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1話 常連になります

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 カウンターの中からチラリと窓の外を見たら、雪が降りだしていた。

「どうりで寒いと思った。今日はもうお客さん来ないかな」

 白いシャツに生成色のエプロン姿の遠江烈(とおとうみれつ)は、広くも狭くもないカフェの室内を一瞥する。
 黒い癖毛の下にある顔立ちは、二十六歳にしては可愛らしい。
 ここは烈のお城である。

 『カフェれつ』

 ネーミングセンスが無く、散々悩んだ末の店名だ。
 ダサいという事実は見ないふりをしている。
 ナチュラルな木目のカフェは、烈一人で回せる広さだ。
 カウンターとテーブルが四つ。
 うち一つは大き目のソファー席である。
 窓の外の雪はそこそこの勢いで降っていた。
 一月の中旬ともなれば、そんな日もあるだろう。
 表に出しているスタンド式の看板には、空が薄暗くなったときにビニールカバーをかけたし、屋根の下にあるから一応大丈夫なはずだ。
 今日はのんびり閑古鳥かなと思っていたら、引き戸の大きなガラス窓に人影が現われた。
 すぐにカララと戸が開けられる。
 お客さんに以前貰ってから飾っているサンキャッチャーがチリンと揺れた。
 入って来たのは男だった。
 初めて見る顔だ。
 それよりも烈が目を丸くしたのは、男の容貌だった。
 肩までのサラサラの髪を一つに結んでいるのだけれど、すこぶる顔が整っていた。
 美貌と言っていい。
 それに黒髪の下にある瞳は真っ青な色合いをしている。
 生粋の日本人ではなさそうだった。

「いらっしゃいませ」

 とりあえずは挨拶だ。
 にっこり笑って声をかけると、客の男は烈を見て目を丸くした。
 何だろうと思っていると、柔らかく微笑まれる。

「ここはカフェでいいのかな」

「はい、そうですよ。どうぞ入ってください」
 促せば、中に足を踏み入れて後ろ手に引き戸を閉めた。
 パッパッと黒いコートの肩にある雪を軽くはらう。

「うわ、あったかいな」
「ふふ、寒かったでしょう。鼻の頭赤くなってますよ」

 どれだけ美形でも寒さで赤くなるんだと親近感が沸く。
 店内はストーブをつけているのでしっかり暖かいのだ。
 常連には年配者や子供、赤ちゃん連れなんかもくるから、しっかりと暖かくしている。
 鼻の赤さを指摘された男がほんのり頬を染めてコートを脱いでから、カウンターの椅子に座った。
 グラスに水を注いでメニューと一緒に出すと、男はメニューを手に取った。

「通りかかったら見つけてしまって、こんなところにって気になったんだ」
「ちょっと商店街から外れてますからね」

 この近くにはいまだに活気のある商店街があるけれど、烈の店はそこより住宅街に近い。

「れつなんて変わった店名だね」

 まさかそれを突っ込まれるとは思わなかった。
 烈は苦笑して、実はと種明かしした。

「俺の名前なんですよ。烈っていうんです」
「烈君か、いい名前だね。俺は唐林知臣(からばやしともおみ)だ」
「唐林さん」
「苗字はあんまり慣れてないんだ、よかったら名前で呼んで」
「知臣さんですね」

 思ったよりも人懐こいらしい。
 人当たりもいいなと思い、好感を持てた。
 知臣はメニューに目を落とす。
 素朴なカフェなのでメニューは少ない。
 食事もやっていないので、飲み物とデザートだけだ。
 けれど知臣の青い目線は迷っているようにメニューを眺めている。

「もしかして紅茶とかコーヒー苦手でした?一応ジュースもありますけど」
「ああいや、温かいのにするよ。甘いものが好きだからあればと思っただけだから、気にしないで。紅茶を頼むよ」
「甘いのですか」

 意外だった。
 甘党には見えない。
 エスプレッソなんかが似合う、大人の男だった。
 知臣が照れたように小さく笑った。

「子供みたいだろ」

 照れてはにかむ顔はちょっと可愛らしい。

「いいえ、俺も好きですよ。なら裏メニューはいかがですか?」
「裏メニュー?」
「ほうじ茶ラテです。砂糖を入れてよければ甘くしますよ」

 知臣が驚いたように眉を上げた。

「え、いいの?」
「たまに頼まれるんですよ。常連さんに」

 気にするなと笑えば、知臣もつられて口角を上げた。

「初回なのにサービスさせて悪いな」
「あはは、大丈夫ですよ」
「じゃあ、ほうじ茶ラテのホットと……デザートを全部」
「え!全部!?」

 思わぬ言葉に烈はひっくり返ったような声を上げていた。
 メニューは少ないとはいえ全部なんてそれなりの量になる。
 目をかっぴらいた烈に、知臣はいたずらっ子な表情を浮かべていた。

「小腹もすいてるし……言ったろ、甘いもの好きなんだ」

 限度があるだろう。
 一瞬流されそうになったけれど、烈は慌てて頭を振った。
 こんな暴挙を見逃すわけにはいかない。

「いやいやいや!駄目ですよ!ほうじ茶ラテも砂糖入れるんだから、血糖値凄いことになりますよ。一種類だけにしてください、健康に悪い!」

 まくし立てると、知臣はキョトンとした顔で烈を見上げた。
 小さく首を傾けて、苦笑を浮かべる。

「せっかく売り上げになるのに?」
「うちのお客さんを不健康にするわけにはいきませんから!」

ハッキリ言い切れば、じわじわと知臣はおかしそうに口元を緩め、しまいにはくすくすと肩を震わせて笑い出した。

「仕方ないな、じゃあプリンを」
「はい」

 思いなおしてくれてよかった。

(プリン選ぶのか、可愛いな)

 どちらかといえば大人より子供がよく選ぶメニューだ。
 こういうのがギャップ萌えというやつかと思いながら、メニューを回収した。
牛乳を計りほうじ茶のパックと一諸に鍋に入れて煮出しする。
ふわんふわんとほうじ茶の香りが店内に充満しはじめた。

「へえ、そうやって作るんだ。いい匂いだな」
「ほうじ茶の香りが一気に立ちますからね」

 興味津々にカウンターの中を知臣が見つめる。
 手際よく火を止めると、戸棚からティーセットを取り出す。
 この店の食器はすべて味わい深く焼かれた手作りの作家のものだ。
 温かみのあるデザインを烈は気に入っていた。
 皿にも冷蔵庫から取り出したプリンを準備する。
 カフェで出すプリンは蒸しプリンで、ココットに入ったものを皿に乗せて提供していた。

「はいどうぞ」

 使い捨てのおしぼりを出したあとに、ほうじ茶ラテとプリンをテーブルへと出した。
 ちなみに普段ならほうじ茶ラテにさらにお好みで入れられるよう砂糖壺を出すけれど、あえて知臣には出さなかった。

「ありがとう」

 目元を緩めると、知臣はカップを手にして一口すすった。
 次いでほう、と満足気に息を吐く。

「おいしい」
「甘さはよかったですか?」
「ちょうどいいよ。これはハマりそうだ」

 そう言ってもう一口飲んだあとに、皿に添えられている小さなスプーンを手に取ってプリンを救い上げた。
 ぷるりとした黄金色を薄い唇に運び、ぱくりと食べる。

「うん、これもおいしい」

 うれしそうに笑う顔は、確かに甘いものが好きなのだろう。
 やっぱり可愛いなというのが烈の感想だった。
 ゆっくりとプリンを食べつつほうじ茶ラテを口に運ぶ。

「ここは店休日はいつになるのかな?」
「月、木ですよ。営業時間は午前九時から午後五時まで」
「烈君はこの辺に住んでるの?」
「すぐそこのアパートですよ」

 すると、少し考えるように知臣の手が止まった。

「……一人暮らし?」
「そうですね。友達もほとんどいないんですよ」

 あははと笑って見せれば、何故か知臣がにっこりと満面の笑みを浮かべた。
 機嫌が良さそうにカップを傾ける。

「うん、決めた」
「何がです?」
「ここの常連になろうと思って」

 知臣の言葉に、烈はキョトリと目をまばたいた。
 じわじわ言葉を反芻し、理解すると、ぷっと噴き出してしまう。

「あは、嬉しいです。ぜひぜひ」
「うん、通うからよろしく」

 そんなにほうじ茶ラテが気に入ったのだろうか。
 何にせよ常連宣言は嬉しい。

「烈君て癒し系だよね」
「はじめて言われましたよ」
「周りの見る目がないな。こんなに可愛いのに」

 いきなりの誉め言葉に、烈は一瞬言葉に詰まった。
 ほのかに頬が熱くなる。

「可愛いなんて、言われたことないですよ」
「ふふ、じゃあ烈君を可愛いと思ってるのは俺だけなのかな」

 チラリと流し目をおくられる。
 美貌も相まって、やたらと色気が感じられて、ますます烈の頬は熱くなった。

「もう!からかわないで下さい!」
「からかってはないんだけどな」

 くすくすと笑う知臣の様子に恥ずかしくなる。
 話題を変えるようにコホリとひとつ咳をした。

「知臣さんはこの辺に住んでるんですか?」
「うん、引っ越してきたんだ。いい店見つけられて嬉しい」

 引っ越してきた人だったのか。
 なるべく長く通ってくれると嬉しいなと思う。
 列は知らない。
 この日出来た常連さんが恋人になり、同棲までする相手になると。
 ほうじ茶ラテをのんびり飲む美貌の男を、烈は呑気に眺めていた。
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