君と運命になっていく

やらぎはら響

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 結局伊織の体調を鑑みて、二日ほど日数を空けて面会日となった。
 相手の都合がよくついたものだと思う。
 あまりにもスピーディーだ。
 そんなわけで現在病院の個別用の面会室にいる。
 四人掛けのテーブルと椅子、それから隅に衝立がある。
 広くはないけれど、狭すぎることもない部屋だ。
 面会室だからかクリーム色で優しくまとめられている。
 機関の規約でマッチングが成立するまでは二人きりには出来ないらしい。
そして伊織の入院している病室はオメガ病棟だからアルファは入れないらしく、対面は一般病棟にあるこの部屋になったのだ。
 部屋に同席する望月はアルファが来たら衝立の奥で待機するらしい。
 けっこう大がかりだなと伊織は驚いた。
 もっと気楽なものかと思っていたから、だんだんと緊張してきてしまった。
 約束の時間五分前を壁の時計が指したとき、外からノックが届いた。
 途端に緊張が頂点になる。
 椅子の上で身を固くした伊織に「大丈夫ですよ」と声をかけて、望月が扉へ向かった。

「お待ちしてました」

 扉を開けた望月の声に顔を向けると、一人の男が部屋へと入ってきた。
 その人物の登場に、驚いて口と目が丸くなってしまう。
 項が隠れる程度に長い金髪と紺碧色の瞳に彫りの深い顔立ちは、どう見ても日本人ではなかった。
 年齢は二十代後半くらい。
長身な体は明らかに作りがいいとわかるスーツをビシリと着ている。
そして左右のバランスが絶妙な配置をされた顔は十人が十人振り返るだろうと断言できるほど整った顔だった。

(外国人?てゆうかこんな綺麗な人がマッチング相手って嘘でしょ!)

伊織は目を丸くしたままじっと相手を見つめながらも、脳内は大パニックだった。
男だったのは予想の範囲内だったけれど、こんな美貌の男が来るなんて聞いてない。
しかも外国人。
前に立つ勇気ないんだけど!と咄嗟に悲鳴を脳内で上げていた。

(俺みたいなちんくしゃお呼びじゃないだろ!)

 どう考えても自分は、大人として色気すら感じさせる相手とマッチングしていい人間ではないと思う。
 伊織は同年代に比べて小柄だ。
 抑制剤が成長期の妨げになっていた可能性が高いらしい。
 ならば薬が抜ければ伸びるのかと期待したけれど、成長期は終わっただろうから伸びる可能性は低いと言われたのだ。
 ガッカリしたのは言うまでもない。
 相手の男は伊織と目が合うなり、目を見張ったあと目前まで歩いて来た。
 近くに来ると、伊織が座っていることもありかなり大きく見える。
 慌てて立ち上がると、頭ひとつ分も背丈が違った。
 ついでにひょろひょろと細っこい伊織とは体の厚みもかなり違う。

「えと……はじめまして?」
「可愛い」

 挨拶をしたら予想外の言葉が返ってきて伊織はうん?と首を傾げた。

(可愛いって誰が?)

 聞き間違いだろうかと顔を見上げると、彼はキラキラとした眼差しで満面の笑みを浮かべている。

「俺の運命、やっと出会えた」
「運命?」

 それはあれか。
 運命の番とやらだろうか。
 マッチングは相性がよくても運命とは限らないと聞いた。
 どういうことだと思っていると、望月がすっと近づいてきた。

「クランベルさん、間違いございませんか?」
「間違いない、運命だ。嬉しいな」

 男はまるで花がほころぶように笑っている。
 大変麗しいけれど、伊織にはなんだか尻尾の幻覚が見えた。
 多分本物があったらめちゃくちゃ振っている。
 確実にそう思わせるほど喜んでいるのがわかった。

(え、なんか人懐こい大型犬っぽい。大人っぽい人なのになんか可愛いな)

 大人の色気があるのになんか可愛いなんてずるくないかと思う。
 ついでに胸の奥が何故かザワザワして落ち着かない。

「あ、あの……」
「ああごめん、俺はリルト・クランベル。今日のマッチング相手のアルファだ」

 手を差し出されたので、おそるおそるそれを握るときゅっと握手された。
人肌なんてほぼ触ったことがないので、温かさに吃驚する。
手を離したところで、あれと思う。
今彼から出た名前にとても覚えがあったからだ。
しかもつい最近聞いたのを思い出す。
花の推し作家の名前だ。

「リルト・クランベルって、小説家の!」

 思わず大声を上げてしまっていた。
 伊織の言葉に一瞬キョトリとしたあと、リルトはくすくすと笑った。
 笑うと雰囲気が柔らかい。

「そう、小説書いてるよ。よろしく伊織」
「え?なんで日本にいるの?そもそも本物?」

あわあわと矢継ぎ早に質問してしまっているけれど、リルトは気分を害した風もなく笑っている。

「おちついて、本物の作家だ。名前も本名」
「えええ!」

 まさか自分も読んだことのある本の作家がマッチング相手なんてありえるのかと呆気にとられてしまう。
 偶然にも程がある。

「伊織はもしかして、俺の資料見なかった?」
「ああうん」

頷くと、リルトはしょんぼりと眉を下げた。

「そうか……興味なかった?」

 幻覚の犬耳がヘタって見えて、うっと伊織は喉を詰まらせた。

(なんだこれ、大型犬だったのに、急に圧倒的子犬感)

 なんだかとても罪悪感が刺激される。

「いや、ええと、すみません。先入観持たずに会いたくて」

しどろもどろに訳を言えば、ぱちりとひとつまばたきした後に。

「そうか」

 にっこりと微笑まれた。
 美形の笑顔は発光してそうなほど破壊力が凄いと、思わず若干目を細めてしまった。

「とりあえず席へどうぞ。私は日本支部所属、町田さんを担当している望月といいます」

 固まってしまった伊織に助け船を出すように望月があいだに入ってくれた。
 ぎくしゃくと動こうとすると、すいと右手をリルトに取られた。
 伊織の手よりも大きいうえに、先ほどの握手でも思ったけれど温かいことに驚いてしまう。
 人肌なんて二十年生きてきて、まともに触ったことなどないのだ。
 何これどうすればいいんだと動揺していると、エスコートするように椅子へと促された。
 ぎこちなく椅子に腰を下ろすと、手が離れていきほっとする。
 するとリルトも隣の椅子へと腰を下ろした。
 向かいじゃなく横なのかと思う。
 距離が近い事に、どうしようとソワソワしてしまう伊織には気づいた様子はなく、望月が腕時計を確認した。

「時間は一時間になります。私は衝立の向こうにいますので」

 ぺこりと頭を下げて望月が衝立の奥へと姿を消した。
 これで疑似的にとはいえ二人きりになってしまった。
 緊張が一気に高まってしまう。

「改めてリルトだ、よろしく」
「リルトさん」
「敬語もさんもいらない。名前も呼びにくければ、リルと呼んでくれ」

 思った以上にフレンドリーだ。
 けれど堅苦しいよりはいいと思い、こくりと頷いた。

「日本語上手だね」

 まるで母国語のごとく流暢だ。
 そもそも旅行でわざわざ海外から来たのだろうかとか、それだと日程が強行軍すぎないかとか疑問しかない。

「日本には二十二で大学を出てからずっと住んでるんだ」
「えっと、年齢って」
「二十八だな」
「二十八歳かあ」

 意外と離れていた。
 それにしても日本に住んでいるからすぐに面会が可能だったのかと腑に落ちたなと考えていると、リルトがへにゃりと眉を下げた。
 何故か幼気な子犬に見えてしまって仕方がない。

「伊織は二十歳だよな。八つも上のおじさんはやっぱり嫌かな」

 自信なさそうに言うけれど、おじさんという単語が著しく似合わなかった。
 本当の中年のおじさんに助走をつけて殴られるレベルだと思う。
 あと耳をヘタレさせた子犬に見えるのでうっかり可愛いと思ってしまっている。
 年上の大人なはずなのに。

「いや、そもそも人と関わったことがないし今回もなんか、流れ?で年は気にしてないかな」

 というかかなり真面目に会いにきてくれているように見えて、流されて会うことになった伊織は申し訳なさが胸中で渦巻いている。

「ならいいんだ」

 ほっとしたようにリルトが笑う。
 顔立ちは綺麗すぎて近寄りがたく感じるのに表情が温かみがあるので、伊織は緊張が解けていることに胸を撫でおろした。

「リルは、アルファ……なんだよね」
「そう。伊織はオメガとわかったばかりだね、とまどいも大きいと思う。不安なことは何でも言って、相談も愚痴も聞くよ」

 優しい声音で親身になってくれようとするなんて好感度が上がるなと思う。
 今のところざっくばらんな性格のせいか、伊織はあまり困ってはいなかった。

「いやあ、俺なんかがオメガって吃驚で、でもポンコツだし」
「ポンコツなんかじゃない」

 へらりと口にした言葉に、間髪入れずに否定を返された。
 その声も表情も真剣で、ドキリとする。
 真摯な人だ。
 ますます好感度が上がる。
 同時に自分がマッチング相手なんて間違いにも程がないかと思ってしまう。
 こくりと唾を飲み込むと、リルトの紺碧色の眼差しが顔を覗き込んできた。
 その色は真面目さ一色しかない。

「体のことも境遇も聞いた。」
「聞いて会うことにしたの?聞いた時点でがっかり案件でしょ」

 驚愕だった。
 あまりにも好意的だからてっきり詳しくは聞いていないと思ったのだ。
 オメガというだけで会うことを決めたのだろうとばかり思っていた。
 けれどリルトは首を小さく振った。

「まさか。特例として全部事情聞いたうえで、マッチングを希望したんだ」
「えぇ……なんで」

 自分だったら絶対に選ばない。
この人実は変なのかと伊織は内心、首を傾げてまわる。
困惑さが滲み出ていたのか、その様子にリルトが小さく笑った。

「マッチングの平均年齢は聞いた?」
「いや、オメガが少ないってことくらい」
「うん。オメガの数は少ないからマッチングできるアルファは幸運だ。一生会えないのも当たり前だから」

 そんなにか。
 思った以上にアルファにはシビアな世界らしい。

「平均は十歳から十八歳、長くても二十歳かな。だからそれを過ぎたアルファは大体諦めてベータかアルファ同士で結婚する。それに恋人なんかがいたら、マッチングの連絡がきても流れたりするんだ」
「流れちゃうの?」
「オメガのために恋人を捨てるなんて倫理的に問題あるからね」
「確かに。あれ?じゃあリルは」

 その流れだと、と整った顔をまじまじと見やると、リルトはそれはもう麗しい微笑みを浮かべてみせた。

「俺は今まで一度も恋人を作ったことはないよ」
「うっそ」
「本当」

 衝撃の真実だ。
 口をあんぐり開けて、むしろ恋人が途切れたことのなさそうな男を見やると、そっと膝に置いていた右手を取られた。
 人肌は、やはり落ち着かずソワついてしまう。

「ずっと待ってた」

 じっと見つめられる。
 その目はなんだか砂糖を煮詰めたみたいに甘ったるく感じて、伊織は見返すことが出来ずに取られた右手へと視線をずらした。

「待ってたって……」
「諦められなかった。ずっと焦燥があって、俺のオメガは、運命は絶対いるんだって信じてた」

 きゅっと手を包む力が強くなる。
 そんな懇願するような声音に胸がざわめいて仕方がない。

「なんか、ごめん。こんなんで。運命って言われても、その……」
「わからない?」

 おそるおそる頷くと、残念そうに力なく笑う。
 まるで子犬がくぅんと鳴いているような幻覚を思わせて罪悪感が半端ない。

(え、どうしよう。子犬じゃん!もうこんなん子犬じゃん!)

 内心動揺していると、すぐにリルトは改めるように寂し気な表情を消した。
 それにほっとする。

「いやいいんだ。抑制剤のせいもあるだろうし、体の負荷が今もあるはずだから」

 いい人だ。
 それでもしょんぼり気味なのが気になる。
 伊織は思わず空いている手を伸ばしていた。
 キラキラとした見事な金髪をよしよしとそっと撫でる。
 リルトの紺碧の瞳が丸くなったことで、はっと我に返って手を引っ込めた。

「ごめんつい」

 気分を悪くさせたかと思ったけれど、リルトはじわじわと笑顔になっていき包んでいた伊織の右手を自分の頭へと持っていった。

「もっと撫でて」

 しんなりと瞳を細める。

(かっわいいな、おい!)

 さっきまで大人の色気があったのに。
 というかどういう状況だこれと思いながら、なんとなく指通りのいい髪を撫でてしまう。

「あの……俺番とかもよくわかってなくて」
「うん、わかってる。だからまずは体の回復がてら俺と会って知ってもらえたら嬉しい」
「知る……」
「そう。会いにきていい?」

 撫でていた手を下ろしてリルトを見ると、真っ直ぐに見つめられる。
 誠実そうだし真面目そうだ。
 自分の見る目は養われていないから、判断は難しい。
 でもと思う。

(わざわざこんなポンコツにちゃんと向き合おうとしてくれるなら、信頼してもよさそう)

 チョロイかなと思ったけれど、前提として見てはいないけれど資料まで揃っているということは問題のない人物だろう。
 個人的にも好感が持てる。
 伊織は小さく頷いた。

「入院ですることないんで、話し相手になってくれたら嬉しい」

 告げると、リルトは心底嬉しそうに唇をほころばせた。

「いろんなことを話そう」
「うん」

 友人にひとまずなったと思えばいいだろうと伊織は結論付けた。
 友達すら出来たことはないのだ。
 うまく交流できるか不安だけれど、友人になったと思えばハードルは低い。

「これからよろしく」

改めるように手を差しだされたので、もう一度握手をするとリルトがその手から手首へと視線を流した。

「それにしても伊織は細いな。薬の副作用で吐き気が強いってあったけどそれが原因?」

 どうやら手首などの細さが気になったらしい。
 まともに食べられていないので、確かに不健康に細い。

「そう、今は多少マシになったけど、ずっと吐き気があって下手すれば食べても吐いてたから、あんまり食べることに興味持てないんだ」

 おかげで入院してからの食事も量を少なめにしてもらっているにも関わらず完食できないでいる。
 伊織の言葉にリルトはちょっと考えるように視線を落とした。
 一瞬の沈黙のあと。

「甘いものは好き?」
「あんまり食べたことないかな。でも嫌いじゃないよ。知り合いが作ったジャムをちょっと貰って食べたりしてた」

 花の趣味のひとつだ。
 果物のジャムやシロップを作るのが好きな花は、てっとり早く太るからと少しだけ容器に分けたものをくれることがあった。

「うん、わかった」

 何か結論が出たのか、リルトはひとつ頷いた。
 何か決まったのだろうかと不思議に思っていると、望月が衝立の奥から出てきた。
 そういえばいたんだったと思い出す。

「時間になりました」
「残念、今日は終わりだ」

 望月の終了宣言にリルトが肩をすくめる。
 その顔は確かに残念そうだ。
 伊織としても、意外とすぐに時間が経ったなという感想だ。
 リルトがさっと立ち上がったので、帰るのだろう。
 見送りをと思って立ち上がろうとしたら、リルトに手で制された。

「そのままで、眩暈の症状もあるんだろう」

 気遣ってくれたらしい。
 優しい対応は、嬉しくなる。

「それじゃ今日は楽しかった」
「あ、はい。俺も」

 伊織の返事に嬉しそうに、にこりと微笑まれてしまう。

(う!可愛いな)

 端正な顔立ちの美貌なのに可愛く見えるのは、犬みたいだからだろうか。
扉の方へ向かいかけたリルトが、立ち止まって伊織をじっと見つめてきた。
 まだ何かあったかと思う。

「伊織、俺は周りからずっと諦めろと言われてきた。今日君と会えて、諦めなくてよかった。何より、会ったのが君でよかった」

 真っ直ぐな言葉。
思わず頬が熱くなるのを感じた。
何か言った方がいいのかと狼狽しているあいだに「それじゃあ」とリルトは部屋を出て行ってしまった。
パタンと扉の閉まる音が響く。

「俺でよかったって……」

 嘘だろうと驚いてしまう。

(だって不良品だぞ。平均から八年すぎて会ったオメガがこれだぞ)

 あそこまで好意的に接してくるのは予想外だった。

「変わった人だな」

 でも言ってくれた言葉は、嬉しいと思ってしまった。

「いかがでしたか?」

 ぼんやり閉まった扉を見ていると、リルトを見送った望月が目の前に来ていた。
 どうだったかと聞かれれば、好感は持てた。
 不快な思いも一切なかったし、なんなら不安が吹き飛んでしまった。

「いい人でした」
「交流は受け入れて大丈夫ですか?」

 聞かれて少し考える。
 あの人なら悪いことにはならなさそうというのが感想だ。

(しかし可愛い人だったな。いや、スーツ着た大人の男に可愛いは失礼か?)

 なんにせよ交流するのは嫌ではない。
 伊織はこくりと頷いた。

「大丈夫です」

 伊織の返事に望月はどこかホッとした様子だ。
 今日はもう病室に戻っていいのかなと思っていると、望月が向かいの席に腰を下ろした。

「少しお話いいですか?町田さんのお母さんのことで」
「はい」

 爽子のことと言われて、内心うわあと思いながらも伊織は頷いた。
 避けてばかりもいられない話なら、さっさと聞いてしまいたい。
 すると、望月は着ているスーツのポケットから何かを取り出しテーブルに置いた。
 見下ろすと、それは伊織の通帳と印鑑だった。
 爽子が自分が管理すると無理やり取り上げたものだ。

「これ、よく返してくれましたね」
「ええ、被害オメガの金品を預けたままにはしておけませんので」

 そっと手に取り中を見ると、一応使い込まれた形跡はなくてほっとした。
 まあ金は全面的に松島に甘えていたから、困ってはいなかったからだろう。
 あの元主治医は爽子の我儘をとがめることは一度もなかったのだ。
とりあえずテーブルの上に通帳を置く。

「お母さんについてですが、松島医師が言うにはどうもオメガ全体に恨みがあるらしく、町田さんを妊娠したことも不本意なものだったそうで……」

 望月が言いにくそうにしている。
 伊織としては産むんじゃなかったと言われるのは日常茶飯事だったので、今更思うことはなかった。

「もしかしてオメガを恨んでたらオメガが産まれて、それをぶつけた感じですか?」
「ええ、何でも好意を持っていたアルファがオメガとマッチングしてお相手の国へ行ったのを恨んでいたと」
「うわあ……」

 盛大に顔を顰めてしまった。
 完全に逆恨みだ。
 けれどあの母ならば不思議じゃないなと伊織は内心、ため息を吐いた。
 自分の思い通りにいかないことが許せない人間なのだ。

「それで町田さんがオメガとしてアルファと幸せにならないように薬を飲ませて、万が一オメガとして開花しないように人と関わらせなかったんだろうと松島医師が言っていました」

 いっそ清々しいほど自分勝手だった。

「そんな理由かあ……」

 あまりにもバカバカしくて、あの吐き気や眩暈との闘いは何だったんだとむなしくなってしまう。
 肩を落とすと、望月が気づかわし気な眼差しを向けてきた。
 それに、ごまかすように笑って見せる。

「理由知ってスッキリしました」
「大丈夫ですか?」
「平気です。俺図太いんで」

 へらりと笑うと、何ともいえない表情をされて困ってしまう。
 二十年罵倒され続けたら、そりゃあ慣れる。
 一応ひねくれまくってはいないと思うのは花のおかげだと思っているので、伊織は心底彼女には感謝していた。

『あんたなんて産むんじゃなかった』

何度も言われた言葉が、何故か耳の中に木霊した。
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