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引き止める理由がある
しおりを挟む皆がまたヘルメスを殺しかける前に先にハデスが動いた。
ヘカテーに尋ねる。
「 ミノスを迎えに行かせたが、様子はどうだ?」
ヘカテーが片膝を付いて答える。
「 お体は特に問題無さそうですが、記憶が少し混乱してるようでご自分の名前も全て覚えておられないようです。」
「 この花のせいならば、しばらくすると元に戻るだろう。
レテの河の水は飲んだりしてないか?」
「 はい、そんな感じではなく表情はしっかりとしておられる様です。
ミノスとも話をされてます。」
そしてハデスはヘルメスに向き直り答えた。
「 客人の記憶が戻った事を確認したら帰ってもらおう。
今回はこちらの事情で巻き込まれたので、冥界の記憶を全て消してから送り届けよう。」
ハデスが告げるとヘルメスは慌てた様に、
「 お待ちください。なぜ今ではダメなのですか?
どうせ忘れさせるなら、記憶がしっかりとしていない今の方が都合が良くないのですか?」
一刻も早く連れ帰らないと地上もかなりまずい事になる。
そうヘルメスは考えたのだが、ハデスの返事は違った。
「 記憶が混乱している所に忘却の術を行うと、そのまま全ての記憶が壊れてしまう可能性がある。コアになる格も障害されるかも知れない。
これは客人の為だ。決定だ。」
ハデスが決定と言えば覆る事はない。
それにコレーの為のものだと言えば納得せざるおえない。
尚もヘルメスはハデスに追い縋る。
「 では、せめてコレー様にお会いさせて下さい。デーメテール様にご様子をお伝えしたいのです。」
「 おまえがそんなにデーメテールの事を気にしているとは意外だな。」
と言われるがヘルメスは横を向いて
「 私ではなくゼウス様が気にされているのです。」
と小声で答える。
しばらくハデスが考えていたが
「やはり会わせる事はできない。だが、客人に姿が見えない様に遠くから見るだけならいいだろう。それでお前は帰れ。
ゼウスには、しばらく預かるが大事にもてなすから心配するなと 伝えてくれ。」
そうヘルメスに告げると ハデスが立ち上がり出て行こうとする。
ヘルメスは尚も言い募ろうとするが、ハデスはそのまま背を向けたまま
「 もういい加減気にするなって言ってやってくれ…」
そう言い残して部屋を出る。
閉じられた扉の前で複雑そうな顔のヘルメスが残される。
部屋を出たハデスにヘカテーが走り寄る。
「 ハデス様
そこまで気をつかわれる必要がありますか? デーメテール様の御子神だからですか?」
ハデスはその質問には答えない。
ヘカテーは溜息を飲み込んでハデスに申し出る。
「 彼女をハデス様のお部屋にお連れします。」
そう言ってミノスの待っている部屋に戻ろうとすると、
ハデスは
「 会う必要はない。ここには連れて来なくてもいい。」
「 会わないんですか!?」
「記憶が戻るまで しばらく様子を見る。ヘルメスに言ったように、大切にもてなしてくれ。
界渡りの花が元に戻ったら、花と一緒に地上まで送ってやってくれ。後は任せる。」
「 お待ち下さい。なぜお会いにならないんですか?」
「 向こうに帰った時に、何かのきっかけでここでの事を思い出すかも知れぬ。
だから、私とは会わない方がいいだろう。
ヘルメスとは今後、地上で出会うだろう。今 ここで出逢ってしまうと、またどこかで出逢った?と、記憶が混乱するやも知れぬ。」
(ハデス様は、やはりそこまで気にするのか)
そうムカつきながらハデスに言い出す。
「 私は… 彼女の世話を任されるのは、適任ではありません。
大切にもてなすのは むつかしいと思います。誰か他の物に申し付け下さい。」
そう言うヘカテーをしばらく見つめていたが、ハデスは小さく
「 君もまだか 」と呟いて
「 では、ミノスに任せ
「 これ以上 ミノスを関わらせるのは反対します!かなり親しそうにしておりました。」
珍しくハデスの言葉を待つ事なくヘカテーが声をあげる。
じっとヘカテーを見つめた後、ハデスは
「 わかった。誰か他の者を遣わそう。
それと皆、客人が ここのものを食べない様に気をつけててくれ。
後は自然に思い出すまでは、他の事も知らせる事がない様にしてくれ。あまり彼女の名を呼ばぬ様に。
ここで呼ばれた事を思い出してしまわない様にしてやってくれ。」
そうヘカテーに依頼した。
話を聞いていくうちに段々とヘカテーの無表情が壊れていく。眉間の皺をみてハデスが苦笑する。
「 すまない。よろしく頼む 」
主にそう言われてとうとう切れた。
「どうして主が頼むのか?!彼女はハデス様の何なんだ? ただの客人では無いのか!」
まだ未練があるのか!あの女の娘にそんなに気をつかうほどに。
その言葉だけは飲み込んでヘカテーはハデスの元を去る。
ツカツカと靴を鳴らして、後ろ髪を頭の上の方で一つに括り 揺らしながら、早足で去るヘカテーに、ハデスも言葉を飲み込んだ。
( 誰が誰の身代わりというのだ。)
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