とある田舎の恋物語

やらぎはら響

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 結局翌朝は中川家の皆にバレることはなくほっとした日向だ。
 そのあとは、吐いた姿を見せたせいか治がかまってきていない。
 胸を撫でおろしながら、それでも警戒する心は解けなかった。
 一週間もたつ頃。
その日はお菓子を買いに行こうと中川家に誘われた。
みんなで向かったのは駄菓子屋だった。
 木造平屋に所狭しとカラフルなお菓子が陳列されている。
 懐かしのお菓子から、意外と最近のものまで並んでいるのが何だかおかしかった。
 みんなそれぞれお気に入りがあるのだろう。入ってすぐに目当ての場所へと向かっていく。
 秋はアイス、夾はラムネ瓶、優はグミだ。
 駄菓子屋の外にあるベンチに座って、きゃらきゃらと騒がしい三人から視線を外し、日向はくるりと店内を見回した。

「懐かしい、この店」
「ガキの頃よく来たのか?」

すでに日向の祖母がいた事や、幼い頃よく来ていたことは話してある。
 二つセットのチューブアイスの片方を渡されて、日向は口元に笑みを浮かべた。

「ばあちゃん所来るたびに、よく来てた。山とかも行って、ヤンチャだったよ」
「虫駄目なのに?」
「昔は平気だったんだよ」

 じゅっとアイスを吸い出し、日向はちらりと知臣を見やった。

「知臣さんは?」
「外でも遊んでたけど、家で本読んでたかな」
「意外だ」

 外見はともかく、ヤンチャな雰囲気があるのでてっきり外で遊ぶ元気少年だったと思ったのだ。

「弟出来たら弟フィーバーきちまって、ずっと傍につきっきり」
「兄弟仲いいもんね」

 くすくす笑うと。

「やー、言うこときかない奴らだけどね」

 仕方なさそうに言ってはいるが、弟達を見る目は温かい。

「みんな心から楽しそうだよ。知臣さんを大好きなのがよくわかるもん」
「……そう見えるんだ」

 ぽつりと呟いた知臣に、不思議そうにうんと頷けばくしゃくしゃと髪を撫でられた。
 何故か最近よく髪を撫でられている気がする。

「何?」
「いや、そうだ明日はイベントだから九時にうちに来いよ」
「イベント?」
「少し早いけど平気か?」

 それは平気だと頷けば。

「お楽しみに」

 なんだかいたずらっ子のような顔で笑うので、思わず日向は可愛いなと思ってしまった。
 年上の男に可愛いも何もないのだが。
 その日は夕飯にも招待されたが、明日に備えて早く寝るからと断った。
 そう毎日毎日ご馳走になるわけにはいかない。
 翌日の朝、中川家に行くとみんなで塩むすびを作っているところだった。
 遠出でもするのかなと思いながら、日向もおぼつかない手つきながら手伝っていく。
 秋の手元ではおにぎりが綺麗な三角に結ばれている。

「秋君、上手だね」
「まあ、いつもしてますからね」

 この家での家事を担っている秋の手つきは慣れたものだ。
 さすがは料理を毎日してるだけあった。
 可もなく不可もない味と評価されているが。

「僕だって手伝ってるよ」

 夾が、納得いかないのか何度も手の中のおにぎりの形を直していると。

「ゆうも、ゆうもしてる」

 丸くて小さいおにぎりを作っていた優も自己主張する。
 夾の頭をそうだなと知臣がぐりぐり撫ぜると、まんざらでもないように笑うのが微笑ましい。

「助かってるよ、あ、髪に米粒ついた」
「ちょっ知兄なにしてんだよ!」

 取って取って、わりぃわりぃと騒がしい兄弟達を見て日向は思わず笑ってしまう。
 事故にあってから笑うことなんてなかったのに、この賑やかな兄弟のなかにいると、自然と笑みが浮かんだ。
 出来上がったおにぎりを秋がタッパーに詰めているあいだに、優にベビー用日焼け止めを塗ってやる。

「ひなちゃん、ぼうしとってくる」

 てこてこと廊下に出ていく優と入れ違いに、麦わら帽子を持った知臣が部屋に入ってきた。

「日向君、日焼け止めしっかり塗れよ」

 ひょいと投げられたチューブタイプの日焼け止めを受け取り、言われるままに腕や足に塗っていく。

「知臣さんは塗った?」
「バッチリ」

 それに頷いて蓋をしめようとすると。

「こらこら顔も塗る」

 日焼け止めを取られて知臣が手のひらに出すと、前髪をかき上げられた。
 そのまま少々雑に顔に触れられて。

「やめっ」

 ドンと胸を押し返した。
 それに知臣がきょとりと目を丸くする。
 居心地悪く前髪をささっと戻すと。

「あ、皮膚薄そうだし痛かったか?」

 あっけらかんとした声がかけられた。

「それとも日焼け止め塗ったら痛い?」

 次は少し気にしたふうな声音に。

「や、へーき、びっくりしただけ」

 動揺しながらも、知臣の言葉にフルフルと首を振る。

「そっか」

 ボスンとうつむき気味だった頭に何かを乗せられ顔を上げると、つば広の麦わら帽子が頭に乗せられていた。

「今日は暑くなるからな」

 ぽんと麦わら帽子の上から一回頭に手を乗せたあと、知臣はみんな用意できたかと大声を出しながら玄関へと向かって行った。

「無神経なのか違うのかわかんない」

 怪我をしてから日向の顔を見るたびにみんな同情的な眼差しを向けたり、気遣わし気に声をかけたり、時には遠回しに怪我の経緯を聞かれて心底うんざりしていたのに、知臣はそんなそぶりさえ見せない。
 ただ日向の傷跡があるのは当たり前で、そういうものだと扱ってくれる。
 最初はなんてデリカシーのない奴だと思ったが。

「居心地いいな」

 ぽつりと呟いていた。
 車に乗れない日向のためになのか、元々その予定だったのか。
自転車にそれぞれ乗って十五分ほど走ったところだった。
 青い空と入道雲の下、広い土地にトウモロコシやトマト、キュウリなどが瑞々しく実っている。
 畑の外でおーいと手を振っている野良仕事着の、薄い白髪の男が手を振っていた。

「お世話になります」

 自転車を止めてそれぞれ挨拶する。

「日向君、この畑の持ち主の田畑さん」
「こんにちは」
「はい、こんにちは」

 ぺこりと頭を下げると、田畑はのんびりと頷いて。

「さあ行こうかね」

 畑の方へと歩き出した。
 それに続いて夾と優がはしゃぎながらついていく。
 秋は日陰に保冷パックに詰めたおにぎりや飲み物を置いている。

「今日のイベントって、野菜の収穫?」
「そう、チビたちによかったらって誘われてな。ほら行こう」

 知臣に手を引かれ、畑へと入っていく。
体温の高いその手は、治とは全然違って、優しく感じてしまう。

「知兄!写真撮るからスマホ貸して」

 さっそくトマトを田畑さんに手伝ってもらいながら収穫している優を指差してからシャッターチャンスと言う夾に、知臣がズボンのポケットから取り出したスマホを渡す。
 荷物を置いてやってきた秋が、その背中に声をかけた。

「夾、足元気を付け、うわっ」
「うわあっ」

 朝一番で水を撒いたらしい地面は湿っている。
 夾に注意を促した秋本人がぬかるみに足を取られずるりと滑り、さらに日向を巻き込んで地面に尻餅をついた。

「大丈夫か二人とも」
「笑わないでくれないか兄貴。日向さんごめん」

 思わず吹き出しながら手を差し伸べる知臣に、秋が引っ張り上げられながらぶすくれた声を出す。

「二人とも泥だらけじゃん。まったくこれだから秋兄は」

 あきれたように言う夾に、思わず笑ってしまう。
 地面に落ちた麦わら帽子を拾おうとすると。

「ひなちゃん、かみよごれちゃうよ。ゆう、いいものかしてあげる」

 地面に座ったままの日向に、優は斜め掛けしていたオレンジのポシェットから、自分が前髪を留めているものと同じ青い髪留めを出すと、んしょんしょと日向の長い前髪をかき上げて留めてしまった。

「ゆ、優君」

 顔の半分にわたる傷跡が白日のもとにさらされて、ドクドクと鼓動が早くなる。
どんな顔をしていいかわからず視線を忙しなく彷徨わせた。
 その場に一瞬沈黙が落ちる。
 けれど。

「可愛いじゃん」
「可愛いって……」

 知臣のなんてことない言葉に、思わずオウム返ししてしまう。

「男は格好いいの方が嬉しいぞ兄貴」
「これだから知兄は」

 やれやれと言わんばかりの物言いに。

「ほら、これが可愛くない方」

 次男と三男を見やって知臣が唇を尖らせる。

「ふっはは、あはは」

 そのやりとりに何だか気が抜けてしまい思わず笑ってしまった日向に、四兄弟はキョトンと目を丸くした。

「ふふっ早く収穫しよっか」

 笑いを噛み殺しながらの日向の言葉に、頷きながらそれぞれ畑に散らばって行った。

「ともちゃん、みみずー」

 よく耕された土から出てきたミミズを手に優がはしゃぐと、ひょわーっと日向だけでなく知臣まで青い顔をして優から一目散に逃げた。

「虫平気じゃなかったのかよ!」
「あれ系は無理無理、あれ触るくらいならゴキ触る方を選ぶ!」
「意味わかんない!」

 畑の中を逃げ回り、結局そのままみんなはしゃぎすぎて泥だらけになった。
 昼時は、みんなで作った塩結びに、収穫した野菜。
 夾がトマトを丸かじりすれば優がキューリを齧る。
 田畑さんにトウモロコシの料理の仕方を教えてもらっている秋はなんだか主婦のようだった。
 知臣はビールがあったら最高なのにと、しかし特に不服そうもなく呟いていた。
和気あいあいとした時間を過ごして、日向は中川家と別れて帰路についた。
夕食に誘われたが断って足早に家に入る。
帰りつくなり使っている部屋に飛び込んでから、日向はスマホを取り出した。
録音アプリを立ち上げると、今日の出来事を思い出しながら、軽やかなメロディーラインを口ずさみ始めた。
笑う声。
暑い日差し。
瑞々しい野菜。
そして、どうしてか浮かんだ知臣の笑った顔を思い出しながら、頭に浮かぶ曲を録音していく。
ひととおり録音を済ませたあとに、日向はハッと我に返った。
とても充実した気分だったのが、萎んでいく。
力なく口元に近づけていたスマホを畳に置き、膝を抱えた。

「今さらこんなこと……曲なんか作ってどうするんだ」

 もう、歌う場所はなくなったのに。
 ぼんやりと膝を抱えたまま、曲を録音したスマホをじっと眺めていた。
 消そうかとも思ったが、久しぶりに浮かんだ曲を消す気になれなくて、自分の未練がましさに落ち込む。
 そのまま膝に顔をうずめて、はっと顔を上げたら部屋の中はすっかり暗くなっていた。
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