんだよ、そのおじいちゃん目線は!とヘルメスは心の中で悪態をつく。
「 ゼウス様のお使いかい? 」
と聞いてから右手の火傷を心配する。
ケイロンが手作りの塗り薬を取り出すと、素直にヘルメスは塗られている。
アポロンに育てられたケイロンは、ヘルメスとも知り合いだった。ハデス達の前で見せていた抜け目なさの仮面はケイロンの前では取れている。
「 悪意を持ってこの部屋を訪れる者は弾き返す様に、眠りを妨げて連れ出そうとする者には扉を開ける事ができない様にと、結界を張りました。」
薬を塗りながらケイロンは、
ヘルメスがコレーの部屋を悪意は無いが連れ出そうとした事を確認する。
「 ヘルメスさんほどの力では破ってしまってもおかしくない結界だったんですが、違う力が私の結界を上塗りさせたんでしょうね 。
そうでなければ あなたに火傷でも傷はつけれないでしょう。」
薬を塗り終わって しまいながら尋ねる。
「 ヘカテーさんから お客様は記憶がきちんと戻るまで地上に返さないと聞きましたが、連れて出ようとしたんですか? なぜ?」
ヘルメスは治療した火傷の右手を見ながら答えた。
彼女を、
「 コレーを、これ以上ここに置いておきたくはなかったんだ。」
=○
半人半馬のケンタウロス族であるケイロンは その中でも異質だった。
ケンタウロスと言えばギリシャ神話の中では粗野で野蛮、残忍で女癖の悪い、酔っ払ってばかりいる野卑な生き物と言われていた。
ケンタウロス自身には生まれた時は罪などない。
けれどケンタウロス生まれる事になったきっかけのエピソードが強烈だった。
その話は少し述べるだけにしてここではケイロンの昔話を。
ケンタウロスの父はイクシオンと言う名で、ギリシャ北部のある国の王でした。そのイクシオン王は結婚するのに他国の姫を娶った。その時多額の結納金を渡す事を条件に姫をもらったが、イクシオン王は 約束のそのお金を渋った。そして実際に貰いに来た義父を燃え盛るかまどに突き落として焼き殺した。
これは人類として初めての親族殺害の大罪となる。
その罪が人々の知る事となり人間界に入れなくなったイクシオン王が助けを求めたのがゼウスの天界だった。
ゼウスは寛大にも、イクシオンを赦し大罪を清め滞在を認めた。しかしイクシオンはまた罪を犯そうとしていた。ゼウスの后のヘラに懸想した。ヘラから聞いたゼウスは初めは信じなかった。しかし念のためと危ぶんだゼウスがヘラの姿をした雲で偽物を作った。ただ全治全能の神が作った物はたとえ雲であろうとも命が宿る。その雲はネペレと言われ、やはり反省もしていなかったイクシオンがネペレを犯して生まれてきた子どもが半人半馬のケンタウロスだった。
怒り狂ったゼウスは、その罪によりイクシオン王は冥界に落とされた。冥界のタルタロスでは、絶えず回転する火の車輪に縛りつけられて永遠に続く責め苦を負わされてるとなっている。
ただ、その罪の子とされるケンタウロスは半人半馬で怪力であったため人々には恐れられた。またその父の犯したヘラに対する罪により神々からも忌み嫌われた。そうするとますます孤立するケンタウロスはその容姿半人半馬も嫌われる事になってしまい、行いもすっかり残虐や野卑となった。
ただ生まれた彼に何の罪があったというのだろう。親の罪を償って生きなければいけない運命を宿命として生まれてきたと言うのか?その宿命にしてしまった他の大人や神には罪はないのか?
けれど、成長したケンタウロスが数々の犯した罪はやっぱり彼の責任であり彼の評価となった。
そのまま、人の頭脳と馬の怪力を持ったケンタウロスは子孫を増やしてケンタウロス族として知られる事になった。
その父親が、人類最初の裏切りの上に義父殺しをしたあげく大神のゼウス神の妻のヘラ神に懸想して雲と交わった罪の男の子孫として。
しかしそのケンタウロス族の中でも知恵で有名な、ヘラクレスをもてなしたポロスと、このケイロンは賢者の人格者だった。
ケイロンは実は正確にはケンタウロス族では無かった。
大罪のイクシオン王の子孫ではなく、なんとティタン神のクロノスが父親であった。母は同じくティタン神族のオケアノスとテテュスとの娘の妖精のピリュラである。父と祖父母を神とするケイロンは、もちろん不死として生まれる。
同じ半馬でも、ケンタウロスとは事情が異なるが、
正妻に見つかりたくないクロノスが馬の姿で妖精のピリュラと結ばれて生まれたのだ。
しかし、半馬で産みおとした事に耐えきれなかった母のピリュラは腹を痛めて産み落としたわが子の姿を見て悲嘆にくれ、その悲しみのあまり菩提樹へと変わってしまった。
その後、父クロノスに捨てられたケイロンは 父クロノスや祖父母オケアノスとテテュスの兄妹であるポイぺとコイオスの願いにより、その娘のレト(いわゆる従兄弟)が 自身の子供たちと一緒に暮らして面倒を見ることになった。
そのレトの子供たちというのが、ゼウス(ケイロンにしたらゼウスは甥?従兄弟?)との間に生まれたアルテミスとアポロンだった。
そして一緒に暮らすうちにまだ幼さの残る優秀な二人の神がケイロンに、さまざまな知識を与え技を教えた。
そのお陰でケイロンは学識に優れ、とくに音楽、医術、狩猟、預言術に精通した。何よりそのまま捨て置かれたり親の罪を着せられたケンタウロスとは違い愛情ある暮らしが出来て幸せだった。ケイロンはその幸せは奇跡的なのだと自覚しており、その恩を返す様に他の神々の子や英雄たちに(アスクレピオス、イアソン、アキレウスら)の養育に携わった。そしてさまざまな闘いや事情で犠牲になった人々の子供達も沢山引き取って恵み育てた。
ケイロンは、先程コレーが思わず言ったように まさに半神半獣である。故に半馬では無い姿を変える事もできた。しかし自身の母の恨みも含めて半人半馬の姿のままだった。そしてケンタウロス族達がケイロンを慕い戦いに、敗れ頼ってきた折には逃げる事など思いもしなかった。
そのケンタウロス族を追いかけて来た英雄のヘラクレスもケイロンが慈しみ教えを授けた子だった。 そのヘラクレスに深傷を負わされたケイロンは絶え間ない痛みにより肉体の死を望んだ。
その願いをゼウスが叶えたと言われているが実際には もちろん死を司る我らが王のハデスだった。ハデスにより死に至った永遠の痛みの不死の身体を抜け出したケイロンは、一旦はゼウスによって天界の星座として射手座に空に祀りあげられた。
しかし、彼の子供達もまた数奇な運命を辿る事になり その子たちに寄り添う様に冥界のハデスの元にて暮らす事になった。
知り合いであるヘルメスは、人格者のケイロンが 自分が慕っているアポロンや父のゼウスではなく、冥界のハデスの元に居てるのが面白くなかった。
はっきり言って寂しかったのだ。
何度か天界のゼウスの元か、アポロンの側で
働かないか?暮らさないか?君もアポロンの母神には感謝してるんだろう?と誘うがケイロンの返事はいつも一緒だった。
「 君が出生の時にゼウス様に恩を感じた様に、私もその自身の死や子ども達の事でハデス様にしてもらった事を有り難く思っているんだ。
でも何より、気まぐれで人の運命や人生を狂わす天界の神々にはもうウンザリなんだ。
おっと!口が滑ったよ、こんな事を告げ口されたら地獄に落とされるよね?ハハハ」
そう いつも通りに、
ケンタウロス族の半人半馬の人格者ケイロンは笑って言った。
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