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1 エゴイスティック≒ヒロイック

8.天使と街角散策②

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「こんなものかしら」

 薬草の入った袋を片手に抱えたネリーが満足げに言う。
 何軒か回りつつ集めたそれは彼女の細腕には重そうだ。片手が塞がってるから余計に。
 一応持とうかと言ってみたが即断られてしまった。
 かく言う私のショルダーバッグにも結構な量の物が詰め込まれている。
 ネリーが薬草を買い集めるついでに日用品を売っているお店を案内してくれたからだ。

「アルフォンスは女性に慣れているけれど、女性ではないからわからないことは沢山あるわ」

 とはネリーの談。
 確かに男性に女性特有の必需品とかまで気を回されたら有り難くはあるけど正直ビビる。
 ちなみに服を買って貰った際、既に数日分の下着までは気を回されています。まあ下着は男女問わず必要だからセーフ!セーフったらセーフ!!

(……あ、そっか)

 多分、こういうことも含めての“助力”なんだ。
 街は今危険ではないという判断が大前提だろうけど、アルがついてこなかったのには私が気兼ねなく必要なものを揃えられるようにとの思いもあったに違いない。
 前払いで貰った給料も、物価から想像するに相場よりかなり色をつけてくれてるみたいだし。
 ……帰ったら、絶対にお礼を言おう。

「それにしても、ネリーの買い物が薬草って意外」

 高級店はまた区画が違うので私の買い物を優先してくれた節もあっただろうが、それでも貴族のご令嬢の買い物って服とか宝石とかが中心かなって思ってた。

「それも嫌いではないけれど、当面は薬の研究の方が大切ですから」
「え、凄い!」

 製薬なんてしてるんだ!
 素直に驚く私に一瞬ふわりと表情を和らげて、ネリーは続けた。
 
「研究を始めたきっかけは戦争だったわ。兵士の痛みを和らげる薬があったらいいと思って。だけど今は戦いが終わっても……終わったからこそ、人々を癒す薬が必要だと思っています」

『だから今は宝石よりも薬草が欲しいの』
 彼女はどこまでも真っ直ぐに言う。
 揺るぎない誇りを持った紅い瞳が、残酷なくらい美しい。
 年齢は下なのに、彼女は私よりずっと大人だった。

(でも、それはなんだか……)
「どうかした?」
「ううん……ネリーは偉いね」

 誰かのために出来ることを探し続けてきたネリーは偉い。これは絶対だ。
 それ以外は多分、私が思ったって仕方のないことだろう。
 変な表情になってしまいそうだったので、話題を変えようとあたりを見回す。

(あれ……?)

 ふと一軒の屋台が目に入った。
 午後の活気溢れる市場にはどこもかしこも人がいるのに、そのお店だけ穴でも空いているように全く人影がない。
 外観が怪しげなわけではないし、店員さんが怖そうなわけでも、売ってる食べ物が不味そうなわけでもない。
 ……不味いどころか美味しそうなんだけど。

「ネリー、あそこのお店はなに?」

 指で示して尋ねると、そこを見止めたネリーは僅かに眉を顰めた。

「……この国では見ない香料を使っているようだから、多分タルカッタの店だわ。国交が回復したから商売に来たのでしょう」
「タルカッタ?」
「貿易が盛んな国よ。大きさ自体はエノストラフの3分の1ほどだけれど、国土の半分以上が海に面していて……って貴女知らないの?」
「ち、地理にはちょっと疎くて…?」
 
 目を逸らして誤魔化す。
 思わぬところで墓穴を掘った。
 この感じだとタルカッタとは恐らく三つ巴戦争の一角を担った国のことなんだろう。
 であれば確かに、つい1年前まで敵だった国の文化をそう簡単には受け入れられないかもしれない。
 しれない、がでも……美味しそうだ。
 匂いからしてあれはシナモン……。
 煮林檎とシナモンのペーストをパンのようなもので挟んでいるとみた。
 日本の食文化を嗜んできた私は豊富な経験から確信する。

「あれは美味しい……」
「どうかした……きゃっ!?」

 ネリーの手をぐいぐい引っ張りながら店へ行く。
 パンを2つ注文をすると店員さんが笑顔でたっぷり林檎煮を挟んでくれた。
 値段もおまけしてくれるそうなのでありがたく銅貨5枚を支払って品を受け取る。
 そしてそれを驚くネリーの前に差し出した。

「なに……?」
「お昼食べてなかったなって思って。これだとちょっとおやつっぽいけど」

 林檎は自分で買って食べていたし嫌いではないはずだ。
 貴族たるもの買い食いははしたない、なんて言い訳も最早通用しない。

「はい」
「え……わたくしは…その……」
「……ねぇ、ネリー」

 先程とは打って変わっておろおろと視線を彷徨わせるネリーに、私はにっこり微笑んだ。

 「もう戦争は終わったんでしょう?」

 戦争は終わった。そう、ネリーが言ったのだ。
 なら、これは敵国の文化ではなく、単なる隣国の文化。排斥する必要はないはずである。
 もちろん彼女の感情が理解できないわけではないが、それでも目の前の美味しいものをみすみす逃す手はないのではないだろうか。

「……」

 ずいっとさらに林檎パンを突き出す。
 躊躇いながらも恐る恐るネリーが手を伸ばしてきた。
 1つを彼女に渡し、もう片方を一口頂く。
 林檎のペーストは少し粗めに潰しているようで、シャクシャクとした食感が爽やかだ。意外にもちもちなパンも食べていて楽しい。
 自然とふにゃりと表情が緩む。

「………………美味しい」

 隣で聞こえた小さな声。
 微かな、でも確かに聞こえたそれに私の笑みはますます深くなったのだった。

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