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一列に繋がれ下半身だけを突き出す格好の男女に家畜小屋みたいだなと思った。
とある宗教団体を潰すために乗り込んでみたら、ある一角の部屋に均一に並んだ柱に繋がれて犯されている男や女達がいた。
川端組のボスである樹(いつき)は、それをなんの感慨もなく眺めやり、軽く手を上げる。
すると、銃を構えた男たちが部屋へと突入していった。

「うっへえ~やな臭い」

部屋中に充満する精液や愛液の臭いに鼻が曲りそうだと、後ろに撫で付けている髪をがしがしとかいた。
これに追い討ちをかけるように、部屋中に血の臭いが広がっていく。
臭いがスーツに染み付きそうだ。
そう思って眉を顰めた。
繋がれていた被害者たちは三者三様に泣き叫び、あるいは喜んで開放されていく。
だが彼らに共通しているのは全員生気のない目をしていることだった。
そんななか、一人涙に濡れても正気を保っている瞳が目に入り、おや、と片眉を上げる。
何の気なしに近づいてみると、仰向けで繋がれたまま腹や股を白と赤で汚した青年が、キッと樹を睨みつけた。
ますます、意外に思う。
かつりとまた一歩近づくと、一瞬びくりとすくみ上がるが、負けるものかと睨み返してくる。
これはおもしろい。
青年に近づくと、樹はにこりと柔らかく笑って。

「敵じゃないよ。俺達はお前を犯さないし傷つけない」

そう言って手首の繋がれている縄をほどいてやる。
青年は白い肌を汚されてなお、気丈にもよろよろと起き上がった。

「お前名前は?」
そう聞けば、また一瞬びくりと震えて、顎を引いて探るような目で見てくる。
それに樹はますます笑みを深くした。

「俺は川端樹(かわばたいつき)」
「…貴一(きいち)」

掠れた声が、搾り出すように吐きだされた。

「名前似てんね。もう大丈夫だよ、貴一」

ぽんと頭に手を置いてやると、気が抜けたように貴一は樹の胸に倒れこんできた。
「気い強いね貴一。ちょっと気に入っちゃったわ。俺」
そう言って羽織っていた黒い上着をかけてやると、よっと貴一を抱き上げる。

「撤収!」

そう声を上げると同時に貴一を抱えたまま、樹は扉へと向かっていった。




自宅のバスルームの扉を足で行儀悪く開けると、樹は白いタイルの上にぐったりと意識の無い貴一を下ろした。
そうして黒いネクタイをを放りなげ、白いシャツの袖を捲くる。
貴一の体にかけていた上着を取ると、苦笑してその体を見つめた。

「しっかし汚れてるね。お前」

こりゃ洗いがいがあるわーと軽口を叩きながら、シャワーヘッドを手に取りコックをひねった。
温かいお湯を指の先からゆっくりかけてやりながら汚れを落としていく。
腕には縛られていたあと。
胸から腹部はおびただしい情事のあと。
下腹部は無残に犯されたあと。
剃られたのか下生えはなかった。
太ももや足首には指のあとがついており、よくもまあこれだけ手酷くやられたものだと思う。
そうして。

「ごめんね~失礼しますよっと」

足を抱え上げれば、彼の最奥から溢れ出ている白い精液とほんの少しの赤い血液。
そこに優しく指を潜り込ませれば、ぴくりと貴一の体が震えた。

「あ~大丈夫、大丈夫」

シャワーヘッドをタイルに置き、その丸い頭をぽんぽんと宥めるように叩いてやる。
そうして指を動かすと、次々に白い液体が漏れ出てきた。

「…ッ」
「何人分だよこれ」

うんざりとした目で指を動かし続ければ。

「ん、あ」

びくりと体が大きくしなり、小さく喘ぐ声が木霊した。
その声が何となくもっと聞きたいなと思い。
精液をかき出しながらも先ほど反応を見せた所を重点的に刺激すると。

「…ん、んっ―――ッ」

びくんと体が大きく揺れて、吐精した。
目尻を赤く染め眉根を寄せたその顔に、何故か樹は吸い寄せられるようにその額にキスを落としていた。






目が覚めると、知らない天井だった。
悪趣味な赤と金の、認めたくはないが見慣れた天井ではなく優しいクリーム色。
違和感に気付いてゆっくりと起き上がれば、体は自由で繋がれてなどいなかった。
もうずっと家畜のように食事も排泄の時すらも繋がれたままだったというのに。
そろそろと自分の手首を見てみれば白い包帯が巻かれていたし、体を見下ろせば汚れていない。
白いバスローブが着せられ清潔になっていた。

「ここ……」

どこだろうと思った時に。

「お、目え覚めた」

ガチャリとドアの開く音ともに声がした。
そちらの方を見ると、ペットボトルを持った優男がゆっくりと近づいてきてベッドへと腰掛けた。

「俺のこと覚えてる?」

そう人好きのする顔で笑ってくる。
そこで思い出す。
自分を地獄から開放した人。

「い、つき」

しわがれた声でそう答えると。

「よかった。覚えてた」

とまた笑い、水を差し出してくる。
それを受け取った時にバスローブから覗いた大量の赤いあとに、思わずペットボトルを取り落とし貴一はバスローブの前をかき抱いた。
それと同時に自分がされていた行為を思い出し、屈辱に唇を噛み締める。
何度も噛み千切ったそこは、慣れた血の味がした。

「こら、傷跡になるぞ」

そう言われ冷たいペットボトルを頬に当てられて、はっと我にかえる。
のろのろとそれを受け取ると、ゆっくりと貴一は水を飲んだ。
人心地つくと、きょろりと周りを見まわす余裕が出来た。
目の前にいる男は二十代前半という感じだ。
自分と同じくらいの年だろうか。
鍛えられているのがシャツ超しでもわかった。
ベッドの周りは何もない。
でも病院ではないことは分かった。

「ここは俺の家。気に入っちゃったから連れてきた」

貴一の疑問が分かったのか樹が答えてくる。
その答えに貴一は身を強張らせて、樹を睨みつけた。
こいつも自分を辱める男だろうか。
しかし目の前の男は笑みを深くしただけだった。

「言ったろ?お前を犯さないし傷つけない」
「じゃあ、何で僕を?」
「その勝気なとこがね。とりあえずだいぶ体が衰弱してるから元に戻るまではいるといいよ」




よくわからないな、と思う。
貴一は黒い革張りのソファーに座ったままそう思った。
ソファーとテーブル以外何もない広いリビングを見回しても、モデルルームのようだ。
自分を助けた樹という男は本当にここで生活しているのかと疑問に思うほど何もなかった。
テーブルの上に置かれた高級そうなデリ以外。
現在樹は外出中。
貴一がここに来て三日目の夜だった。

「気に入ったって言ったわりには、あいつ家にいないよな」

そう。
樹というのは忙しいのだろうか。
朝早く出かけて夜遅くに帰ってくるようだ。
白いシャツと黒いスーツを着て。
自分を助けた状況を考えても一般人じゃないし、地位も高いのだろうなと思った。
だが今の自分にはありがたい。
正直男が怖い。
屈辱的だが自分を乱暴に暴いてめちゃくちゃに揺すぶって辱めた男たちが憎い以上に、怖かった。
それを他人に悟られるのが恥ずかしくて、顔を合わせる機会がなくてよかったと唇を噛む。
ぶつりと唇が切れ、また血の味が広がった。

「僕を助けてくれたんだよな」

それは本当。
まだお礼も言っていない。
でもやはり顔を見るのが怖くて、俯いて寝室へと向かった。
顔を合わせていないのは寝室に篭っているせいもあった。
樹は自分からあの扉を開かない。
踏み込んで来ない。
貴一を暴かない。
それがとても嬉しかった。




眠れない。
ベッドに横たわったまま貴一はふうと息をついた。
樹に助け出されてから眠れていない。
捕まっていた頃は体力がなくなるまで。
体力がなくなっても揺すぶられていたので、眠るというより気絶だった。
今、何も無い平和な時間。
それは悪夢を思い出す時間でもあった。
うとうととしても何度も夢に見るあの狂った空間。
いつも泣きながら目が覚めて、枯れるまで泣いていた。
先ほど玄関を開く音がしたので樹は帰っているのだろう。
時間は午前二時。
もう眠っているのだろうか。
そう言えば自分がベッドを占領しているから彼はソファーで寝ているのかも知れない。
申し訳ないなと思った。
そろりとベッドをおりて、リビングへ出る。
足音を立てないように樹のいる部屋。
書斎だろうか。
その扉の前に立った。
ごくりと息を飲み込んで
ノックをしようと腕を上げ、そこで動きが止まる。
ノックのために握った拳が震えてしかたなかった。
情けない。
息を吸ってキッと扉を睨み付けるが、どうしてもそこから動けず貴一は泣きそうな顔で拳を下ろすと、ソファーへと向かった。
そこに座って膝を抱える。
お礼一つ満足に言えない自分の情けなさが嫌になってまた唇を噛み締める。
血の味がした。

「今夜はここにいよう……」

そうすれば明日の朝、嫌でも顔を合わせる。
そうすればきっとお礼が言える。
膝に顔を埋めて目を閉じると、初めて見た時の男の顔が浮かんだ。
そういえばあの男は笑っていた。
今ここには自分以外にはあの男しかいないのだ。
自分を救った男。
ここには、彼しかいない。
彼だけがいる。



ゆらゆら揺れているなと思った。
頭に温かい感触がする。



ゆっくりと意識が浮上するのを感じた。
瞼を閉じていても室内が明るいのを感じる。
いつのまに朝を迎えたんだろうと思った。
そして温かい感触が髪を梳いている。
(気持ちいいな)
ゆっくりとした動き。
優しい感触。
安心できる。
ゆっくりと瞼を上げると、日の光を弾いた優しい薄茶色の瞳にちかりと瞬きを繰り返した。
そうして優しい感触は彼が頭を撫ぜていることで、ここがベッドだと気付く。

「起きた?」
「僕……?」

まだ頭が覚醒しない。
こんなに眠れたのはいつ以来だろう。

「まだ隈がある」

少しかさついた親指が柔らかく目元を撫でた。

「もう少し寝てな」

ふわふわする。
安心する。
なんて優しい時間だろう。
貴一の意識は真綿にくるまわれるように、また静かに眠りに落ちた。



次に目覚めたのは夕方だった。
室内がオレンジ色に染まっている。
そこには誰もいない。

「さっきの……」

夢だったのかな。
とぽつりと呟いた。
やけに安心する夢だった。
頭に手をやると、まだ髪を梳く感触がある気がする。
それにおかしいなと笑みを零して貴一はリビングへと向かった。
扉を開けると革張りのソファーに座っている白い後ろ姿が見える。
どきりと心臓が刎ねた。

「よく眠れた?」
「え?ああ、うん」

振り返った瞳は、さっき見たように優しい色を称えている。
それを見ると、するりと言葉が零れ落ちた。

「あの、ありがとう」
「ん?」
「助けてくれて」
「ああ」

柔らかい声音が耳に心地いいなと思いながら、貴一は樹の前まで歩いた。
目の前に座っている男は、やはり柔らかい笑みを称えている。
すっと腕を取られ、びくりと震えるとそのままゆっくりとソファーの方へ引き寄せられ貴一は樹の隣へと腰を落とした。

「駄目じゃん」
「え?」
「傷跡になるって言ったろ」

そう言ってゆっくりと唇をひと撫でしていった指を目で追う。
じっと見ていると、樹の顔が近づいてゆっくりと唇が重なった。
至近距離で見る薄茶色。
一瞬舐めて去っていく唇。

「なにして……」
「消毒」
「痛く、ないよ?」
「嘘。痛いだろ」

そうしてもう一度重なる唇。
今度は一瞬じゃなかった。
見詰め合う瞳が、いたずらっぽい笑みをたたえている。
避けようと思えば出来た。
つきとばそうと思えば出来た。
なんでかそんな気は起きなかった。
離れていく顔をじっと見返すと、今度はふにゃりとやけに幼い笑顔で笑い返された。

「なんで嬉しそうなの」
「嫌がらないんだなと思って」
「ばっ」

我に返ると途端に羞恥心が体を襲って貴一の顔は火がついたように赤く染まった。
そうしてドンと樹の胸を突き飛ばす。
すると、樹は声を上げて笑いながら立ち上がると。

「夕飯にしよっか」

と小首を傾げた。



その日から少し変わった。
樹のいる時間が多くなった。
ソファーで書類のようなものを見るようになった。
夜、寝付くまで樹が傍にいるようになった。
よく眠れるようになった。
そうして。

「んっ」

やはり一瞬触れて去っていく唇を何度も目で追うようになった。

「貴一の唇って柔らかいよな」
「バカじゃねーの」

ジト目で睨むとやはり樹は笑う。
本当によく笑う男だと思う。
そしてよくキスをする男だと思う。

(なんで嫌じゃないんだろう僕)

樹の横でぼんやりと過ごす時間が多くなった。
こんなんじゃ駄目だなと思う。
何だか与えられてばっかりだ。

「なあ」
「ん?」
「僕何かしたい。お前になんのお礼も出来てない」
「別にいいよー?最初は仕事だったんだし」

にやんと笑われる。

「でも今は仕事じゃないだろ?」
「まあね。俺の趣味」
「どんな趣味だよ」

眉根を寄せれば、また触れる唇。

「こうして役得もあるし」
「こんなのが?」
「そう。俺貴一が好きだから」

にこりと笑う口元。
突然つむがれた一言に思わず貴一は目を見開いた。

「な、なんだ、それ」

途端赤くなる頬。

「好きだよ」

触れる唇。

「好き」

もう一度。
離れていく唇。
いつも、目で追ってしまう。

「お前、僕のこと抱きたいの?」
「抱きたいよ?」

途端、貴一は弾かれたように後ずさった。
ゆっくりと体が震えだす。

「や……いやだ」

歯がかちかちと鳴りだすのを止められなかった。

「だいじょーぶ。貴一が嫌なことはしないから俺」

そう優しく笑って樹は立ち上がった。
また、びくりと体が揺れる。

「今日は一人で寝た方がいいな」

その苦笑した柔らかい声に貴一は怯えるように頷いて、バタバタと寝室へ駆け込んだ。
後ろ手に扉を閉めると、途端に涙が零れ落ちた。
俯くと、床に涙が落ちていく。

「なんで」

僕泣いてるんだ。
樹をはじめて怖いと思った。
怖いなんて思いたくないと思った。
その日は一睡も出来なかった。



朝。
泣き腫らした目でそっとリビングへの扉を開けると、いつもの後ろ姿が無いことに安堵して、そう思った自分が嫌になった。
ソファーに座り膝を抱えると俯く。
このソファーの上で何度もキスをした。
嫌じゃなかった。
なのに昨日は怖いと思った。
樹とあいつらが違うことは分かっているのに。

「僕は、どうしたいんだ」

樹のことをどう思ってるのかわからない。
嫌いじゃないのは確かだけど、好きかどうかがわからない。

「ほんと情けなくて嫌になる」

ここを出よう。
これ以上樹に甘えていられない。
そう決心した貴一はそのまま着の身着のまま初めてそこを飛び出した。




頭が痛い。
吐き気がする。
この感覚はよく知っている。
そう思いながら目を開けると、記憶の中にある自分の家だった。

「なんで?」

がばりと起き上がると。

「ああ、起きたのね」
「母さん」

そこには自分の母がいた。
涙が溢れてくる。
ここは実家だ。
ずっと帰りたかった。
母に会いたかった。

「ずっと探してたのよ貴一」
「母さん」

抱きしめられて今度こそ涙が頬を伝った。
嬉しい。
嬉しい。
でも、自分はどうやって帰って来たんだろう?

「かあさ」
「皆さん探してたのよ」
「母さん?」

体を離せば、母親はうすら寒い笑顔で笑っていた。

「皆さんって」
「貴一くん」

呼ばれてぎくりと体が強張った。
おそるおそる顔を上げると、スッと襖が開きぞろぞろと男たちが出てくる。
その姿に見覚えがあって貴一は体をがくがく震わせた。

「ああ!教祖さま!おまたせして申し訳ありません!」

途端、母が深々と頭を下げる。

「かあさ……なん、で」

はくはくと口を動かすが掠れて声にならない。
喉がひりついてくる。
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「ほら、悪魔が来たけれど教祖さまは無事だったのよ」

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「う、そだ」

ぼろぼろと涙が零れていく。

「うそだぁぁぁ!」

貴一の泣き叫ぶ声に、しかし教祖は母と同じうすら笑いを浮かべてがしりと足首を掴んで、貴一が着ていたシャツを破り捨てた。
ボタンが弾け飛ぶなか、数人の男達が押さえ込んでくる。

「やだ!いやだ!やーッ」

我知らず叫んだ悲鳴に、しかし頭をガンと床に叩きつけられ貴一は唇を噛み締めた。
また。
またあの狂った空間が蘇る。
体の震えが止まらなくて仕方なかった。

「ああ相変わらずその癖はあるんだね。可愛らしい」

そう言って唇に触れてきた指に嫌悪感が湧き上がった。

『唇、痛いでしょ』

樹じゃない。
樹じゃない。
触れてくる指は優しかった。
触れてくる唇も優しかった。
樹の触れてくる感触は―――

「い、つき!いつき――!」

その名前を叫んだ瞬間。

パアン

風船の割れるような音に全員の時が止まった。
おそるおそる音のした方を見るとそこには。

「もう大丈夫だよ。貴一」

見慣れた茶色に、あの日と同じ言葉の樹がいた。
天井に発砲したのだろうその右手には銃がにぎられている。
それを見て教祖や貴一を押さえつけていた男たちが一目散に襖の奥へと逃げていく。

「片付けろ」

聞いたことがない冷徹な声。
その言葉を合図に樹の後ろにいたスーツの男たちが襖の奥へと向かっていく。
その様子をぼんやり眺めていると、体にふわりと黒い上着がかけられた。

「いつき」
「うん」

そう言って抱き上げられる。

「また、唇噛み千切ってる」

そう言ってふわりと重ねられ、一瞬舐めていく唇。

「ごめんな」

そう言った唇を見つめながら貴一は樹の首へと抱きついていた。





「ついたよ貴一」

そう言ってベッドへと下ろされた。
涙はまだ止まっていない。
その貴一を慰めるように、樹は唇で額に触れ涙を吸ってキスを繰り返す。
まだ震えている体を落ち着かせるように。

「樹だ」
「うん。樹ですよー」

そう茶化したもの言いに、ふは、と笑いがこみ上げる。

「やっと涙止まった」

顔を覗き込んでくる樹に、頬が熱くなるのを止められない。

(もっと)

もっと触れたい。
そう思って、初めて自分から樹の唇に指を触れさせた。
途端丸くな薄茶色の瞳。
なんだかしてやったりな気分でその唇を何度も撫でたあと、樹がしてくれたように唇を寄せた。
そうして舌で唇を一瞬撫でて離れれば、樹がそれを追いかけるようにキスをしてくる。

「ん」

下唇を舐められ、上唇を優しく吸われてもう一度角度を変えて触れてくる。
その首におそるおそる腕を回せば、樹が見つめ合ったまま唇を離した。

「襲っちゃうよ?」
「……うん」
「震えてるし」
「うん」
「止まらねーよ?」

最後通告のように息のかかる距離でそう言われ。

「止まらないでよ」

泣き声まじりにそう呟けば、そのまま唇が重なってベッドへと倒れ込んだ。
舌で唇をノックされ薄く開けば、熱いそれが貴一の舌を絡めとり上顎を撫で内頬を辿って歯列を舐めていく。

「っふ、あ」

息をしやすいように何度も離れてはまた触れてくる唇に、貴一は自分でも不思議なくらい震えが収まっていくのを感じていた。
上着とシャツを肩から落とされ、スボンと下着が取り去られ暴かれていくのが恥ずかしい。
樹の唇が顎から喉仏、鎖骨と柔らかく辿りながら吸っていく。
淡く残されていく痕に、もう今は樹のものしかないのだと思うと嬉しさで涙が出た。

「ん、やっ……あ」

胸を嬲られシーツを蹴れば、その足を温かい掌が撫でる。
もう片方の手が助骨を辿りへそを撫でて、下生えのない滑らかな下腹部へといくといっそう貴一の体が刎ねた。
たまらないと言うように唇を噛み締めれば。

「こら、駄目だって言ったろ」

そう言ってまた唇を舐めてくれる。

「消毒?」
「そう貴一がこれ以上噛み切らないように」

くすくすと笑う声に貴一も笑みを浮かべた。
まるで宝物のように、花びらをまくるように触れてくる指が大切だと言っているようで嬉しい。

「あ、待って、樹」
「ん、出していいよ」

促されるように自分の腹を濡らした感触に息を弾ませれば、樹がばさりと服を脱ぎ捨てて胸を重ねてくる。

「あったかい」
「うん俺も。貴一を抱けるのすげー嬉しい」

そう言って屈託なく笑う。
笑う顔が好きだなと思った。

「先に進んでもだいじょぶ?」
「ん……」

頷く代わりに唇を重ねれば、足を抱え上げられその奥へと指が進められた。

「んっ……あ」
「痛くない?」
「へーき」

こくりと頷けばゆるゆると開かれていく体に、樹が嬉しそうに微笑む。

「んぁっ」
「イイとこ見つけちゃった?」
「ば、か」

びくびく跳ねる体を押さえられずに息が乱れる。
それを柔らかく押さえつけるその体に腰を擦り付けながら、貴一は樹の髪をかき回して快感をやりすごそうとする。
しかし後から後からくる波に我慢しきれず二度目の精を吐き出した。

「入れても平気?」

何度も声をかけて確認してくれるのは貴一が怖がらないためだろう。
樹だって欲に濡れた目で切羽詰っているだろうに。

「怖くないよ」

言って頬を撫でれば、しんなりと細められる茶色。

(ああ、好きだな)

圧倒的な質量が進入してくる。

「う、あっあっ」
「はっもっていかれそ」

辛くないと言ったら嘘になるけど、眉根を寄せる樹の顔に満たされるものがあった。
ぱたぱたとおちてくる汗にさえ敏感に反応しながら、どんどん体温の上がっていく体に、熱に浮かされたように貴一は樹の首へとすがりつく。
揺さぶられながら樹の肩に額を押し付ければ、耳朶を舐められたまらないように声を上げた。

「もう……無理ッ」
「俺も、限界」

一層強く揺すぶられ熱いものを体内に感じた瞬間。
ちかちかと閉じた瞼の裏に光が散るような感覚にいっそう泣き声を上げれば、丸い頭を慰めるように撫でられた。
優しい掌。
出会った頃から変わらない。
力の抜けた体を抱きしめられ熱い感触を体内に抱え込んだまま、その感触に涙が止まらずにぼろぼろ出た。
それを舌で受け止める樹に、しゃくりあげながら。

「こんなに優しい行為だなんて知らなかった」

そう言えば。

「俺と貴一の間に愛しかないからだよ」

そう言って笑う樹に、貴一はきょとんと瞬いたあとくすくすと笑っていた。
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