とある田舎の恋物語

やらぎはら響

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「兄貴となんかありました?」

 庭で秋と洗濯物を取り込んでいると、急にそんなことを言われた。

「え?いきなりどうしたの」

 動揺する日向を、秋がじっと見てくる。

(言えない。毎晩キスしてるなんて)

 想いを通じ合わせた日から毎晩、ノウゼンカズラの裏庭で、二人でほんの少しの時間一緒に過ごしてキスをしている。

「兄貴ここ最近機嫌がいいし、よく日向さんに構ってるから。前も構ってたけど、最近はもっと」
「ええっと」

 何と言ったらいいかとぐるぐる思っていると、物干し竿から滑り落としたシーツを抱えて、秋は小さく俯いた。

「兄貴、自分の事話してくれないんです。そりゃまだ中学生だけど、ここに来た経緯を俺は知ってるし、愚痴くらいなら聞けるのに。できれば負担になりたくないから、兄貴が何考えてるのか少しでも知りたくて……それが辛い事でも楽しい事でも」

 ポツリと零された言葉に、どんなにしっかりしていて弟達の母親みたいなことをしていても、まだ中学生だもんなと、日向はそっと秋の頭を撫でた。

「実はね、知臣さんと恋人になったんだ」
「ふえ?」

 まぬけな声を出した秋に、日向は微笑を浮かべた。
 勝手に言うのはどうかと思ったが、自分も大事に思っているこの子供の憂いを、晴らしたいと思ったのだ。

「つ、つきあ」
「気持ち悪い?」

 どもる秋に尋ねると、ブンブンと首が飛びそうなほど振る。
 顔を真っ赤にした秋は、そっか、そうなんだ、と何度も口の中で呟く。

「えと、じゃあ日向さんに構ってるのは」
「まあ、えっと、そういうこと、です」

 さすがにマジマジと聞かれると照れてしまう。
 頬を赤くした日向に、秋はほてった顔を右手であおぎながらへへっと笑った。

「そっか、なんか嬉しいです。兄貴いつも俺達のことばっかりで自分の事後回しにするから。あの女の人が言ってたように、施設に入るのが兄貴の負担にはならないってわかってても嫌だったから……」
「そんなの知臣さんだって嫌だよ」

 秋の言葉に日向はきゅっと眉を寄せた。
 弟達を何より愛している彼が、そんなこと許すはずがない。

「そう、ですかね……重荷になってないかとか、自由になりたいんじゃないかって」
「知臣さんといて幸せ?」

 俯いていく秋にそっと問いかけると。

「もちろん!」

 バッと顔を上げた。
 兄と同じ色素の薄い瞳は曇りが無い。
 真っ直ぐなその眼差しに、日向は微笑んでそっかと頷いた。

「夾君もそう言ってた」
「夾も……」
「それに知臣さんも」

 知臣の名前を出せば、秋はぐっと唇を引き結んだ。
 二人のあいだを、びゅうと風が通り抜けていく。

「一緒にいて、みんなと家族でいることに誇らしげだったよ」

 噛んで含めるように教えると。

「そうなんだ」

 泣き笑いの表情で顔をくしゃりとさせた。
 すんと鼻をすすってから秋はへへっと小さな声で笑って、日向に向き直った。

「俺ね、兄貴が日向さんと仲良くなって楽しそうにしてるの見て、よかったって思ったんです」
「そうなんだ」
「はい、兄貴をよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げた秋に、思わず笑ってしまった日向は、彼らの兄がそうするようにその頭をくしゃくしゃと撫でた。

「何楽しそうにしてるんだ?」

 縁側の方から知臣がサンダルをつっかけて近づいてきた。
 のったりと近づいてきた知臣に、秋が満面の笑顔を浮かべて。

「日向さんに捨てられないようにな」
「へ?」

 にんまりと得意気に言い放った秋に、日向は吹き出しそうになる。
対する知臣はまぬけな声を発していた。
 言うだけ言うと、秋は洗濯籠を抱えるとさっさと縁側へと行ってしまった。
 訳が分からず自分を振り返った知臣に、日向は笑いを噛み殺した。

「ごめん、恋人だって秋君に言っちゃった」
「や、それはいいんだけど。何で捨てられる話になってんだ?」

 不服そうに眉を寄せた知臣に、日向は眉間の皺をぐいと人差し指で押すと。

「そんな話じゃないよ。知臣さんは愛されてるって話」

 日向の言葉に、ますますわからないと首をひねる知臣だった。
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