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結局高校が卒業式まであと五日ほどで、特に通う必要もないため揚羽はさっそく翌日に奈夏のいる公園へと向かっていた。
図々しすぎるだろうかとも思ったけれど、どうしてもどんな絵を描くのか見たくて揚羽は公園へと向かうことにしたのだ。
「暑い…」
桜のピンクに囲まれた公園の入口を入ったところで、揚羽はしゃがみ込んだ。
小春日和にタクシーを使うほどの距離でもないしと思い散歩しようと歩いてきたが、思ったよりも高い気温と日光にあてられたらしい。
しゃがみ込んだ視界には深緑の着物の裾と足袋を履いた草履の足元。
喉がカラカラに渇いているけれど財布なんて持っていないので、飲み物なんて買えやしない。
「おーい大丈夫?」
ふいにかけられた声に顔を上げると、そこには青いツナギを腰で結んだ奈夏が立っていた。
最悪だ。
せっかく来ていいといわれたのに、着いた途端に目が回るなんて。
じりじりと春にしては強い日差しに肌が焼けているような感覚がする。
口元を押さえたままおずおずと奈夏を見上げれば、心配そうな顔をしているわけでもなく、どこか飄々としていた。
「だいじょぶ…です。少し座ってればよくなるから」
「つってもベンチとかこの辺ないんだよな」
迷惑をかけてしまう。
そう思い平気だと立ち上がろうとしたら、ふいに体が浮いた。
「ひえ!」
奈夏に抱き上げられたのだ。
「手、首にまわして」
「え?は、はい」
落としちゃうからと言われて慌てて揚羽は奈夏の首に腕を回した。
「あの、どこに」
「とりあえず座れるところ」
にししと悪戯気に笑う男は、揚羽を抱えなおすと歩き出した。
抱き上げられた瞬間に何か不思議な匂いが一瞬、鼻をかすめた。
何の匂いだろうと自分を抱き上げる男の顔を見上げようとしたら。
「はい到着」
着いたのは、公園のあの桜の大木の前だ。
その桜の木々のなかでもひときわ見事な、以前奈夏が描いていた桜の根本に、何故かレジャーシートが敷かれており揚羽はそこに下ろされた。
「適当に座って」
言われた通りこくりと頷いてレジャーシートの一角に腰を下ろして正座をする。
草履もきちんとレジャーシートの外に並べた。
男にもっと楽にしていいのにと言われたが、これが慣れているからと答えて揚羽はレジャーシートの上を見回した。
たくさんの使い込まれているのだろうと一目でわかる絵の具やパレットが一角に散乱している。
そして目線を上げると、イーゼルが立てられておりキャンバスが置かれている。
そこには色んなピンク色が散りばめられた桜が描かれていた。
「きれい……」
「そう?」
思わず出た言葉に奈夏が水のペットボトルを飲みかけで悪いけどと差し出してきた。
それにありがとうと受け取り喉を潤す。
渇いた喉を水が滑り落ちていき、ようやく人心地つけた。
もう一度キャンバスを見上げると、それは背後にある桜達を描いているはずなのにどこか幻想的で違う世界にある桜のように見えた。
「本当に来るとは思わなかった」
「え、あ、ごめんなさい」
真に受けてはいけなかったのだとカアッと頬に血がのぼると。
「冗談だよ、来ていいって言ったじゃん。それにしても着物で来るとは思わなかった」
「うちはみんな着物を着ているように父から言われているから」
「ああ、あのオッサン好きそう。そういうの」
あっさり納得する奈夏の服は、黒いカットソーに腰で結んでいる青いツナギはカラフルな色味で汚れているのか模様なのかわからないくらい彩られている。
髪もハーフアップにしており、とても大きな一族の次期当主になんて見えなかった。
(さっきの不思議な匂いはこれかな)
抱き上げられた時の匂いを思い出し独りごちる。
絵の具なんてほとんど触ったことがないからわからなかった。
「僕も、その恰好は意外です」
「ほら敬語」
「あ」
パッと手を口に当てれば、絵を描くのは汚れるから機能性重視とにひりと笑う。
ころころとよく笑う顔が、揚羽よりも大人の男なのになんだか子供みたいだなとくすりと内心笑った。
「いつも絵を描いてるの?」
「仕事の合間はほとんどね。そっちは?もうすぐ高校卒業だろ」
へえ凄いと目を輝かせる揚羽に笑いながら奈夏が返した言葉に、揚羽は声が詰まった。
「あ…えっと」
何もしていない。
日がな一日することがない。
それが恥ずかしくて揚羽は言葉に躓きながら俯いた。
するとポンと丸い頭に手が乗せられ、思わず見上げると。
「まあ、いつでも来たらいいよ」
その言葉が優しくて、ひどく嬉しかった。
泣きそうになるのを誤魔化すように、桜の絵を見上げた。
それは、豪快なのにどこか繊細で優しい。
まだ描き始めたばかりのはずなのに、もうすでに桜の木だとわかる。
その日から卒業式になる日まで揚羽は奈夏のところへと通った。
図々しすぎるだろうかとも思ったけれど、どうしてもどんな絵を描くのか見たくて揚羽は公園へと向かうことにしたのだ。
「暑い…」
桜のピンクに囲まれた公園の入口を入ったところで、揚羽はしゃがみ込んだ。
小春日和にタクシーを使うほどの距離でもないしと思い散歩しようと歩いてきたが、思ったよりも高い気温と日光にあてられたらしい。
しゃがみ込んだ視界には深緑の着物の裾と足袋を履いた草履の足元。
喉がカラカラに渇いているけれど財布なんて持っていないので、飲み物なんて買えやしない。
「おーい大丈夫?」
ふいにかけられた声に顔を上げると、そこには青いツナギを腰で結んだ奈夏が立っていた。
最悪だ。
せっかく来ていいといわれたのに、着いた途端に目が回るなんて。
じりじりと春にしては強い日差しに肌が焼けているような感覚がする。
口元を押さえたままおずおずと奈夏を見上げれば、心配そうな顔をしているわけでもなく、どこか飄々としていた。
「だいじょぶ…です。少し座ってればよくなるから」
「つってもベンチとかこの辺ないんだよな」
迷惑をかけてしまう。
そう思い平気だと立ち上がろうとしたら、ふいに体が浮いた。
「ひえ!」
奈夏に抱き上げられたのだ。
「手、首にまわして」
「え?は、はい」
落としちゃうからと言われて慌てて揚羽は奈夏の首に腕を回した。
「あの、どこに」
「とりあえず座れるところ」
にししと悪戯気に笑う男は、揚羽を抱えなおすと歩き出した。
抱き上げられた瞬間に何か不思議な匂いが一瞬、鼻をかすめた。
何の匂いだろうと自分を抱き上げる男の顔を見上げようとしたら。
「はい到着」
着いたのは、公園のあの桜の大木の前だ。
その桜の木々のなかでもひときわ見事な、以前奈夏が描いていた桜の根本に、何故かレジャーシートが敷かれており揚羽はそこに下ろされた。
「適当に座って」
言われた通りこくりと頷いてレジャーシートの一角に腰を下ろして正座をする。
草履もきちんとレジャーシートの外に並べた。
男にもっと楽にしていいのにと言われたが、これが慣れているからと答えて揚羽はレジャーシートの上を見回した。
たくさんの使い込まれているのだろうと一目でわかる絵の具やパレットが一角に散乱している。
そして目線を上げると、イーゼルが立てられておりキャンバスが置かれている。
そこには色んなピンク色が散りばめられた桜が描かれていた。
「きれい……」
「そう?」
思わず出た言葉に奈夏が水のペットボトルを飲みかけで悪いけどと差し出してきた。
それにありがとうと受け取り喉を潤す。
渇いた喉を水が滑り落ちていき、ようやく人心地つけた。
もう一度キャンバスを見上げると、それは背後にある桜達を描いているはずなのにどこか幻想的で違う世界にある桜のように見えた。
「本当に来るとは思わなかった」
「え、あ、ごめんなさい」
真に受けてはいけなかったのだとカアッと頬に血がのぼると。
「冗談だよ、来ていいって言ったじゃん。それにしても着物で来るとは思わなかった」
「うちはみんな着物を着ているように父から言われているから」
「ああ、あのオッサン好きそう。そういうの」
あっさり納得する奈夏の服は、黒いカットソーに腰で結んでいる青いツナギはカラフルな色味で汚れているのか模様なのかわからないくらい彩られている。
髪もハーフアップにしており、とても大きな一族の次期当主になんて見えなかった。
(さっきの不思議な匂いはこれかな)
抱き上げられた時の匂いを思い出し独りごちる。
絵の具なんてほとんど触ったことがないからわからなかった。
「僕も、その恰好は意外です」
「ほら敬語」
「あ」
パッと手を口に当てれば、絵を描くのは汚れるから機能性重視とにひりと笑う。
ころころとよく笑う顔が、揚羽よりも大人の男なのになんだか子供みたいだなとくすりと内心笑った。
「いつも絵を描いてるの?」
「仕事の合間はほとんどね。そっちは?もうすぐ高校卒業だろ」
へえ凄いと目を輝かせる揚羽に笑いながら奈夏が返した言葉に、揚羽は声が詰まった。
「あ…えっと」
何もしていない。
日がな一日することがない。
それが恥ずかしくて揚羽は言葉に躓きながら俯いた。
するとポンと丸い頭に手が乗せられ、思わず見上げると。
「まあ、いつでも来たらいいよ」
その言葉が優しくて、ひどく嬉しかった。
泣きそうになるのを誤魔化すように、桜の絵を見上げた。
それは、豪快なのにどこか繊細で優しい。
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