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朔の夜
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視界の端で小さな炎がパチパチとはぜていた。赤い光が闇に滲んで揺らめく。
腐ってすえたような汗の匂い。
俺は見知らぬ男の体の下に組み敷かれて犯されながら、声も上げず、ただ傍らの焚き火の色をぼんやりと眺めていた。
男の手が俺の乳房を掴み揉みしだく。俺の体はがくがくと乱暴に幾度となく揺すり上げられた。獣のような荒い息が俺の顔にかかる。
男は山賊だった。俺は山の奥深くまでさらわれてきたのだ。
焚き火の傍らには他にも二人の山賊仲間がいる。初めはこの二人も俺が犯されるのをニヤニヤしながら見物していたのだが、今はそれももう飽きたようだった。盗んだ酒を呑むことに夢中になっている。時折、下品な冗談を言い合っては狂ったように甲高い笑い声を上げた。
こうしてさらわれ、犯されるというのも無理からぬことではある、と俺は冷めた頭の中で考える。若く美しい女が一人で人気のない山道を歩いていれば、悪党どもの格好の餌食になることは必定だろう。
汚らしい髭で覆われた顔の赤黒い男は、いつまでも飢えた獣のように俺の体を貪り続けている。
――そろそろ……良い頃合いか。
俺は思った。
意思を持たない人形のように男に抱かれていた俺は、おもむろに男の喉元に指先を這わせる。
男は、それを俺の快楽のあらわれだと思ったのか、顔に下卑た笑いを浮かべた。
俺も微笑み返す。そうして、もう片方の手を男の首元に添えた。
不意に男の顔から笑いが消えた。こめかみに筋が浮かび上がり、目が見開かれる。その瞳は恐怖で凍り付いているようだった。
俺は男の首を締め上げながら、唇を吊り上げて満面の笑みをつくる。
ごきり。
鈍い音が耳元で鳴った。男の体が崩れ落ちた。骨を折られた頸はねじれるように奇妙な方向を向いていた。死んだ男の口の端からわずかに血の泡が溢れ出て髭に絡みつく。
俺は男から体を離すと音を立てずにするりと立ち上がる。傍らにあった男の太刀を手に取り、鞘から引き抜いた。
焚き火の光が刀身を照らす。意外にしっかりした造りの刀だ。おそらくこれも盗んだものだろう。
他の二人の男達はまだこちらに気がついていない。
焚き火を跨ぐように歩いて、男達に近寄る。山賊共はやっと気がついたように目を上げた。
次の瞬間、俺はそのうちの一人の首元に刀を叩きつけた。
勢いよく血を噴き出させながら男はどうっと地面に倒れ伏した。首は完全には斬り離されず、皮一枚で胴に繋がっている。とんだナマクラ刀だ。あいつ、手入れを怠っていたな。
「て、てめぇ……何を……」
残る一人が俺を睨み上げた。しかし、その目に力はない。誘拐して犯し、その後殺そうとしていた女が逆に仲間を殺した……その事実に頭が追いついていないのだろう。顔いっぱいに恐怖と戸惑いを張り付かせ、無様に体を震わせていた。
俺は首がもげかかった死体を片足で蹴り飛ばして、そいつを真っ直ぐに見下ろした。
「ひっ……」
そいつは這うようにして後ずさった。
この男の目には、今、俺の裸体が映っている。焚き火の光に赤く照らし出された滑らかな肌も、まるく盛り上がった形の良い乳房も、二本の足の付け根の間の淫靡な陰も。この男は恐怖とともに、この姿の一部始終を目に焼き付け、そして死ぬ。
俺は満足し、声を立てずに笑った。
どんなナマクラ刀でも、目の前で動けずに怯えている獲物をしとめるのは造作もないことだ。
俺は一歩踏み込むと刀の切っ先を男の眉間に突き立てた。
血の匂いが立ちこめる闇の中、山賊達の荷を漁る。焚き火はもう消えかかっている。ちろちろとした小さな炎の塊が、申し訳程度に薄暗い光を放っていた。
汚れた麻の袋の中からは干し肉と一握りほどの豆が見つかった。腹を満たすにはちと物足りない。
別の袋に手を突っ込む。柔らかな布の感触。引きずり出して闇に透かして見ると、女物の着物のようだった。かなり上物だ。貴族の館にでも押し入って盗んだのか。それとももしかしたら、この着物の持ち主も、俺と同じように拐かされてきたのかもしれない。そして、身ぐるみを剥がされ、犯され、殺された……。
俺は干し肉を口に放り込んでくちゃくちゃと噛みながら、手早く着物を身にまとった。そうして、着物に土塊を擦り付け、汚れさせる。髪もぐしゃぐしゃと手で揉んで乱れさせた。
この格好で近くの村まで行こう。
山道を通っていた時に山賊に襲われ、目の前で供の者を殺された。自分も捕らえられたが、隙をついて逃げ出してきた……そう言えば、村の者達は俺に同情するだろう。男達を殺した時に顔にはねとんだ血の痕も、俺の話を信じさせるのに役立つに違いない。
村の男たちは身分の高そうな美しい女の哀れな境遇に心を動かされ、我先にと世話を焼きたがる。俺はしおらしい様子で男達に頼り、縋り、愛らしい笑顔を見せる。そうすれば、きっと男たちは俺を手に入れようとする。
床を供にする相手はそのうちの誰でもいい。俺は男の欲を叶えてやる。
そして、俺は夜が明ける前にその男を殺すのだ。
ずっとそうやってきた。
同じような事の繰り返しだった。
今まで幾人の男の命を奪ってきたか。今更数えようとすることすら虚しい。
風が吹く。淀んだ血の匂いを散らす。一瞬だけ強く光って瞬いた焚き火の炎は、すぅっと闇に溶け込むように消えた。
底知れぬ程濃い群青の闇。天にはぞっとするような冷たい星の光が無節操に散りばめられている。月のない夜だ。
――あの夜と同じだ。
俺は不意に身の内が凍るような震えを感じて、両手で己の肩を押さえつけるように抱きしめた。
――あの夜……手児奈が死んだのも、月のない晩のことだった……。
腐ってすえたような汗の匂い。
俺は見知らぬ男の体の下に組み敷かれて犯されながら、声も上げず、ただ傍らの焚き火の色をぼんやりと眺めていた。
男の手が俺の乳房を掴み揉みしだく。俺の体はがくがくと乱暴に幾度となく揺すり上げられた。獣のような荒い息が俺の顔にかかる。
男は山賊だった。俺は山の奥深くまでさらわれてきたのだ。
焚き火の傍らには他にも二人の山賊仲間がいる。初めはこの二人も俺が犯されるのをニヤニヤしながら見物していたのだが、今はそれももう飽きたようだった。盗んだ酒を呑むことに夢中になっている。時折、下品な冗談を言い合っては狂ったように甲高い笑い声を上げた。
こうしてさらわれ、犯されるというのも無理からぬことではある、と俺は冷めた頭の中で考える。若く美しい女が一人で人気のない山道を歩いていれば、悪党どもの格好の餌食になることは必定だろう。
汚らしい髭で覆われた顔の赤黒い男は、いつまでも飢えた獣のように俺の体を貪り続けている。
――そろそろ……良い頃合いか。
俺は思った。
意思を持たない人形のように男に抱かれていた俺は、おもむろに男の喉元に指先を這わせる。
男は、それを俺の快楽のあらわれだと思ったのか、顔に下卑た笑いを浮かべた。
俺も微笑み返す。そうして、もう片方の手を男の首元に添えた。
不意に男の顔から笑いが消えた。こめかみに筋が浮かび上がり、目が見開かれる。その瞳は恐怖で凍り付いているようだった。
俺は男の首を締め上げながら、唇を吊り上げて満面の笑みをつくる。
ごきり。
鈍い音が耳元で鳴った。男の体が崩れ落ちた。骨を折られた頸はねじれるように奇妙な方向を向いていた。死んだ男の口の端からわずかに血の泡が溢れ出て髭に絡みつく。
俺は男から体を離すと音を立てずにするりと立ち上がる。傍らにあった男の太刀を手に取り、鞘から引き抜いた。
焚き火の光が刀身を照らす。意外にしっかりした造りの刀だ。おそらくこれも盗んだものだろう。
他の二人の男達はまだこちらに気がついていない。
焚き火を跨ぐように歩いて、男達に近寄る。山賊共はやっと気がついたように目を上げた。
次の瞬間、俺はそのうちの一人の首元に刀を叩きつけた。
勢いよく血を噴き出させながら男はどうっと地面に倒れ伏した。首は完全には斬り離されず、皮一枚で胴に繋がっている。とんだナマクラ刀だ。あいつ、手入れを怠っていたな。
「て、てめぇ……何を……」
残る一人が俺を睨み上げた。しかし、その目に力はない。誘拐して犯し、その後殺そうとしていた女が逆に仲間を殺した……その事実に頭が追いついていないのだろう。顔いっぱいに恐怖と戸惑いを張り付かせ、無様に体を震わせていた。
俺は首がもげかかった死体を片足で蹴り飛ばして、そいつを真っ直ぐに見下ろした。
「ひっ……」
そいつは這うようにして後ずさった。
この男の目には、今、俺の裸体が映っている。焚き火の光に赤く照らし出された滑らかな肌も、まるく盛り上がった形の良い乳房も、二本の足の付け根の間の淫靡な陰も。この男は恐怖とともに、この姿の一部始終を目に焼き付け、そして死ぬ。
俺は満足し、声を立てずに笑った。
どんなナマクラ刀でも、目の前で動けずに怯えている獲物をしとめるのは造作もないことだ。
俺は一歩踏み込むと刀の切っ先を男の眉間に突き立てた。
血の匂いが立ちこめる闇の中、山賊達の荷を漁る。焚き火はもう消えかかっている。ちろちろとした小さな炎の塊が、申し訳程度に薄暗い光を放っていた。
汚れた麻の袋の中からは干し肉と一握りほどの豆が見つかった。腹を満たすにはちと物足りない。
別の袋に手を突っ込む。柔らかな布の感触。引きずり出して闇に透かして見ると、女物の着物のようだった。かなり上物だ。貴族の館にでも押し入って盗んだのか。それとももしかしたら、この着物の持ち主も、俺と同じように拐かされてきたのかもしれない。そして、身ぐるみを剥がされ、犯され、殺された……。
俺は干し肉を口に放り込んでくちゃくちゃと噛みながら、手早く着物を身にまとった。そうして、着物に土塊を擦り付け、汚れさせる。髪もぐしゃぐしゃと手で揉んで乱れさせた。
この格好で近くの村まで行こう。
山道を通っていた時に山賊に襲われ、目の前で供の者を殺された。自分も捕らえられたが、隙をついて逃げ出してきた……そう言えば、村の者達は俺に同情するだろう。男達を殺した時に顔にはねとんだ血の痕も、俺の話を信じさせるのに役立つに違いない。
村の男たちは身分の高そうな美しい女の哀れな境遇に心を動かされ、我先にと世話を焼きたがる。俺はしおらしい様子で男達に頼り、縋り、愛らしい笑顔を見せる。そうすれば、きっと男たちは俺を手に入れようとする。
床を供にする相手はそのうちの誰でもいい。俺は男の欲を叶えてやる。
そして、俺は夜が明ける前にその男を殺すのだ。
ずっとそうやってきた。
同じような事の繰り返しだった。
今まで幾人の男の命を奪ってきたか。今更数えようとすることすら虚しい。
風が吹く。淀んだ血の匂いを散らす。一瞬だけ強く光って瞬いた焚き火の炎は、すぅっと闇に溶け込むように消えた。
底知れぬ程濃い群青の闇。天にはぞっとするような冷たい星の光が無節操に散りばめられている。月のない夜だ。
――あの夜と同じだ。
俺は不意に身の内が凍るような震えを感じて、両手で己の肩を押さえつけるように抱きしめた。
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