誓いの嘘と永遠の光

魔王討伐編

9

魔物が牙を剥き、低い唸り声を上げた。洞窟の薄暗い空間に、獣の赤い瞳が不気味に輝いている。その体躯は人間の二倍以上あり、焼け焦げた体毛から立ち上る蒸気が熱気となって辺りに漂っていた。

「グレン、前衛を頼む！　ルークは後衛のサポート！」

カイルが素早く指示を飛ばす。

グレンはすぐに応じ、大剣を構えて前に出た。

「来い……！」

彼の言葉に反応するように、魔物が突進してきた。その速度は巨体に似合わないほど速く、床の岩を砕きながら一直線に迫ってくる。

「遅い！」

グレンが低く呟きながら、一気に剣を振り下ろした。鋭い刃が魔物の肩口を捉え、赤黒い血が飛び散る。しかし、魔物は全く怯む様子もなく、その巨大な前脚を振り上げた。

「危ない！」

エリスが素早く治癒の魔法を唱え、グレンの防御を強化する。光の盾が一瞬だけ輝き、魔物の爪がグレンに届く前に力を弱めた。

「ありがたい。」

グレンが短く礼を言いながら後退する。

その間に、ルークが魔物の背後に回り込んでいた。

「おい、こっちを見ろよ！」

軽口を叩きながら、短剣を正確に魔物の脚に突き立てる。鋭い刃が肉を切り裂き、魔物がバランスを崩した。

「レイナ、今だ！」

カイルが振り返りながら叫ぶ。

「分かってるわ。」

レイナは冷静に杖を掲げ、詠唱を始めた。紫色の魔力が杖の先端に集中し、次の瞬間、魔物に向かって影の矢が放たれる。

「影縛り。」

矢が命中すると同時に、魔物の動きが鈍くなり、その場に縛り付けられるように動けなくなった。

「カイル！」

「やるぞ！」

カイルが剣を構え、魔物の胸元へ一直線に駆け込む。その鋭い刃が真っ直ぐに突き刺さり、魔物が最後の唸り声を上げて崩れ落ちた。

洞窟内が静寂に包まれる。魔物の倒れた体からはまだ蒸気が立ち上り、辺りに焦げた匂いが充満していた。

「ふぅ……大したやつだったな。」

ルークが息を整えながら短剣を拭う。

「全員無事か？」

カイルが周囲を見回すと、エリスが頷きながら答える。

「はい。治癒の魔法も間に合いましたし、大きな怪我はありません。」

「よかった。」

カイルが微笑む。

その時、レイナが倒れた魔物のそばに近づき、何かを拾い上げた。

「これ……」

彼女が手にしていたのは、小さな金属のペンダントだった。表面には微かに焦げ跡があるが、文字の彫り込みがかろうじて残っている。

「誰かの持ち物か？」

グレンが尋ねる。

「多分、行方不明者のものだと思うわ。」

レイナが冷静に答える。

「でも……なんで魔物が持っていたのかしら？」

「おそらく、行方不明者の中にこの魔物に襲われた者がいたんだろう。」

カイルが静かに推測する。

「依頼を出した人にこれを見せれば、何か分かるかもしれないね。」

「ふむ、それにしても妙だな。」

ルークが顎に手を当てて考え込む。

「こいつはただの獣にしちゃ賢すぎる。道具を持ってるなんて普通じゃないだろ？」

「確かに……」

カイルも同意するように頷いた。

「もしかすると、砦にいる別の魔物の影響を受けているのかもしれない。」

「それならなおさら急いだ方がいいわ。」

エリスが力強く言う。

「紅蓮の砦に行けば、この件の真相も分かるはずよ。」

全員がそれぞれの思いを胸に洞窟を後にした。外に出ると、空はすっかり赤く染まり、火山の煙が遠くで揺らめいている。

「次は紅蓮の砦だな。」

カイルが前を向き、決意を込めた声で言った。

「ここからが本番だ。みんな、準備はいい？」

全員が無言で頷き、再び歩き出した。その背中に、これから始まる大きな試練への覚悟が漂っていた。