誓いの嘘と永遠の光

藤原遊

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魔王討伐編

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魔王城へ向けて歩みを進める一行は、険しい山道を抜け、乾いた荒野へと入っていた。重々しい空気が漂い、遠くには魔王城の輪郭がかすかに見える。

「ここからが本当の勝負だな。」

グレンが低い声で呟き、大剣を肩に担ぎ直した。

「魔王城に着くまで、まだあと二日はかかるわ。この間に体力を温存しておきましょう。」

エリスが穏やかな声で言いながら、一行の傷や疲れを確認している。

「でも、雰囲気がどんどん不穏になってきたな。何か出てきてもおかしくない。」

ルークが周囲を見回しながら軽く短剣を弄んでいた。

「全員、警戒を怠るな。ここから先は魔物が活発になるはずだ。」

カイルが言い、一行はさらに慎重に歩を進めた。

二日目の昼、広がる荒野の中で、突然、一羽の伝書鳩が空から舞い降りてきた。白銀の羽を持つその鳩は、魔法の輝きを纏い、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。

「これは……?」

エリスが目を見開きながら呟く。

「珍しい魔道具だな。この鳩、ただの通信手段じゃないぞ。」

ルークが興味深そうに伝書鳩を見つめた。

「私のものよ。」

レイナが冷静に言い、鳩の足に巻かれた小さな筒を外した。その動作は慎重で、どこか重々しい。

彼女はその場で手紙を開き、青白い光に包まれた文字を読み始めた。次の瞬間、瞳が大きく揺れ、顔が青ざめる。

手紙には短い文が書かれていた。

『お姉ちゃんへ。もしこの鳩が飛んでいるなら、私はもうそちらにはいけない。病弱な私を支えてくれてありがとう。そして、どうか自分の人生を大切に生きてほしい。お姉ちゃんが幸せになることを、心から願っています。』

手紙を握りしめると、鳩が柔らかな光を放ち、その場で消え去った。

「レイナ、大丈夫か?」

カイルが心配そうに声をかけるが、レイナは平然を装いながら短く答えた。

「……問題ないわ。先を急ぎましょう。」

その表情は硬く、心の中に大きな波が立っているのを誰もが察した。しかし、これ以上踏み込む者はいなかった。

その夜、一行が野営を始めると、ルークがそっとレイナを観察していた。伝書鳩が珍しい魔道具であることを知っている彼は、あの鳩が重要なメッセージを届けたことを確信していた。

(あいつ、何かを抱えてるな……。)

ルークは焚き火越しに短剣を磨きながら、慎重に言葉を選んだ。

「レイナ。さっきの鳩……かなり特別なものだよな。あれ、普通の冒険者が持つ代物じゃない。」

レイナは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに平然とした顔で答えた。

「そうかしら。ただの通信手段よ。」

「いや、あれは単なる鳩じゃない。俺も似たようなのを見たことがあるんだ。大事な人からの最後のメッセージを伝える魔道具ってやつをな。」

その言葉に、レイナの目がわずかに揺れた。

「……勘がいいのね。でも、あなたに話すことは何もないわ。」

冷たく突き放すように言ったが、ルークは肩をすくめて笑った。

「まあ、話さなくてもいい。けど、俺には分かる。お前、誰かのために背負ってるものがあるんだろ?」

彼の言葉は冗談めかしていたが、その瞳は真剣だった。レイナは何も答えず、焚き火を見つめ続けた。

(私は……どうすればいい?)

妹の最後の言葉が頭の中で何度も響き、彼女の心を揺さぶっていた。

翌朝、魔王城の姿がさらに近づいてきた。遠くに見える黒い塔が、彼らを待ち受ける運命を象徴しているようだった。

レイナは一行と共に歩きながら、心の中で決意を固めていた。

(魔王城の表門を開き、鍵の役目を終えたら……私は任務を遂行する。これでいい……これしかない。)

彼女の顔は冷静そのものだったが、その胸には葛藤が渦巻いていた。

ルークはその背中を見つめながら、短く息を吐いた。

(鍵を揃えた後、何かが起きる気がする。あいつの目を離すわけにはいかないな。)

彼は静かに剣を握り直し、一行と共に歩みを進めた。
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