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魔王討伐編
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出発して三日目、パーティは初めての山道に差し掛かっていた。大きな岩がごつごつと連なる急な斜面に、狭い獣道がかろうじて続いている。薄暗い空が険しい地形をさらに重苦しく見せていた。
カイルが先頭で歩きながら、振り返る。
「ここを越えれば、次の町まで半日くらいだ。みんな、大丈夫?」
「問題ない。」
グレンが短く答える。背中には大剣を担いでいるが、その動きに疲れの色は見えない。
「おいおい、待てよ。こんな道を半日歩き続けるのか? 冗談だろ?」
ルークが肩をすくめながらぼやく。
「少なくとも僕の計算ではそうなってるけど?」
カイルが笑顔で返すと、ルークは呆れたようにため息をついた。
「冗談きついね。せめて、魔王を倒す前にこの道で死なないようにしてくれよな。」
エリスがルークを見ながら小さく笑った。
「これくらいで死ぬことはないわよ。ちゃんと体力を温存しておけば、ね。」
「いや、君は軽そうな荷物だからそんなこと言えるんだろ? こっちは――」
その瞬間、ルークの言葉が途切れた。岩陰から突然現れた影が彼に向かって突進してきたのだ。
「伏せろ!」
グレンの低い声が響くと同時に、ルークは咄嗟に飛び退いた。突進してきたのは大きな牙をむき出しにした獣――体毛の黒い狼だった。しかも一匹ではない。次々と岩陰から姿を現し、合計三匹がパーティを取り囲む形になった。
「群れか……!」
カイルが剣を構える。レイナは一歩後ろに下がり、手元に魔力を集中させる。
「この数ならやれる。」
グレンが前に出ると同時に、狼の一匹が吠え声を上げて飛びかかった。だが、その爪が届く前にグレンの大剣が振り下ろされ、獣は地面に沈む。
「素早い……!」
エリスが緊張した声を上げる。彼女は後衛で控えながら、手元に回復魔法の準備をしていた。
「レイナ、右側の一匹を頼む!」
カイルが指示を飛ばす。レイナは無言で頷くと、杖を掲げ、素早く詠唱を始めた。紫色の魔力が杖の先に凝縮され、次の瞬間、狼に向かって闇の矢が放たれる。
「影縛り。」
矢が命中すると同時に、狼の動きが鈍くなり、その場に縛り付けられたように動けなくなった。
「グレン!」
「分かってる!」
グレンが一気に距離を詰め、大剣で仕留める。その動きは無駄がなく、まるで獲物を狙う猛禽のようだった。
「残り一匹……!」
カイルが剣を構え直し、最後の狼に向かって走り出す。その鋭い動きに狼が対応する暇もなく、剣がその胸を貫いた。
全てが終わった時、ルークが地面に座り込んだ。
「おいおい……これが旅の初めってわけかよ。なんて歓迎ムードだ。」
「大丈夫? 怪我してない?」
エリスがルークに駆け寄り、傷の確認を始める。
「いや、大丈夫だ。ただ心臓が飛び出るかと思っただけでね。」
「それでも動きは早かったわ。」
レイナが冷静に言う。
「驚いたけど、すぐに対処してた。」
「そりゃどうも。」
ルークが苦笑いを浮かべた。
「でも、君の魔法がなかったらここまでやれなかっただろうな。」
「当然よ。」
レイナは少しだけ口元を緩めたが、それ以上何も言わなかった。
「みんな、ありがとう。」
カイルが全員を見渡しながら言う。
「このくらいなら、これからも僕たちならきっと乗り越えられる。」
その言葉に誰も反論はしなかった。小さな試練ではあったが、初めて全員が一つになって敵を倒せたことが、皆の胸に静かな自信をもたらしていた。
レイナはふと目を伏せた。この戦いで初めて、自分が「仲間」として扱われた感覚があったからだ。だが、それが同時に重くのしかかる。
「私がこの人たちを裏切るのか……」
心の中で呟いた言葉は、霧のように胸の中に広がり、消えることはなかった。
カイルが先頭で歩きながら、振り返る。
「ここを越えれば、次の町まで半日くらいだ。みんな、大丈夫?」
「問題ない。」
グレンが短く答える。背中には大剣を担いでいるが、その動きに疲れの色は見えない。
「おいおい、待てよ。こんな道を半日歩き続けるのか? 冗談だろ?」
ルークが肩をすくめながらぼやく。
「少なくとも僕の計算ではそうなってるけど?」
カイルが笑顔で返すと、ルークは呆れたようにため息をついた。
「冗談きついね。せめて、魔王を倒す前にこの道で死なないようにしてくれよな。」
エリスがルークを見ながら小さく笑った。
「これくらいで死ぬことはないわよ。ちゃんと体力を温存しておけば、ね。」
「いや、君は軽そうな荷物だからそんなこと言えるんだろ? こっちは――」
その瞬間、ルークの言葉が途切れた。岩陰から突然現れた影が彼に向かって突進してきたのだ。
「伏せろ!」
グレンの低い声が響くと同時に、ルークは咄嗟に飛び退いた。突進してきたのは大きな牙をむき出しにした獣――体毛の黒い狼だった。しかも一匹ではない。次々と岩陰から姿を現し、合計三匹がパーティを取り囲む形になった。
「群れか……!」
カイルが剣を構える。レイナは一歩後ろに下がり、手元に魔力を集中させる。
「この数ならやれる。」
グレンが前に出ると同時に、狼の一匹が吠え声を上げて飛びかかった。だが、その爪が届く前にグレンの大剣が振り下ろされ、獣は地面に沈む。
「素早い……!」
エリスが緊張した声を上げる。彼女は後衛で控えながら、手元に回復魔法の準備をしていた。
「レイナ、右側の一匹を頼む!」
カイルが指示を飛ばす。レイナは無言で頷くと、杖を掲げ、素早く詠唱を始めた。紫色の魔力が杖の先に凝縮され、次の瞬間、狼に向かって闇の矢が放たれる。
「影縛り。」
矢が命中すると同時に、狼の動きが鈍くなり、その場に縛り付けられたように動けなくなった。
「グレン!」
「分かってる!」
グレンが一気に距離を詰め、大剣で仕留める。その動きは無駄がなく、まるで獲物を狙う猛禽のようだった。
「残り一匹……!」
カイルが剣を構え直し、最後の狼に向かって走り出す。その鋭い動きに狼が対応する暇もなく、剣がその胸を貫いた。
全てが終わった時、ルークが地面に座り込んだ。
「おいおい……これが旅の初めってわけかよ。なんて歓迎ムードだ。」
「大丈夫? 怪我してない?」
エリスがルークに駆け寄り、傷の確認を始める。
「いや、大丈夫だ。ただ心臓が飛び出るかと思っただけでね。」
「それでも動きは早かったわ。」
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「でも、君の魔法がなかったらここまでやれなかっただろうな。」
「当然よ。」
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「みんな、ありがとう。」
カイルが全員を見渡しながら言う。
「このくらいなら、これからも僕たちならきっと乗り越えられる。」
その言葉に誰も反論はしなかった。小さな試練ではあったが、初めて全員が一つになって敵を倒せたことが、皆の胸に静かな自信をもたらしていた。
レイナはふと目を伏せた。この戦いで初めて、自分が「仲間」として扱われた感覚があったからだ。だが、それが同時に重くのしかかる。
「私がこの人たちを裏切るのか……」
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