とある田舎の恋物語

やらぎはら響

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七月末のジワジワと暑い正午。
 知臣以外のメンバーで駄菓子屋に到着すると、いつものように各自好きなものを買ってベンチでまったりしていた。
 知臣は田畑さんの家に寄っているので、後から来る予定だ。

「こんにちは」

 鈴の鳴るような声にそちらを見ると、理恵が白い日傘をさしてそこに立っていた。
 途端、全員の顔がこわばった。
 けれど理恵は気にしたふうもなく四人の前へと歩いてきた。

「遊ぶ場所こんな所しかないのね。君達もっと美味しいお菓子とかおもちゃ買ってあげるから、お兄さんに」

 理恵の言葉を遮るように、日向が中川家の三人の前に立ち上がった。

「日向さん」

 秋の不安そうな声が背中から聞こえる。
 その行動に、理恵の顔があからさまに顰められた。

「何あなた。あなた兄弟じゃないんでしょ?私は知臣の弟に用があるの」
「知臣さんに話があるなら、この子達を使わずに直接話したらどうなんだ」

 あきらかに弟達を利用する気満々の理恵の態度に、日向はきっぱりと言い切った。
 それに理恵の眉がきりりと跳ね上がる。

「あんたに用はないのよ、どいてちょうだい。気持ち悪い顔してさ」

 吐き捨てるような言葉に、ぐっと日向は口を引き結んだ。
 事情は知らなくても、なんとなく弟達を使って理恵が知臣に取り入ろうとしているのはわかる。
 この家の兄弟は、今や日向にとってかけがえのない存在だ。
なんと言われようと、どく気はなかった。

「誰が気持ち悪いって?」

 ぐいと肩を抱かれて、驚いてそちらを見ると冷めた目をした知臣がいた。
 いつのまに到着したのだろうか。

「彼は大事なうちの客だ。失礼な事言うんじゃねーよ」

 焦げ茶色の瞳を細めた知臣にさすがにバツが悪いと思ったのか、理恵がうろたえたように一歩後ずさった。

「ちがっ、私はただあなたとその弟と話したくて」
「俺には何も話す気はないし、俺達はもう終わってる。お前のことは好きじゃない。わかったら東京に帰れ」

 にべもない知臣に、ぐっと声を詰まらせたあと。

「そんなこと言ってられるのも今だけよ」

ふんと鼻を鳴らしその場を去って行った。

「ありがとうな、こいつら庇ってくれて」

 知臣に顔を覗き込まれて、日向は思いのほか近い距離に。

「気にしないで」

 早口で返事をして距離を取った。
 そのさい肩に置かれていた手も離れていったけれど。
 そうして気づく。
 知臣に触れられるのが嬉しいだとかそんな感情があることに。
 それは日向にとっては驚きで、そして何かが胸で溢れそうだった。
 夜、みんなが寝静まった頃。
 日向はノウゼンカズラの咲く裏庭で、縁側から足をぶらぶら揺らしながら星を見ていた。
 小さく飴を転がすように歌を歌う。
 一人になりたい時に来るといいと言われたが、知臣に『ヒナ』だとバレている事がわかってから、たびたび日向はここで小さく歌を歌っていた。
 歌を歌っている時は、知臣はここには来ずそっとしておいてくれる。
けれど今日は違った。
板張りの上を進む足音にそちらを見ると、優を寝かしつけていた知臣がいた。
隣に座り、しばらく日向の歌を聞いて星を眺める。
 日向が歌い終わっても二人で黙って星を見上げていると。

「あのさ、あいつと付き合ってたの三ヶ月くらいなんだけど、趣味悪いって思うか?」

 知臣の方を見ると、心なしか眉を下げている。

「……そうだな、悪いっていうか意外、かな」

 優しい知臣が、失礼だが心無い発言をする理恵と付き合っていたことは、ショックもあったがそれ以上に意外だった。

「よく行ってたカフェの店員だったんだけどアプローチされてさ。特に断る理由もないから付き合った。両親が死んで弟養わなくちゃいけないって言った途端、振られたんだ。正直な話、あんまり好きとか考えてなかった」

 考えてなかったという言葉にどこかホッとしたような気持ちが沸いて、日向は内心動揺した。
 どうしてかあの女性のことを考えると、心がもやもやするのだ。

「今は真剣に好きだ」

 思わず膝にある手をぎゅっと握った。
 ドクドクと心臓が早鐘を打っているのがわかる。

「あの人を?」

 喉から出た声は、カラカラに乾いていた。

「違う、日向君を」

 形のいい唇が自分の名前を紡いだ事に、キョトンと目を丸くしたあと。

「お、おれ?」

 ぶわりと全身が熱くなった。
 知臣の顔は冗談を言っているようには見えず、真剣そのものだ。

「繊細そうなのに気が強くて。初めて会った時からどんどん笑うようになっていくのが見てて目が離せなくなったし、嬉しかった」
「ヒ、ヒナだから?」

 動揺して声が震えた。

「違う。ヒナだって気づく前から惹かれてた」

 囁くような甘い声に、耳が溶けそうだと日向は思った。
 きっと今自分は茹蛸のようになっていると思う。
 日向は右手で赤くなった顔を隠すと、ブンブンと左手を振った。

「いや、俺なんてこんな顔だし傷跡だらけで気持ち悪いし、何もない人間で」
「問題ねーよ。それに何もないなんてことない」
「そんなこというのずるい」

 左手をそっと握られ、穏やかに笑ってみせる知臣に、日向はますます赤くなった顔をうつむけさせた。

「ごめんな、日向君。急にこんなこと言っちまって。理恵のことで誤解されたくなくてさ。このあいだは思わずキスしちまったし」
「うあ」

 キスという単語に、ますます顔が赤くなり変な声が出た。
 知臣が眉を上げて驚いた顔をしたあと、唇に弧を描く。

「その反応は期待していいか?」
「き、きたい?」

 そりゃあ知臣は恩人と言えるし、いい人だと思うけれど。
 それでも何か言わなくちゃとしどろもどろで、今の自分の正直な気持ちを口にした。

「俺、従兄弟に触られるのは嫌だったけど知臣さんは平気だった。むしろ心地いい……と思う。あの女性が知臣さんの恋人だったんだって知ったとき、なんか胸がもやもやした」

 話しているうちに、あれ?と日向は思った。

「優しくされて嬉しかったし……キスも嫌じゃなかった」
「好きって言われてるみたいだ」

 小さく笑った知臣に、日向はその単語を言われて、胸にストンと落ちてきたものを感じた。
 自分の気持ちは知臣にばかり向いていて、最初の頃とは比べものにならなくて。
 理恵への気持ちは、きっと嫉妬だったと自覚する。
 キスも嫌だとか気持ち悪いとか一瞬も考えなかった。
 好き。
 それだけが胸に残った。

「うん……好きなんだ」

 ぽつりと呟くと、知臣が一瞬目を見開いて楽しそうに、そして嬉しそうに笑った。

「スッキリした顔してる」
「そう、かな。でも、うんもやもやしてた理由がわかったから」

 頬を熱くさせながらも小さく、すき、と口にする。
 目の前の霧が晴れたように、自覚すれば自分の気持ちを口にする事が出来た。
 知臣が好きだと言ってくれたから。
 嬉しそうに焦げ茶色の瞳を知臣がしならせると。

「二回目のキスしていい?」

 そっと囁いた。

「聞かないでよ、恥ずかしい」

 頬を染めて唇を尖らせた日向のそれに、笑みの形の唇が重なった。
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