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5話 どんなタイプ?

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 いつも通りに知臣が来店して、ほうじ茶ラテを注文した。
 それににこやかに応えながらも、烈は内心ではぎくしゃくしていた。
 態度には出ていないと信じたい。
 店の外で会った姿が、柔らかいラフないつもの姿とまったく違って別人のようだった。
普段はまとっていない色気をまき散らしていたし、それにとほうじ茶ラテを作る手元をチラリと見やる。
ハンドクリームを手ずから塗られたことを思い出す。
温かい体温と大きな手の感触に、ついつい知臣の手元をチラチラ見てしまっていた。
表面的にはいつも通りにしつつ、内心では動揺しながら視線を知臣の手から引きはがす。
ちなみに貰ったハンドクリームは勿体ないので使うのはためらわれるけれど、使わないのも申し訳ないので、店休日の前日にご褒美として寝る前にでも塗ろうと思っている。
思いがけない楽しみが出来てしまった。

「商店街よりスーパーの方が近いから、そっちしか行かないかな」

 普段は商店街とスーパーのどっちを使っているかと何となく尋ねれば、そんな答えが返ってきた。

「そうなんですか、俺は商店街ばっかりですね。あのスーパーは高級志向だから、行くとしたらもうちょっと遠くの普通のスーパーに行ってます」
「あそこ、高級志向なんだ」

烈の言葉に、知臣が今知ったと言わんばかりの返答を返した。
知らなかったのかと驚く。
 実は生活水準がめちゃくちゃ高いのではという疑惑が出てきた。
 あの店で普通に毎日買い物していたら、結構なエンゲル係数になるはずだ。
 普段使いしているというなら、驚きだ。
 けれど他人の家の金銭管理に好奇心を出すのはよろしくないと思い、烈は会話を切り替えるようにそういえばと口を開いた。

「俺は商店街で肉屋さんのコロッケがお気に入りです。美味しいですよ、よく買っちゃいます」
「コロッケか、気になるな」

知臣がにこりと笑う。

「夕方は揚げたてが食べられるし、今度行ってみてください」
「夕方かあ……」
「どうしました?」

 意味深に呟いた知臣に首を傾げながら、どうぞとほうじ茶ラテを出す。
 知臣はありがとうと言いながら苦笑した。

「いや、実は店に来るの出来れば午後の息抜きにも来たいなと思って」
「息抜き……ですか?」
「家では主に作曲したりしてるんだ」
「作曲!?凄い!」

 思わぬ言葉に目を丸くして声を上げてしまった。
 大げさなほどの烈の様子に知臣が声を上げて笑う。

「凄くないよ。以前から演奏とは別に作って売ってるんだ」

 はあーっと思わず感心してしまった。
 ピアニストでありながら、いわゆるクリエイターでもあるらしい。
 烈にとっては未知の領域の職種だ。

「あ、それで息抜き?」
「そう、結構集中しちゃうからさ」
「休憩は大事ですよ」

 注意を促すと、嬉しげに知臣が口元を綻ばせた。

「ふふ、うん」

 でも、そうだなと思う。
 以前は知臣が来店するのは四時くらいだった。
 最初の頃はその時間帯に通っていたのだけれど、問題が起きたのだ。
 外を通りかかった大学生なんかが、知臣の顔を見て色めき立ち店内へ入店。
 そのままナンパというのが続いたことに知臣が辟易したのだ。
 烈としても店内できゃあきゃあと騒いだり、写真を撮らせてくれと無断でカメラを構えようとしたり他のお客に迷惑だったので何度か注意をしたのだ。
 それにも知臣は烈に迷惑をかけたと謝罪していた。
 このあたりは夕方は買い物客や学生がよく通るのでそんなことが続き、知臣は朝一番の時間帯に来るようになったのだ。
 ふむと考える。

「二時半か三時くらいはどうですか?その時間なら外の人通りも少ないので知臣さんを見て入ってくる大学生なんかはあんまりいないと思いますよ」

 考えながら口にすると、知臣はぱちりとまばたいた。

「それは……一日に二回通ってもいいってこと?」
「知臣さんさえよかったらですけど」
「嬉しいけど、また迷惑かけたくないな」

 ためらいがちに言った知臣に烈はあっけらかんと笑ってみせた。

「その時はまたその時ですよ。非常識な方ばかりじゃないでしょうし、前も注意したら静かにはしてくれましたし」

 烈が以前のことを思い出すと、知臣も思い出したのか遠い目になった。
 静かにはしてくれたけれど、烈と話す知臣をじっと見てはヒソヒソと話されたのだ。
 さらにお金を払うのにカウンターにやってくると、さりげなさを装って声をかけたり連絡先を渡したりと猛烈にアピールされていた。
 あのときの知臣は冷たいくらいの塩対応だったけれど、今の様子を見ると迷惑以外の何でもなかったらしい。

「知臣さんかなり塩対応してたから、ミーハーな人はもう来ないんじゃないですかね」

 誰もかれもバッサリ切り捨てられていた。
 優しくしてもらえなかった女の子たちはそれぞれ不満そうだったりショックを受けた顔をしていたなと思う。

「だといいんだけどね」

 肩をすくめて知臣がカップを口に運んだ。

「まあ、海外ほどぐいぐいは来ないからマシかな」
「海外はグイグイ来るんですか?」
「自分に自信のある人の積極性はすごいね」
「へえ、俺には無理だな」

 関心したような声を出すと、カップをソーサーに戻した知臣がじっと見てきた。

「烈君は気になる人はひっそり見つめるタイプかな?」

 聞かれて苦笑を返してしまう。

「あいにく初恋もまだですよ。年老いた婆ちゃんが心配で、同級生とか気にしてなかったし、部活もしてなかったですし。ちょっと高校で料理部にたまに入れてもらったくらい。青春らしい青春してないんですよね」

 高校卒業したら専門学校は学業最優先でいたし、専門学校を卒業してからは仕事一筋だ。
 他人に語って聞かせられるほど面白味のある生活はしていない。
 烈の言葉に、しかし知臣はにこりと笑みを浮かべた。
 どことなく機嫌がよさそうだ。

「ふうん、そうなんだ。いいね」
「何がです?」
「烈君に好きになってもらえたら全部初めての思い出が貰えるってことでしょ?」

 蠱惑的な笑みを浮かべる知臣に、烈は息を飲んだ。
 健全なカフェの一角でとんでもない色気を振りまかないでほしい。

「ッ、そんな大げさな」

 あはとぎこちなく笑って流そうとしたら。

「ちなみにね」

 ちらりと知臣が小さく唇を舐めた。
 赤い舌がチラリと覗いたことに何故か動揺してしまう。

「僕は物凄くアピールする方かな」

 口をはくりと動かすけれど何も言えなくて、結局烈は黙り込むしかない。
 色気のたっぷりした、やけに甘ったるい眼差しをむけられてごくりと喉が鳴ってしまった。

「かっさらわれたら、たまらないから」

いつもの穏やかな雰囲気と全然と違う。
 色気の暴力で横っ面を張られた気分だ。
 どう反応したらいいんだと思っているうちに、なんだかその眼差しに恥ずかしくなって頬が熱くなっていく。
 からかわれているのか。

「まあでも」

 パッと知臣の表情が変わった。
 たっぷりとした色気が四散して、いつもの穏やかな雰囲気に戻る。
 普段の知臣になったことで、ほっと密かに息を吐いた。

「提案してもらえたし、明日からは午後も来ようかな」

 にっこり笑う知臣に、なんとか立て直した烈も笑ってみせる。

「ほうじ茶ラテは甘いから、どっちか一回だけですよ」
「うーん厳しいな。それなら朝はコーヒーでも頼んで、頑張った午後にラテを飲もうかな」
「ふふ、一日二回も来てくれる人なんて初めてです」

 なんだか嬉しくて笑みを零せば、知臣も穏やかに瞳をしならせた。

「僕もこんなに通いたくなる店ははじめてだよ。ここを見つけて本当によかった」
「そう言ってもらえると嬉しいです」

 お互い顔を見合わせたまま笑みを深める。
 窓の外は今にも雨が降り出しそうな灰色模様だったけれど、店内はほんわりと優しい空気であたためられていた。
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