とある田舎の恋物語

やらぎはら響

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 その日からちょこちょこと食事に誘われたが、さすがに毎日のように行くのは悪いと思い、中川家に行かずに川辺でぼんやり時間をつぶすことも少なくない。
 その日も定位置となった川辺の岩の上でぼんやりとしていると。

「お、先客」

 聞き覚えのある声にそちらへ目線を向けると、のんびりと知臣が歩いてきていた。
 軽く手を上げて目の前に来ると、にかりと笑いかける。
 王子様な外見に屈託のない笑顔は、なんだかやけに夏の太陽が似合うなあなんて思ってしまう。

「何でここに?」
「お気に入りなんだ」

 首を傾げると、なんてことないように知臣
は肩をすくめた。

「そういや飯食いに来ねーけど食ってるか?」

 聞かれて思わず返答に困った。
 料理なんてする気は当たり前のように起きこらないし、正直そんなに食欲もない。
 だから食べたり食べなかったりとめちゃくちゃな食生活を送っていた。

「……一応」

 食べてはいるともごもごと答えれば。

「食ってねーな」

 バッサリ斬られた。

「そんなことは……」

 むっと口を尖らせて反論しようと口を開きかけたら、ひょいと知臣に右手首を取られた。

「ただでさえ細えのに骨になるぞ」

 体温の高い手が、すっぽりと日向の手首を包んでいる。
 身長があるから当然かもしれないが、その手は日向とは全然違って大きい。
 思わず、自分の手を掴んでいる知臣の手をまじまじと見てしまった。
 そういえば最初から遠慮なく触ってくるなとぼんやり思う。

「おーい兄貴、いたか?」

 聞き覚えのある声に、知臣の手がパッと離された。

「おお、いたいた」

 知臣が声を上げると、川辺にぞろぞろと中川家の弟達が歩いて来た。

「どうしたの?みんな揃って」

 立ち上がって三人の方へ行けば、夾が元気よく声をあげた。

「散歩!」
「みんなで?仲いいね」

 微笑ましくて笑いかければ、夾がふんと胸を張った。

「知兄一人じゃ心配だからね」

 思わずふふ、と声に出して笑ってしまった。

「秋君もいるの珍しいね」

 知臣とここで顔を合わすときに、夾や優はいつもちょこまかとついてきている。
 けれど、秋がやってきたのは初めてだ。

「日向さん誘いに来たんです」
「誘う?」

 はてと疑問を口にすると秋はちょいと唇を尖らせた。

「日向さん細いから。兄貴に誘ってみてって言ったけど、あんまり来ないから遠慮してるんじゃないかと思って」
「いやでも、そんなにしょっちゅう行くのは……」

 あまりにも図々しいだろうと眉を下げれば。

「台所を預かるものとして不健康な人は見過ごせません」

 キリッと秋は言い切った。
 それはなんだか申し訳ないと思っていると。

「そうそう俺も気になったんだよ。体力ないし」
「ひなちゃんごはんたべよー!」

 知臣がうんうんと頷くと、秋と手を繋いでいた優は足にどんと体当たりしてくる。

「ほら帰ろう!僕もうお腹すいた」

 本当に日向に声をかけるためだけに来たらしく、夾の号令で中川家へと向かうことになってしまった。
 断ろうとしたけれど知臣にまあまあと促され、駄目押しとばかりに優に手を引っ張られて日向は流されるように中川家へと連れて行かれた。
 冷しゃぶと素麺をご馳走になって夜になると、送るよと知臣が玄関に向かった。
 弟達三人に見送られて外に出るとすっかり暗くなっている。
 知臣が秋に渡された懐中電灯のスイッチを入れた。

「自転車じゃないの?」
「いや歩き」

 背中に問いかけると、肩越しに知臣が笑いかけた。

「言ったろ、体力つけろって」

 おもむろに手が伸ばされて、くしゃりと髪をひとつ撫でる。
 それが酷く優しい感触だった。

「弟達にするみたい」

くすりと笑って横に並べば、わざとらしく知臣が苦笑して見せた。

「弟ならもっとスパルタだって」

 そんなことを言いながらも、瞳は柔らかい。
 日向は何言ってるんだかと笑った。

「うそつき、優しいくせに」

 日向の言葉に知臣がぱちりとまばたいた。

「知臣さん?」

 立ち止まった知臣に不思議そうに声をかけると、いやとまた歩き出す。
 そのままゆっくりと二人は日向の祖母の家へと向かった。
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