極彩色の恋

やらぎはら響

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ピンポンと呼び出す音に、奈夏が俺が出るよと言ってリビングを出て行った。
午後九時半のまったりとした金曜日。
玄関のインターホンが鳴るなんて揚羽が来てからは初めてだ。

「美里さんかな」

 ぽつりと口の中で呟けば、その可能性になんだか心が重くなる。
最近の自分は一体どうしたことだろう。

「揚羽、客が来た」

 リビングに入ってきた奈夏の後ろから入ってきた男に、思わず揚羽は目を丸くした。
 そこには奈夏と同じくらいの背丈の男が入ってきたのだが、その男に見覚えがあったからだ。
 黒い髪をオールバックにしている切れ長の目に、上等なスーツの上からでも鍛えられているとわかる体つき。
 その男は以前の揚羽が行った会合で、上座の奈夏の隣に座っていた男だった。
 何を隠そう石動家の次男の石動和也だ。
 突然の本家の人間の登場に、揚羽は座っていたソファーからばね仕掛けのように立ちあがって深々と頭を下げた。

「こ、こんばんは」

 揚羽の挨拶に一瞬面食らったような顔をした和也だったが。

「初めまして、石動和也だ。揚羽君だろ?兄貴から聞いてる」

 にっと口元に笑みを浮かべると、年の差があまりないせいか兄弟の表情はよく似ていた。

「和也、夕飯は?」
「会食で食べた。けどなんか欲しい、風呂借りるぞ」

 言うなり和也はひらりと一度手を振ってネクタイを緩めながらリビングを出て行った。
 勝手知ったる雰囲気に、ここに来るのが当たり前なのだと感じさせる。

「あいつよく食べるからな。カップ麺でいいか」
「えっ!」

 独り言ちた奈夏の言葉に思わず揚羽は反応していた。

「本家の人がカップラーメン食べるんだ」

 思わず呟いた言葉に奈夏がふは、と笑いを零す。
 湯を沸かしながら、特大の焼きそばカップを取り出すとビニールを外しながら。

「食べるよ、俺だって食べるだろ」
「奈夏は、なんか特殊なのかと」
「特殊!」

 俺そんなふうに見られてたんだと笑う奈夏に、和也が訪ねてきたことも揚羽は不思議だった。
 確か噂では弟とは仲が悪く、それぞれ派閥があると聞いていた。
 しかし、どう見ても二人は仲が悪いようには見えない。
 そもそも家に尋ねてくる間柄なら仲は良い方の筈だ。

(人の噂って当てにならないな)

 こぽこぽと焼きそばカップにお湯を注ぎながら、揚羽も何か食べるかと聞かれたがすでに夕食で満腹になっていた揚羽は辞退しておいた。
 そっかと奈夏は酒でも飲むのかチーズなどを出している。
 それを取ってテーブルに運ぶとさんきゅとお礼を言われた。

「風呂サンキュー」

 白と黒のスウェットに濡れたままの頭で和也がリビングへと入ってきた。

「頭拭けよ、風邪引くぞ」
「平気だ」

 前髪を下ろしていると、少し幼くなった和也がテーブルの方へ来るとドカリとカーペットの上にあぐらをかいた。
 にゃんにゃんと桜が近寄っていきふんふん匂いを嗅いでいる。

「お、君が桜か」

 人差し指を差し出したら、桜が匂いを嗅いだあとお気に召したのか和也の膝の上に乗って丸くなった。

「はは、可愛いな」
「ほら食え」

 奈夏が出来上がった焼きそばカップをドンとテーブルに置き、ついでに自分の分を含めた缶ビールとチーズを置く。
 そして和也と同じようにカーペットにあぐらをかいた。
 所在なさげに部屋を出た方がいいだろうかと思った揚羽に、奈夏がぽんぽんと隣を叩く。

「どうした?座れよ」
「う、うん」

 呼ばれてそそくさと隣に正座する。
 和也は早速と缶ビールをプシリと開けて喉をうならせて飲みだした。

「ぷはっあーやっぱワインよりビールだな」

 続いてズズッと豪快に焼きそばを食べだした。

「お前会食あとなのに、相変わらずよく食うね」
「フルコースなんて食べた気がしないからな」

 奈夏もビールのプルトップを開けてぐびりと一口ビールを飲んだ。
 揚羽にはこっちとオレンジジュースが渡される。
 それを手に取って開けると、ちびりとジュースを一口飲みながら二人の様子を見やった。

「どうした揚羽」

 不思議そうに眺めていたせいか、視線に気づいた奈夏が揚羽に目線を向けた。
 和也もちゅるりと焼きそばをすすって揚羽を見やる。
 二人にじっと見つめられて、思わず揚羽は居住まいを正していた。

「いや、本家なんて雲の上の人だと思ってたから」
「意外だって?」

 奈夏が笑うのに、揚羽がこくりと頷いた。

「それは仕方ない。付け入らせる隙を作らないように外ではそれなりに振舞っているからな」
「僕とは最初からこんな感じだった」
「警戒はしてたよ」

 そんなふうには見えなかったと揚羽はぱちぱちと目を瞬いた。

「兄貴は笑って一線を引くからな」
「僕は気づかなかったや……ごめん」

 思わず眉を下げれば、奈夏はひらひらと手を振った。

「言ったじゃん。擦れてないからいいって。これでも人を見る目はあんの」

 そんなふうに言ってもらえるのはくすぐったくて、思わずむずむずと口が笑みの形になる。

「まあそんなわけで、俺ら自体は結構庶民派だよ」

 奈夏の言葉に、確かにと思う。
 奈夏は自分で買い物にも行くし自炊も掃除もする。
 けれど仕事で出かけるときなどは、髪も上げて上等なスーツに身を包んで行く。

「会合の時に会った人達みたいなんだと思ってた」
「えーやめてよ、あんな古狸共と一緒にするの」
「まったくだな」
「え、え、ごめんなさい」

 二人の言葉に慌てて謝罪すると、ぷくくと笑いを零された。
 どうやらからかわれたらしい。

「でも仲が悪いって言われてたから意外だった」
「ああ、そういう風に対立させておこぼれ貰おうってやつが多いんだよ」

 肩をすくめた奈夏に、そうだったんだと思い大変そうだなと揚羽は眉を下げた。

「まあ実際は仲いいんだがな」
「こいつお兄ちゃんっ子だから」

 食べ終わった和也が缶ビールを飲み干す。
 ちゃかすように言った奈夏に、誰がお兄ちゃん子だと半眼を向けていて揚羽は微笑ましくて笑ってしまった。
 その後、そんなものがあったのかとテレビゲームを引っ張り出してきた二人は対戦格闘ゲームをやり始めた。
 揚羽もやってみるかとコントローラーを渡されたが。

「え、あ、あ、」

 コントローラーを持つのも初めてなので、操作しながら声が出てしまい。

「ああ、ゲームオーバー」

 すぐに負けてしまった。
 プレイしていると焦ってしまうので見ている方が楽しいと言えば、だったらもっと楽しいゲームにしようと言って始めたのがゾンビの徘徊する研究所を脱出するゲームだったのだが。

「ひえ」

 コツコツと音楽がなく足音だけが響く画面にビクビクしてしまった。
 ゾンビが出るたびに肩を跳ねさせる揚羽に二人はけらけらと笑い、すっかり和也とも打ちとけていた。
 奈夏がトイレに立つと、小休憩といつのまにか散乱させたポテトチップスやチョコレートの山から和也がサラミをつまんで食べる。

「ふふ、笑い過ぎて頬が痛い」

 こんなに声を上げて笑ったのは初めてだ。
両頬を手の平で包んで揚羽が笑う。

「結構来るんですか?ここ」
「ん?ああ、よく来るな」

 またサラミをひとつ口に放り入れながら、和也が新しい缶ビールのプルトップを開けた。

「会社経営やら色々やってれば疲れもするからな。息抜きに来てる」
「そうなんですね」
「兄貴は俺の好きなことをしていいと言ってくれているんだがな、兄貴の右腕として支えるのが昔からの夢だ」

 ビールを傾けている和也の顔には兄を支えているという誇りが垣間見れて、揚羽はほっこりとした気持ちになり。

「奈夏はいい弟さんを持った幸せ者ですね」

 瞳をしんなり細めると。

「そう思うか?」
「はい」

 嬉しそうに聞いてきた和也に揚羽は大きく頷いた。
(子供の頃とかどんな兄弟だったのかな、奈夏の子供時代どんなだったんだろ)
 聞いてみたくて口を開こうとしたら。

「どうした兄貴、そんなところでぼーっとして」

 和也の言葉にリビングのドアの方を見れば、奈夏が立ったままじっとこちらを見ていた。

「奈夏?」

 名前を呼ぶと、じっと見つめてくる瞳に居心地が悪くなり何かしただろうかと思っていると。

「いや、何でもない」

 奈夏は顎をひと撫でするとうんうんと何か考えているふうで。

「まだわかんないな」

 ぽつりと呟いた。
なんだろうと思ったけれど、奈夏にそろそろ寝るかと二人を促して片付けを始めた。
 結局、奈夏の様子がおかしいのは一瞬で消えてしまい気のせいだったのかと首をひねる。

「え、ソファーで寝るんですか?」
「ああ、いつもそうだからな」

 毛布を運ぼうとした和也に揚羽が驚いた声を上げた。
 家主の弟がソファーで寝て居候が布団では、申し訳ないと布団を譲ろうとすれば。
「いや年下をソファーで寝かせるわけにはいかないし、その布団は兄貴が揚羽君に買ったものだろう」
 と辞退されてしまった。
 いやしかしと食い下がろうとしたときだ。

「じゃあ揚羽は俺とベッドで寝て、和也は布団使えよ」

 思いもよらない言葉が奈夏から投下された。

「俺はそれでもかまわないが……」

 ちらりと和也の視線を感じて、揚羽はとまどったが。

「いつもベッドに一緒にいるんだ。そのまま寝るだけだから普段とさして変わらないだろ」

 奈夏の言葉にこくりと頷くしかなかった。

「ベッドに一緒に入っているのか?」

 きょとりと和也が問うてくるのに、揚羽がしどろもどろに答えようとしたが。

「まあ、ここ最近は。だから遠慮せず布団使ってくれ」

 さらりと奈夏が肯定してしまって、揚羽はそうだけどそうじゃないと心の中で叫んでしまった。
 かくして三人は寝室にしている部屋に入り、和也は布団に横になった。

「あの、僕本当にソファーで……」

 ベッドの上で悪あがきのように小さく声を上げたが。

「ほら寝るぞ」

 さっさと電気を消されてしまった。
 ぎしりと奈夏が横になるのに合わせてベッドが沈む。

(なんか、なんか恥ずかしい)

 二人でベッドに寝転がるなんて初めてでもないのに、どうしてか揚羽はひどく心臓が早鐘を打って仕方がない。
 こんな状態で眠れるわけがないと思ったが。

「ほら、おいで」

 ぐいと腕を引っ張られて布団の中に引きずり込まれた。
 しかも。

(な、なんでこんな近いんだ!)

 スッポリとまるで抱きしめるかのような態勢に、揚羽はひええと頬にじわじわ血がのぼっていくのを感じた。
 せめてとごそごそと奈夏に背中を向けると、今度は後ろから抱きしめられるような態勢になってしまった。
 奈夏の吐息がうなじにかかる。
 本来オメガにとってうなじは敏感で、人に触れられたりしたら嫌悪しかわかない場所だ。
 なのに、奈夏の吐息が当たっても嫌じゃない。
 どうしてとぐるぐる考えていると。

「落ちるぞ」
「あっ」

 ぎゅうと本当に抱きしめられてしまった。
 一瞬だけ唇がうなじに触れて、思わず変な声が小さく出てしまい慌てて両手で口を覆った。
 しばらくじっとしていたが奈夏も和也も反応しなかったので、聞こえていなかったのだと安堵する。
その夜揚羽は自分の心臓の鼓動がうるさくて一睡も出来なかった。
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